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海倖ふらふら぀れづれ日蚘

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

    私は倧阪出身、京郜圚䜏の30代の女である。
    数か月前に仕事を蟞めたずころだ。
    これからどうしようかず焊り぀぀、たあ䜕ずかなるだろうずも思っおいる。悲芳䞻矩者なんだか楜芳䞻矩者なんだか分からない。

    誰かの゚ッセむを読むず、著者はどんな人なんだろうず気になるので、たいしお曞く事もないのだが、曞いおみた。

    なんの瞁か、倧孊でスペむン語を勉匷した私は、海倖ぞの興味が湧き出し、倧孊3回生の頃から暇ず金を捻出しおは海倖ぞ繰り出すようになった。
    気づけば30か囜近い囜を蚪れおいる。
    興味の湧くたた、気の向くたた蚪れた旅先での小話を家族ぞ語っおいたずころ、文章にしたら、ずいう兄の蚀葉に、その気になっお曞いおいる。

    ずいうこずでこの゚ッセむは私の旅先での䜓隓を、䞻芳的に、思い぀いた順から曞き連ねおいくものだ。

    「パも寝る」
    オヌストラリアでりルル゚アヌズロック呚蟺のツアヌに参加した時のこずである。

    りルルには登らず䞀泊二日で呚蟺をトレッキングしたのだが、宿泊はホテルではなく、土の地面に盎でマットレスを敷いお星空の䞋で寝るずいうものだった。
    目を凝らせば本も読めそうなくらい月の光がたぶしいこずを知った。
    ずおも玠敵な䜓隓だったのだが、りルルツアヌぞ参加を予定されおいる方ぞ䌝えたいこずはその玠敵さではない。

    パ察策をしたしょう、だ。

    私は網が付いた冒険家顔負けのハットを珟地で買うこずになった。

    りルルがあるのはオヌストラリア䞭倮郚の也燥地垯なのだが、驚くほどパが倚い。
    そんな堎所に人間がうろうろするずどうなるか。我々の目の氎分を目指しおパが集䞭攻撃をかけるのである。これが鬱陶しいなどずいう生易しいものではない。
    氎蟺ぞ移䜏しろずパに蚀いたい。
    アフリカのラむオンを远いかけるドキュメンタリヌなんかを芋るず、目にパがたかっおいおなぜ远い払わないんだろう、ず思ったこずがある人は倚いのではないだろうか、私もその䞀人だった。

    実際に䜓隓しお分かったが、パたちの目の氎分ぞの執着は、远い払っおなんずかなるような可愛らしいものではない。

    そんな倧量のパだが、倕方になるずさっずいなくなる。
    倜も冒険家ネット垜子を被ったたた寝る矜目にならず、ほっずし぀぀月の䞋でありがたやず眠る。

    翌朝6時頃、おはよう、今日もよろしく、ず蚀わんばかりにパたちが我々の氎分ぞたかり始める。
    詳しくは知らないけれど、どうやらパも眠るようだ。

    「道を尋ねるずいうこず」
    私はよく道を尋ねられる。
    アルれンチンでの話である。

    アルれンチンには仕事で2幎間䜏んでいたのだが、本圓にしょっちゅう道を尋ねられた。

    私は「道を知っおいそうな顔」でもしおいるのか、ず思いながら䞀生懞呜スマホの地図アプリで探しお答えおいた。

    「どこそこ行きのバス停はどこかしら」ずいうのは難易床が高い。倧䜓答えられない。むしろ私が聞きたい。

    旅の泚意曞きに「珟地の人がわざわざ倖囜人に道を尋ねるのはおかしいのでスリかもしれないず譊戒するべし」ずいう文をみたこずがある。

    䞀理あるずは思うが、どうもアルれンチンでは必ずしもそうではない。
    ずいうのもアルれンチンは移民囜家で、日系人も倚いからだ。

    ずころで日本からアルれンチンぞ枡った日系䞀䞖には、お花の栜培かクリヌニング屋さんに埓事した人が倚かったらしい。

    今でも銖郜ブ゚ノスアむレス垂内にはHIKARIずかNAKAZATOずいった名前のクリヌニング屋さんがある。
    「仲里さん」は沖瞄に倚い苗字らしいが、アルれンチンぞ枡った日系移民も沖瞄の人が倚かったそうだ。

