
ぬいぐるみでタイムスリップする母
見出し写真は、一人っ子の息子が幼少期に、兄妹のように親しんでいたぬいぐるみたち。
部屋の片づけをしていて目について、思わずその15年後の現在の姿をパシャリと記録してみた。
持ち主の息子は、すでに大学生になって一人暮らしをしているので、彼の元部屋の隅でほこりをかぶっている。
4歳ぐらいまで、外出時には一緒に連れて行くほど、彼が特にお気に入りだったのは、しまじろうとハナちゃん。(息子は現在20歳なので、約20年~15年前の懐かしバージョン。今でもしまじろうとハナちゃんは、園児に人気のキャラクターだよね?)
あるときショッピングモールのトイレの手洗い場に、ふたりを置き忘れたことに気づいた息子がパニックに。すぐに探しに戻ったけれど、すでに見当たらず、さらに息子のパニックが加速して泣き止まず…
「とりあえずサービスカウンターに行って探してもらおう」と息子をなだめながら、トイレを出たところで、しまじろうとハナちゃんを持った店員さんを発見!
「それウチの息子のなんです!」と声をかけたら「あ〜、よかった。今から落とし物センターに届けに行くところだったんです」と、店員さんは微笑みながら息子に手渡してくれました。彼の涙はピタッと停止し、満面の笑みに。「ありがとう」と言う余裕もなく、感極まる4歳児。店員さんも「持ち主さんと出会えてうれしいです」とホッとしたようにニコニコ。
しまじろうとハナちゃんを両手に持ちながらの外出は、リスクがありすぎると、ようやく息子も悟ったようで「また迷子になったらかわいそうだから、これからはお家でお留守番してもらおうか?」と提案すると、あっさりと受け入れました。
それまでわたしは外出のたびに、息子に何度も「しまじろうとハナちゃんを連れて行ったら、落っことしてなくしちゃうかもよ。お家でお留守番してもらおうよ」と繰り返し言って説得していたんだけど、ずっと拒否されていたのです。
ちゃんと失敗したからこそ、学習できるという貴重な体験だったなぁ。
そのしまじろうとハナちゃんをはじめ、お気に入りのぬいぐるみたちを、もう彼が愛でることはないけれど、本人もわたしも捨てられません。服の色もあせて、本体も薄汚れてくたびれているけれど、だからこそ愛着が湧いて捨てられない。

しまじろうを手にしていたら、また一つ別の思い出シーンが脳内に。
息子はボードゲームが好きになり、「人生ゲーム」をするときなど、一人っ子ゆえのメンバー不足を補うために、しまじろうとハナちゃんもメンツに加えていました。
ルーレットを回す順番は、いつも決まっていて、息子→しまじろう→ハナちゃん→父か母。で、息子は自分の番だけでなく、しまじろう、ハナちゃんのターンでもそのぬいぐるみたちに手を添えながら、ルーレットを回してコマを進めるのです。つまり彼は3連続でルーレットを回せる仕組み。
それにつきあっている親は、順番を待っている間のヒマを持て余していましたが、ちょいその姿にかわいらしさを感じる親バカなので、その家庭内ルールのやり方が、彼の「人生ゲーム」のデフォルトになったのです。
息子が小学1年生のころだったかな。
我が家で友だちのHくんとその弟Dくんとで、人生ゲームで遊ぶことになりました。そのときも、息子はいつものやり方にこだわるので、自分の番がなかなかやってこないHくんが「ぬいぐるみをメンバーにして、その分も〇〇ちゃんがルーレットを回すのはおかしい、ズルい!」と叫びました←真っ当な言い分です、反論の余地なし
しかし息子は「これはぬいぐるみじゃない、(いつも一緒にやっているメンツの)しまじろうとハナちゃんだから、これでいいんだ」と叫び返す。彼らを完全擬人化して無理のある主張をする息子に、HくんとDくんはますます納得できず、ケンカになりました。
わたしは「こだわりの強い息子vs不公平を訴えるHくんとDくん」を仲裁することができず…オロオロ。
一緒に居たHくんDくんのママは、子どもたちをなだめながらも、わたしたち親子に戸惑いがちな視線を送る場面もあったので、わたしはさらにいたたまれなくなって、息子と一緒にどこかに隠れてしまいたいと思いながら、リビングの天井やら壁やらを見つめていました。
今となっては、どちらも笑ってしまえる出来事だけど、当時は余裕がなくて、ヘロヘロだったな、わたし。
クタクタヨレヨレのぬいぐるみたちの手触りで、思い出ボックスのふたがパコンと開いてしまいます。
やっぱり捨てられない。ずっと、この家に居てね。
母はぬいぐるみたちのおかげで、タイムスリップできちゃうから。
次に彼が帰省したときは、しまじろうとハナちゃんを手に持って「おかえり~」と言ってみよう。どんな顔をするかな?