
『ぱらり、ぱらり』
「初めまして、佐々木と申します。好きな言葉は『ぱらり、ぱらり』です」
4月。新入社員の自己紹介で彼女はそう言った。一瞬の沈黙のあと、ぽつぽつと拍手が起きた。彼女は満足そうだった。
みんながそれぞれの仕事に戻った後、私は彼女のもとへ行った。
「はじめまして。新人研修担当の上田みのりです。よろしくね。」
「佐々木です。よろしくお願いします。」
彼女はとても愛嬌のある顔をしていた。
「佐々木さん、『ぱらり、ぱらり』が好きってどうして?」
「パラパラ、っていうとチャーハンみたいで。なんだか弱弱しいし、寂しいです。でも『ぱらり、ぱらり』は違う。一つひとつ丁寧に本のページをめくっているような、花びらがゆっくりと散っていくような、美しさがあります」
「なるほど」
一つ分かったことは、私と彼女は違うということだ。私は言葉に好きも嫌いもない。パラパラだか、ぱらり、ぱらりだか、なんて気にしたこともなかった。
8月。お盆を前に社内が忙しく動き始めた。
入社してから4か月経っても、佐々木ちゃんは本当に「ぱらり、ぱらり」としていた。少なくとも私からはそう見えた。いつも機嫌が良く、明るく爽やかな笑顔。上司や取引先とのやり取りも軽やかにこなしていた。
私はどうだろう。ぱらり、ぱらりからは程遠い私の性格。いつでも人の目を気にして、大した成果も挙げられず会社にへばりつくように生きている。じとり、じとり。胸の奥で嫌な音が鳴った。
「上田さん。上田さん。。上田みのりさーん!」
佐々木ちゃんがぱらり、と現れて私ははっとする。
「この間のA社との件、うまくいきましたよ」
「それは良かった。佐々木ちゃん、相変わらず何でもパラパラこなしちゃうからありがたいよ」
「パラパラじゃなくて『ぱらり、ぱらり』です」
そう言って佐々木ちゃんは笑った。
「私なんて『じとり、じとり』だよ。ダサいよね」
私は自嘲した。こんなことを言うのが一番ダサいのに。ぱらり、ぱらりを前に本音がぽろり。
「上田さんは『じとり、じとり』じゃないですよ」
佐々木ちゃんがぱっと顔を上げて言った。
「みのり、みのり」
「え、私の名前?」
「そうです。上田さんは『みのり、みのり』。樹のように力強く、しなやかに生きる」
佐々木ちゃんはそう言って、いつもの笑顔で戻っていった。
みのり、みのり。
私は小さくそうつぶやいた。森の中で新たな芽が、太陽に向かってどこまでも真っ直ぐ伸びていく。そんな光景が思い浮かんだ。
— 初めまして。上田です。好きな言葉は「みのり、みのり」です—