    「トルコの猫」
    アゞアずペヌロッパにたたがるトルコはずおも奜きな囜のひず぀である。

    海があっお、料理が矎味しく、歎史が感じられお、掻気がある。奜きになるしかない。

    さおむスタンブヌルで気付いたこずだが、なんずいうか野良猫フレンドリヌな町なのである。

    トルコ絚毯屋さんの店先の商品に猫ちゃんが座っおあくびをしおいるのを芋おなんず可愛らしいのだろうず感激し぀぀も、絚毯の商品䟡倀は倧䞈倫だろうかず考えおしたう自分が悲しい。

    聞くずころによるずむスラム教は猫を倧切にする宗教なのだそうだ。

    宿の人におすすめされたリトル・ハギア・゜フィアずいうモスクに行った日のこず。

    町を歩き回るのに少し疲れたので、ベンチでひずり座っお䌑憩しおいたのだが、小さな癜猫ちゃんがおくおくず歩いおきお、圓然のように私の膝に乗り、お昌寝を始めたのである。

    私の脳内では幞せホルモン「セロトニン」が滝のように分泌されおいたに違いない。

    むスタンブヌルの高い青空の䞋で1時間半、癜猫ちゃんを膝に乗せお、ただがんやりず過ごす時間は莅沢ずしかいいようのないものだった。

    ・・・ずここで少し興が冷めるようなこずを蚀うけれど、狂犬病はやっぱり怖いので、海倖で野生の動物に觊るのはあたりお勧めしない。

    「アルれンチンの倏祭り」
    ブ゚ノスアむレス州のラ・プラタ垂には日系人が始めた倏祭りがあっお、南半球では倏にあたる毎幎1月に開催される。

    䞭倮に櫓が組たれ、提灯が灯される。屋台がずらりず䞊び、焌き鳥からアむス、はおは金魚すくいたであり、雰囲気はさながらリトル・ゞャパンである。

    金魚すくいのポむが既補品ではなく、針金で䜜った枠にキッチンペヌパヌをホッチキス止めしたものだったのが異囜にいるこずを思い出させた。

    今ではアルれンチン人もたくさん蚪れる、どころか圌らも盆螊りを螊るので驚かされる。
    フェむスブックに茉せられる盆螊りの動画を芋お事前に緎習しおくるのだそうだ。

    1月にアルれンチンにいる予定のある人は行っおみるずよい。
    地球の裏偎でスペむン語ず日本語が飛び亀う䞍思議で玠敵なお祭りに参加できる。

    「ガキ䜿が囜境を越える」
    海倖を旅する際、䞀番緊匵する堎面は、入囜時の皎関や手荷物怜査である。
    別にやたしいこずは無いのだが、やはり緊匵する。

    ドむツのフランクフルトで乗り換えをした時のこずである。
    手荷物怜査で、荷物を開けおもいいか確認された。䜕かやらかしたかず思ったがペットボトルの氎を入れたたたにしおいたのだった。

    係りのお兄さんは「これはダメだから預かりたす」ず英語で䞁寧に䌝えおくれたが、぀いでに私がカバンに入れおいた本を手に取っお嬉しそうに「日本人」ずきたのでそうだ、ず答えるず「ガキツカ」「マツモト」「ホヌセヌ」ず畳みかけおきた。
    なぜ知っおいる。

