
今では考えられない小学校生活(昭和50~60年代)・・・これって私の学校だけ?
当時は疑問にも思っていなかったけど、50代となった今、
小学校でのおかしな思い出がたくさんある。
その1
「裸足運動」との名のもとに、子供たちは、1日中、校内でも校庭でも裸足で過ごすことを強いられていた時期があった。
健康目的だったと思うけど、今思えば足の裏は汚いし、痛いし・・・みんなよくやってたな、と思う。
「掲示係」として、放課後、みんなが書いた絵を教室の後ろの壁に貼る作業をしている時などは、裸足ゆえに、画鋲を誤って踏んでしまうんじゃないかと怯えていた。
(実際、何度も足裏に画鋲が刺さったのは言うまでもない)
その2
保健室前の掲示板に「太陽の子は元気な子!」的な(?)スローガンの文字と大きなイラストが貼られていて、とにかく「外で日光をたくさん浴びて丈夫な身体をつくりなさい!」と指導されていた。
もちろん、「オゾン層」「熱中症」などという言葉※を知るのはまだまだ先のことで、当時はみんな真っ黒に日焼けしていた。
その3
小学校1~2年生までと記憶しているけど、クラスに「煮干し係」がいて、大きな画用紙の上にクラス全員分の煮干し(ひとり3匹ほど)を並べて、そこから各自が自分の分を取って食べるという、謎の時間があった。
そういえば、幼稚園では「肝油」というものが配られ、食べていたのをうっすらと覚えている。
これって、戦後の子供の栄養状態の改善を図った行政の取り組み(の名残)か何か?
その4
給食を残すことは「悪」とされた。
当時は、食物アレルギーへの配慮など全くなかったし、先生から「給食を食べきるまでお昼休みに入っては駄目」と言われ、泣きながら食べていた子もいた。
(実際、アレルギー持ちの子供は今ほどいなかったように思う)
担任の先生が、クラスの食べ残しゼロをめざそう!と言い出し、毎日、残飯入れ(バケツ)をチェックしていたけど、ある日、「今日はこれだけだった。惜しい!」とみんなに見せたバケツの中身が、ほんのわずかな ”ふりかけ” だけだったことがあった。
実はそのふりかけをバケツに入れたのは私だったけど、言い出せず、とてつもない罪悪感にかられたことを今でも覚えている。
今では考えられない小学校(古きよき?)時代の思い出でした。