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『遠くまで』

     快晴の横浜市某所の喫茶店にいる。店内のBGMはありきたりな、どこでも流れているような、無難で耳障りの良さそうなやつ。

     USENの店内用BGMチャンネルでも選んでいるのかな? なんて思ったりする。だから何って話なんだけれども。

     世の中の規範が真面目、極言すれば、無難になりつつある気がするね。目立つとか、はみ出すのがかっこいいっていうのとはわけが違う。良し悪しではない。

     単に変化なんだろうね。

     時代とともに人も世の空気も変わってゆく。

     その温度感だったりに合わせて生きていくほかないって思えるんだよね。割り切りっていうのかな。30代も半ばを過ぎるとノスタルジーと現代を重ねて、昔は良かったとか言う気力すら無くなってきた。

     さて。移ろいゆく横浜。

     この地に愛着はあるし、離れたくはない。落ち着く。都会に染まりきっていないんだけど、オシャレさんがいるしキレイな人も、さ。
     バランス感が心地いいんだよね。

     話の照準は変わる。
     新宿みたいな大都市とは横浜は違う。あそこは病んでいる女性が多いのかな。高級ブランドで武装しているヤツらも目立つ。バランスが悪いし、違和感を覚える。

     新宿は好きだよ。雑多感に落ち着きもするね。

     とはいえ、それ以上に横浜へ愛着がある。排気ガスに覆われた都会の魅力は磁石みたいなもので、離れたくない気持ちはある。強く、ある。

     でも、なんだ。

     ここに居続けるのはなんだか違うのかな、なんて思ったりする。40代のどっかで田舎に移住したいね。どこかはわからない。

     根拠? ないよ。単純に衝動から。
     ビジョン? ないよ。何をするか、計画立てて生きてきたことなんてない。
     設計図に縛られて人生楽しいのかな? 行き当たりばったりな寄り道をクネクネするのも面白いもんだよ、案外。

     社会が敷く単線的なレールに乗れなかった、落伍者だよ、俺は。そんな一寸の不適合者にも叶えたいことがある。3年をリミットにしている。

     実現したらここを出たい。どっか空気が澄んでいて、閉鎖的ではない田舎にね。
     あるのかな? ネットにはない情報って肌感覚に委ねるほかしかないよね。何でもかんでも答を探すのは結構つまらないものでさ。

     何言っているかわからない? 大丈夫、俺もわかっていない。
     クネクネした話の続きでもしようか。

     それなりの金は溜め込んだ。
     なんだけど、かなり目減りしている。残高をみる度にため息が出る。街と札束ってのは密接に絡み合っているんだよ。

     都会で金を持った者と自覚する悦には中毒性がある。一方、疲れもする。疲労感が前より強くなった。多分、田舎に高跳びしたい理由の一つはこれ。

     飽きてきもした。

     ネオンってのは人の判断基準を狂わせやがる。お月様みたく純粋ではなくて、誘惑のライトを浴びる日常ってのが億劫になってきた。

     気がついたら、まがまがしい光に吸い寄せられる人たちの歩速に合わせて生活している自分がいる。
     うんざりしていたりする。

     俺の結論--。
     そこから抜け出すには田舎しかないわけよ。行き着いた先で何をするかなんてわからない。
     ただただ、何もない日々を送りたい。小さな何かを見つけ出すには片田舎がうってつけなのかな、なんて思ったりする。

     新しい行き先を夢見て、明日も日常ってやつに拘束される。その繰り返し。抜け出せる日が来るまで、葛藤を胸に飼い慣らすかな。
     ほら、Grass Rootsだって"Live for today. And don't worry 'bout tomorrow"って言っているだろう? その通りさ。
     しんどくても「ドント・ウォーリー」なタフさで乗り切るだけさ。

     読んでいる君、あなたへ。同じような感情が渦巻くようなら、仲良くなれるかもね。

     おっと、道が呼んでる。
     ここら辺で。
     どこかで会おう。

                 (了)

     
     

    FEZZ

     
     
    ようこそ。 寝不足な朝に、明るさを。眠れない夜に、温もりを。