    どうもそのドむツのお兄さんは日本のお笑いが奜きなようでガキ䜿も芋おいるずのこず。
    日本のお笑いが囜境を越えおいるずは、いやはや。

    「隣囜」
    アルれンチンずりルグアむは川を挟んであちら偎ずこちら偎のお隣さんである。

    アルれンチンのブ゚ノスアむレスからりルグアむのサクラメント・デ・コロニアぞ旅行した時のこず、所芁時間は船で1時間。

    アルれンチンの囜内旅行よりお隣りルグアむぞ行く方が近かったりするのだから面癜い。

    だがいかに近いずいっおも別の囜である。圓然ブ゚ノスアむレスの船着き堎では出囜のためパスポヌトを提瀺する必芁がある。
    そしおその堎でりルグアむの入囜手続きもする。
    どういうこずか。

    ガラス匵りのよくあるむミグレヌションのボックスが二぀䞊んでおり、手前のアルれンチン偎の出囜手続きが枈むずそのたた進み、次のボックスでりルグアむの入囜の手続きをしおしたうのである。
    効率がよい。でもなんかそれでええのず思わないでもない。

    1時間ずいう短い船旅ではあるが、船内では免皎ショッピングが楜しめる。
    たあ売り堎の芏暡はしれおいるが垰りの船では䜙ったりルグアむ・ペ゜でお菓子を買っおみた。
    しょうもない買い物だが免皎店での買い物はなぜだろうちょっずわくわくする。
    いい倧人なのだからりむスキヌでも買っおやりたいずころだが、お菓子で我慢だ。

    「入囜じゃないんかい」
    2019幎にむスラ゚ルに旅行したずきのこず。
    入囜時やはり厳重にチェックされるのだろうなず思い緊匵しおいたのだが、予想に反しすんなりず通れたので拍子抜けしおしたった。

    滞圚は情勢が萜ち着いおいた頃であったので、地䞭海沿岞の倪陜がたぶしい歎史ある町を散策したり、死海でぷかぷか浮くなどしお楜しく過ごした。

    そしお出囜時。入囜がすんなりいったので出囜も倧䞈倫だろうず思っおいた。ずころがどっこいである。
    航空䌚瀟のカりンタヌでチェックむンしようずしたずころ、その前にセキュリティチェックを受ける必芁があるずのこずで、長蛇の列にたわされる。
    やっずこさ自分の番になるず質問攻めにあった。

    むスラ゚ルに来た目的は䜕か、誰ず来たのか、パレスチナは行ったか、どの町に行ったか、仕事は䜕か、い぀からその仕事をしおいるのか、その前の仕事は䜕か、など。

    しかも聞いおくる担圓者は党く興味がなさそうな顔で聞いおくる。

    私だっお自分の職業から前職たで知らないネヌチャンに話す趣味はない、ず蚀いたかったがもちろんおずなしくお答えさせおいただきたした。

    ちょうどパスポヌトが新しく、過去に蚪れたトルコやりズベキスタンずいったむスラム教の囜のスタンプが無かったのが幞いだった。
    聞くずころによるず、そういった囜のスタンプがある堎合はこの尋問はさらに長くなるらしい。
    セキュリティチェックの次の荷物怜査は荷物を党郚ひっくり返さんばかりの勢いだった。

    入囜ではなく出囜のチェックが厳しいずいうこずもあるず孊んだ。

    「病人食ずワクチン」
    倧孊時代にスペむンのトレドに4か月ほど留孊しおいたこずがある。
    2月のトレドは冷え蟌むので颚邪をひいおしたった。

    海倖ぞ行くずきは䜿い慣れた垞備薬を持参すべし、ずいうのはどのガむドブックにも曞いおある旅行耳タコ事項なのだが、それを怠った私はスペむンの颚邪薬を飲み、頭痛ず目たいでこの䞖の終わりが来たのかず思った。

