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”輝き続ける”とは|映画『TWIGGY』から受け取ったこと

    上映が決まったと知ったときから、
    気になっていた映画。

    16歳で、超新星のごとくデビューしたツイッギー。

    モデル、映画、舞台、歌手と、
    表現の場を変えながら、
    今もなお輝き続けている。

    輝き続けるとは、どういうことなのだろうか。

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    『TWIGGY』

    映画のあらすじや作品情報は公式サイトにて。
    ここに残していくのは、
    作品を観て自分が何を感じたのか、
    どんな人生観があるか、
    どんな人生経験と重なったのかを言葉にしていく、

    私なりのコラムです。


    『TWIGGY』 コラム


    ”輝き続ける”とは。

    かつて、
    ギリギリで大学に合格した私は、思い知らされる。

    世の中には、身を粉にして頑張らずとも、
    できてしまう人がいる。と。

    あるテストで下から数えた方が早かった私は、
    「これはまずい!」と思い、また勉強を始めた。

    やがて、勉強の成果が出たのか、
    クラスで1番を取った。

    私にとっては、努力が報われた瞬間だった。
    けれど同時に、どこかでこう思っていた。

    「でも、簡単にできてしまう人とは違うんだよな。」

    それでも、周りからは評価される。
    そこから、私の負のループが始まった。

    成績を取れた自分はすごい。
    けれど、成績を取れなかった私はだめだ。

    私の中には、
    すごい自分と、だめな自分。
    分離した2人の自分がいた。

    当時の私は、
    すごい自分に価値があると思っていた。
    だから、
    その価値を下げないように必死で勉強した。

    それがいつからか、私の目的になっていた。

    そしてまた、1番を取る。
    一瞬は満たされる。
    けれどすぐに、
    またその価値を保とうとして苦しくなる。

    テストの点数は取れても、
    本質的な部分がわかっていない気がしていた。

    だから、
    人に聞かれても答えられないのが怖かった。

    できる自分を演じているのが、苦しかった。


    だから、ツイッギーを見ていて、
    輝き続けることの凄さを、純粋に感じた。

    そして彼女は、いつも楽しそうなのだ。

    世間の常識にとらわれず、
    「これが私の輝く生き方!」

    それを貫く在り方。

    誰かに評価されるための輝きではなく、
    自分の内側から湧いてくる、
    「これが私」という輝き。

    そして同時に気づく。
    まだ私は、どこかで“いい自分”を
    演じようとしているのかもしれない、と、、。

    綺麗な言葉でまとめようとすることも、
    「いい文章だね」
    と思われたい自分がいることも、
    きっとまだ、私の中にある。

    それでも、
    そんな自分に気づけたことが、
    私にとっては、またひとつの光
    なのだ。

    (758字)


     
     
    このnoteは、誰にも見せていない、 私だけの手帳に記してきたこと📔 感覚として受け取っていること、 自然界や體、人との関わりや映画の中に残った余韻。 一見ばらばらに見える日常の中にも、 本来の自分に還るための真髄が宿っている。 そんなことを、つらつらと書き留めたものである。

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