
日本株が上がるなんて、思えなかった。
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日経平均が七万円を超えたという数字を、ニュースのテロップで見た。日銀は政策金利を1%まで上げたという。誰もが株価の話をしている。テレビでも、SNSでも、コンビニのレジ横の経済誌でも。
数字は上がっている。それなのに、自分の中にある何かは、まだ動かない。上がったら買う、ではなく、上がったらまた預金に戻す、という反応の方が、自分には馴染んでいる。
その感覚を最初に覚えたのは、何年も前のことだった。
大連空港に降りると、出口に大きな横断幕があった。鮮やかな赤に、白い文字が並んでいた。意味はよくわからなかったが、来た場所が違う、という感覚だけは、はっきりとあった。
空港からオフィスまでの道は、コンクリートの団地が延々と続いた。一棟一棟は質素だったが、その数の多さに、人口の規模を肌で感じた。
オフィスの周りには、思っていたものとは違う景色もあった。西洋風の、大きな大学のような建物が並んでいた。
大連へ出張したのは、システムの保守業務を移管するためだった。それまでその保守を担っていたのは、日本国内のベンダーだった。元をたどれば、同じ会社の同僚だった人たちだ。数年前、保守業務を切り出す形で別会社がつくられ、ほとんど選択の余地なく、その会社へ転籍していった人たちだった。
今度は、その仕事自体を、大連へ移すことになった。
引っ越しのような出張だった。マニュアルを渡し、手順を説明し、引継ぎの議事録に署名をした。大連側のメンバーは優秀で、シャドーイングも質問への答えも、迷いがなかった。技術が足りないからこちらに任せていたわけではない、ということだけは、よくわかった。会議室の向こうには、まだ顔も名前も覚えている人たちがいた。彼らの仕事を、自分が運んでいくところだった。
空洞化、という言葉をニュースで何度も見てきた。グラフになり、パーセンテージになり、識者のコメントになる言葉だった。それが、自分の手の中に、議事録のサインという形であることを、その出張で初めて知った。
仲間の仕事を奪っている、という感覚はあった。けれど、それを止める権限も、止めるべきだという確信も、自分にはなかった。会社の決定に従っただけだ、と言えば簡単だった。けれど簡単に言ってしまうことに、抵抗もあった。
夜、ホテルの窓から見た景色には、日本では見たことのない配色のネオンが、街を染めていた。ホテルの前には、見覚えのある高級車のロゴが、何台も並んでいた。勢いのある街だ、と思った。
その出張から戻ったあと、株価のニュースを見る目が、少し変わった気がした。上がる、下がる、という数字の裏側に、誰かの転籍や、誰かの出張や、誰かの議事録のサインが、必ず重なっている。そう思うようになったのは、たぶん、あの会議室からだった。
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確定拠出年金の制度が変わったのは、四十代に差し掛かった頃だった。会社の業績立て直しのために、給与が減らされていた時期でもあった。
社内の大会議室に、同じ部署の人間が集まった。説明会、という言葉が使われていたが、制度はすでに変わることが決まっていた。どう運用するか、という話だった。
司会は人事の担当者で、メインで話したのは金融機関から来た運用担当者だった。バランス重視。長期分散。リバランスは年に一度。配られた書類は何種類もあった。制度変更のお知らせ。運用商品の説明資料。サイトの見方。加入者ハンドブック。最後に、運用ワークシートが一枚。毎月の積立と、移管金と、欄が分かれていた。
毎月の積立はバランス型の株式でいい、と思った。長期で積むなら理屈に合う。移管金の欄で、少し考えた。これはこれまで積んできたお金だった。株価がこれから上がり続けるとは、どうしても思えなかった。長いデフレの感覚が、体のどこかにまだ残っていた。
ワークシートを持ち帰って、家族に話した。移管金は、守るお金にしようと思う、と言った。
その方が安心よね、と返ってきた。
それで決まった。
給与が減っていく中で、移管金だけは減らしたくなかった。増やすためのお金ではなく、守るためのお金だった。その選択が正しかったのかは、今でもわからない。ただ、あの頃に染みついた感覚は、今もどこかに残っている気がする。守る、という意識の方が、増やす、という意識より、まだ強いのかもしれない。
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去年、トランプ政権が関税を発表した日、株価は大きく崩れた。また上がることはない、と思った。今ならまだ利益が出ている。このまま持ち続けるリスクの方が高い。確定拠出年金の移管金を預金に積んだときと、同じ手の動きだった。
ところが株価は戻り、そのまま上がり続けた。
おかしい、と思った。数字は上がっているのに、自分の生活は何も変わっていない。給与も、物価も、手元に残るお金も。なのに画面の数字だけが動いている。疑問と、焦りと、少しの悔しさが混ざった感覚だった。
その感覚が、初めて検索する手を動かした。関税とは何か。なぜ株価が下がり、なぜまた上がったのか。どの国の、どの産業が、一番影響を受けているのか。答えは途中までしか辿れなかった。それでも、その日検索した言葉の数だけは、今も覚えている。
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最近、外国人投資家の買いが日本株を押し上げている、というニュースを読んだ。かつて中国へ向かっていた資金が、今は日本へ流れているという。画面をスクロールしながら追っていくうちに、手が止まった。
かつて大連へ運んでいった仕事を、長く受け止めてきた国の名前が、そこにあった。
あの会議室で見た顔も、署名した議事録も、ずっと終わった話だと思っていた。画面の数字を見ながら、終わっていなかったのかもしれない、と思った。自分が運んでいったものが、巡り巡って、今度はこちら側へ戻ってきている。
そう気づいた瞬間、画面の数字が、急に遠い話ではなくなった。
日経平均が七万円を超え、日銀が政策金利を1%に上げた、という今の数字を見ている。
上がるのか、下がるのか。買うべきか、預金に戻すべきか。そういう問いは、もう前のようには浮かんでこない。代わりに浮かぶのは、なぜ今、この数字なのか、という問いだ。
確定拠出年金の説明会で選ばなかった紙も、関税発表の日に検索した言葉も、ずっと別の出来事だと思っていた。今、画面に並ぶ数字を見ながら、大連のことも含めて、その全部が、同じ場所に集まってきている気がする。
お金は、今もたぶん預金のままだ。それでも、もう数字だけを見ていない。
それが何かを変えたのかは、まだわからない。次に大きな数字が動いたとき、また預金に戻すのかもしれない。あるいは、もう戻さないのかもしれない。
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