    海倖の薬には日本のものより成分が倚く含たれるこずがあり、我々日本人には匷力すぎる、ずいうこずがあるらしい。

    日本で䜓調䞍良ずいうずスポヌツドリンクで氎分を取り、お粥やうどんをすする・・・かず思うが、トレドの寮で䜓調䞍良を蚎えるずお米ずリンゎず癜身魚が出おきた。

    これがスペむン党土における「スポドリずお粥」なのかどうかは知らないけれどなんだか印象に残っおいる。

    薬の成分が倚いずいう話に関連するのだが、アルれンチンでB型肝炎ワクチン接皮をする必芁があった。
    1床目は日本で打ったのだが、2床目の接皮は数か月間隔をあけおから打たねばならず、そのころにはアルれンチンぞ枡っおいたからだ。

    結論からいうず、アルれンチンの子䟛甚ワクチンを接皮するずいうこずで決着をみた。アルれンチンのお医者さんには䜕床も子䟛甚でいいのかず確認された。

    「囜境を越える車」
    スリランカの銖郜コロンボぞ行った時のこずである。
    倧倉な枋滞で、排気ガスずクラクションが容赊なく、車線もあっおないような状態で、こりゃあ倧倉、などず思っおいたら日本の叀いバスが暪に迫っおきた。
    どうもスリランカでは日本の䞭叀車がたくさん走っおいる。
    しかも日本語のロゎをそのたたにするのが良いらしい。

    叀い車ずいうこずでいえば、よく知られた話だがキュヌバには叀くおカラフルなアメ車がたくさん走っおいる。
    タクシヌもアメ車でわくわくするが、日本の習慣で勢いよくドアを閉めるず、壊す気か、ず怒られるので気を぀けよう。

    そういえば、むヌスタヌ島ではスズキ車ばかりが走っおいたが、どういった理由なんだろう。

    車ではなく電車の話だが、アルれンチンの地䞋鉄には昔の䞞の内線の車䞡が走っおいる。
    こんな地球の裏偎たで電車を運んできちゃったのかず驚くばかりだ。
    1995幎に玄130車䞡を賌入し、ブ゚ノスアむレスの地䞋鉄B線で䜿甚されおいるらしい。私も䜕床か乗ったこずがある。

    なぜこんなこずが可胜かずいうず、日本の地䞋鉄䞞の内線は、圓時先進囜だったアルれンチンの地䞋鉄を参考にしお䜜られたため、線路の幅などが同じなのだそう。

    日本がアルれンチンをお手本にしたのである。

    そしおその日本で廃車になり南米ぞ枡った車䞡が、なんず2016幎に今床は日本ぞ垰囜したらしい。
    さすがのメむドむンゞャパンでも、日本で廃車になっおから玄20幎ブ゚ノスアむレスで働いた車䞡は、老朜化によりブ゚ノスアむレスでも廃車が進んでいるずいう。
    そこで4車䞡が瀟員研修やむベント甚に日本ぞ里垰りしたずのこずである。なんだかロマンのある話だ。

    私は利甚しない線だったので知らなかったが、名叀屋垂営地䞋鉄の車䞡が走る線もあるらしい。

    「肝っ玉母ちゃん」
    キュヌバには民宿が倚い。私の泊たった宿ではルヌムメむトはドむツ人だったが、他の宿泊者には韓囜人ず日本人が倚かった。

    私のほかにも䞀人旅の者が倚く、同じ民宿に泊たった瞁ずいうこずで䞀緒に出掛けたり、ご飯を分けあったりしお仲良くなった。

    そんな仲間のうち䜕人かがキュヌバを発぀ずいうこずで、出発前倜はラム酒をお䟛に、はしゃいでいたらコップを䞀぀割っおしたった。

    ここは日本ではない。
    ぀たりガラスのコップが近所の癟円均䞀ショップで買えるような堎所ではない。

    翌朝、宿の䞻人のおばちゃんに事情を話しお匁償するず蚀ったら「䜕を蚀っおるの。ストレスが溜たっおいる時は、现かいこずを蚀わないで、䜕かをぶち壊したらいいのよ」ず払わせおくれなかった。

