
いつかの誰かの音の記憶
音の記憶を巡る時、私はつくづく、都会に住んできたんだな、と思う。夜、布団の中で澄んだ耳が拾うのは、自動車やトラックの走る音。子どもの頃も、大人になってからも何度か引っ越しをしているけれど、夜の音は同じだった。これは、いつもそこにある音の話。
では、私の最古の音の記憶は何だろう。よく、赤ん坊はお腹の中でママの声を聴いているんだよとか、外の音が聞こえるからパパの声もわかるんだよとか、モーツァルトが胎教にいいんだよとか言われるけれど、ひとまず私には、母親のお腹の中にいた時の音の記憶は、ない。ーーたぶん。
となると、最古の音を厳密に時系列で言いあてるなんて到底無理な話なのだろうから、私のいくつかの音の記憶を並べてみようと思う。
とりあえずすぐに鮮明に思い出すのは、物心ついた頃の我が家のリビング。週末はスピーカーから時にはビートルズ、時にはルロイ・アンダーソンが流れ、同時に掃除機やら洗い物やら家事の音がしていた。
おもしろいもので聴こえてくる音には層があって、私や妹は、スピーカーから流れるレコードの音そのものよりも、それに準えた父親の歌声や母親の鼻歌のほうをよく真似ていたような気がする。
あるいは、公園に行けば自分より少し大きなお兄さんたちが野球をやっていて、金属バットにボールがあたる、あのカキンという音。今は球技のできない公園も多いので懐かしい。
懐かしいと言えば、お豆腐屋さんのラッパとか、石焼き芋のおじさんの声とかは、今でもあるのだろうか。そろそろ晩御飯だなーとか、ああ冬が来たなーとか、音から時の変わり目を感じ取ることも昔はたくさんあったよね。
近所の神社で鶯が鳴けば、それは我が家にとっての桜咲く。ホーホケキョと聴こえたならば、私や妹は、高校に受かったり大学に受かったりした。音の巡り合わせがあるのかな。まわりの音が、しっかり聴こえる時ってある。
私は中学生、高校生とドラムを習っていたのだけど、ドラムの音ほど生で聴くと個性が出る楽器もない。あの頃見知らぬ人のドラムの音を聴いて衝撃を受けた。スネアドラムがチェロのように低く広くうねる。バスドラムとハイハットがハモる。1度しか聴いたことがなかったのに、ある日ライブハウスで同じ音に出会って驚いて見たら、やっぱりあの人だった。
それから、息子はかれこれ11年間ピアノを続けているのだけれど、今のリビングの音と言えば私にとっては息子のピアノの音。その音はどんどん変化していく。毎日聴いているのに、昨日より今日のほうがいい音がする。音がいいって何なんだろうね。特に息子は信じられないくらいのピアニッシモが出せるんだけど、信じる心がないとあんなものは出せない。
そして極上の音体験で言えば、様々な音の記憶をまるごとごっそり持っていかれるような、そんな圧倒的な声の力に出会ったことがある。演劇の力は、ストーリーよりもむしろ物理的な音としての声にあるのかもしれない。ある舞台での役者の最後のセリフ「死ぬのは嫌だ」を聴いた時、私は、そうだよね、生きていても死んでいても、死ぬのは嫌だよね、と、心の底から思った。
スティーブ・ライヒのミニマルな音の洪水に飛び込むと、戦争なんて体験したことないのに戦火が肌をかすめた気になるし、ギャヴィン・ブライアーズの『タイタニック号の沈没』をヘッドフォンで聴くと、ゆっくりと沈みゆく船にいて運命を受け入れた気になる。
私の記憶じゃないはずなのに。
なぜかいつも、目をつぶってしまう。あの時の、あの音を。あの時の、あの声を。
あ。
雨の音、かもしれない。