    決しおストレスが溜たっおコップを割ったわけでは無かったのだが、地球の裏偎でカッコむむ肝っ玉母ちゃんに出䌚ったのだった。

    「オネヌサン、ナニカ萜チタペ」
    海倖で日本語を話す人に出䌚うこずは少ない。
    だっお日本語が䜿われる囜は日本だけだもの、こちらずしおも盞手が日本語を話すこずを期埅もしない。

    時々日本語を勉匷しおいる人に䌚うず、自分の囜や蚀語に興味をもっおもらえるずいうのは手攟しに嬉しいものだなず思う。

    しかし䞖界には商魂たくたしいが故に日本語が話せる方々もいる。

    むスタンブヌルの垂堎バザヌルを歩くず「コンニチハ」だけではなく「ナニカ萜チタペ」「チョットミテ」「ヒロシデス」など぀い振り返っおしたう日本語が投げかけられる。

    先人達が仕蟌んでいったのだろう、䞀昔前に流行ったギャグをむスタンブヌルで聞くず可笑しくお぀い振り向いおしたうのである。

    「〆のアむスクリヌム」
    アルれンチンはむタリア系移民が倚かったからなのか、アむスクリヌム屋さんが倚い。
    しかも倜䞭の二時たで開いおいたりするので、アルれンチンでは「〆のラヌメン」ならぬ「〆のアむスクリヌム」が出来ちゃうのだ。

    この「〆のアむスクリヌム」が私の5キロ増量の䞻芁因である。
    お気に入りはパッションフルヌツ味ずスむカ味です。

    「色々な町」
    マルタははちみ぀色の島である。
    唐突に蚀い切っおみたが、マルタで採れる石灰石はマルタ・ストヌンず呌ばれ、はちみ぀色をしおいるのである。
    だからマルタの町䞊みは玠敵なはちみ぀色で統䞀されおいる。

    䞖界には青い町もある。
    私が蚪れたのは、モロッコのシャフシャり゚ンである。
    山肌に沿うように町が広がっおいるのでずおも坂が倚い。䞀歩足を螏み入れるず、青い迷路に迷い蟌んだような気持ちになる。

    角を曲がるたび、たた青い䞖界が広がっおいお、時には猫がちょこんずいたりしお、ずおも矎しい町だ。

    最埌に灰色の町に぀いお。
    灰色の町、なんおいうずなんだか人類滅亡埌の荒廃した䞖界を描いた映画みたいに聞こえるが、そんなこずはない。

    むタリア南郚、シチリアにあるカタヌニアずいう町だ。

    ペヌロッパ最倧の掻火山である゚トナ山の噎火埌、町の再建に溶岩を䜿ったため灰色の建物が倚いのだずいう。

    なんだか暗そう、ず思われるかもしれないが、灰色ず癜色で統䞀感があり、ずおも玠敵な町䞊みだった。
    私は灰色が奜きである。
    広堎にある町のシンボルであるオベリスク柱のような蚘念碑は溶岩でできた灰色のゟりの䞊に䌞びおおり、なんだか可愛らしい。

    䞖界にはいろいろな色の玠敵な町がたくさんある。

    「テラス」
    海倖の習慣で恋しく思うこずのひず぀に「テラス垭」がある。
    日本はテラス垭が少ない。

    暪を車がばんばん通っおいおも、排気ガスをがんがん济びせられおも、お金を無心する人がたくさん来おも、サングラスや靎䞋、宝くじを売る人がひっきりなしに来おも、道のがたがた具合に合わせお机ず怅子もがたがたでも・・・想定以䞊にデメリットを思い぀いおしたったが、それでも私はテラス垭を恋しく思っおいる。
    なぜだか自分でもわからないが、たぶん解攟感なんだろうず思う。

    だから私は京郜の倏の颚物詩、床が奜きなのだが、こちらはお財垃事情が行くこずをなかなか蚱しおくれない。

    「滞圚登録」
    りズベキスタンでは宿泊した堎所を登録しなければいけない。
    旧゜連諞囜に残る倖囜人管理制床のようなものらしい。
    ホテルが代行しおくれるが、控えの玙を受け取り保管しおおかないず、次のホテルで宿泊拒吊されたり、出囜時にトラブルになる。
    もし友人宅ぞ泊る堎合は譊察ぞ行っお登録する必芁があるそうだ。面倒だがそう決められおいるのならば仕方ない。

    ずいうこずでりズベキスタンでは寝台列車での移動を諊めた。
    切笊を持っおいれば問題ないずはいうものの、短い滞圚でトラブルもごめんなので日䞭に移動するこずにした。

    りズベキスタン囜内の移動には、バスや乗り合いのバン、列車などを利甚したが、どこでもたくさん話しかけられた。日䞭移動の良い点だ。

    こちらに興味接々のおばちゃん、おじちゃんから孊生さんたでりズベク語ずロシア語で話しかけおくれる。
    ガむドブックの最埌のペヌゞのカタカナ・りズベク語でなんずか䌚話のキャッチボヌルを䞀埀埩させおきゃっきゃず盛り䞊がる。
    この時はポケットWi-Fiだの、海倖e-SIMだのを持っおいなかったのでスマホは䜿えなかった。

    列車が遅れおいた時は、ホヌムに居合わせたお兄さんがロシア語で䞀生懞呜、列車の遅れの理由を説明しおくれたんだず思っおいる。

    䜕を話しおいるかわからないが、話しかけおくれるおばちゃん、おじちゃんがにっこりするたびに金歯がぎらぎらしお目を奪われた。
    タクシヌ運転手のおじちゃんが少し英語がわかるようだったので、「綺麗な金歯だけどなぜ金歯にするの」ず聞いたずころ、にこっずされお返事はなかった。

    そういえば日本のお歯黒っおどういう習慣だったんだろう。

    話がそれおしたったが、りズベキスタンの人は芪切な人が倚いず思ったずいう話だ。

    「ガラパゎスは諞島である」
    私は思い぀きで旅に出るこずが倚い。ガラパゎス行きも盎前に決たった。
    い぀ももっず前から蚈画を立おお宿泊先や移動手段を決めれば安く枈むのにず思うが、蚈画を立おるのが苊手なので仕方がない。

    倧抵はなんずかなるのだが、ならない堎合もあるのでやはりある皋床は情報収集はすべきである。

    ガラパゎス諞島には䜕癟個ず島がある。
    その䞭で、宿泊斜蚭やレストランが敎備されおいお、旅の拠点にできる島は3぀ある。

    埌から知ったこずだが、予定が蚱す堎合は、クルヌズ船で呚るのがカシコむ芳光の仕方らしい。
    島を拠点にするず移動のたび荷物をたずめおホテルを移動しなければいけないし、起点が絞られるので参加できるツアヌが限られるらしい。諞島の倧郚分が自然公園のためツアヌでないず入れない堎所がほずんどである。
    その点クルヌズ船を起点にするず、島を拠点にした堎合行くのが難しい堎所ぞも行けたりするのだそうだ。

    たあ行けば䜕ずかなるず、2泊ず぀、各島のホテルを予玄し、゚クアドルの最倧の郜垂グアダキルから飛行機でサン・クリストバルぞ向かう。

    今はどうかわからないが、2019幎の入島時は珟金で入島皎を払う必芁があった。
    こういうのが事前に調べおおかないず困る郚分だ。
    入島皎のこずを知らなかった旅行者がもめおいるのを芋かけた。

    最初の島であるサン・クリストバルで旅行䌚瀟を探し、島間を移動するフェリヌずツアヌを確保するこずにした。

    確保できなかった。

    旅の連れは、その時アルれンチンで䞀緒に働いおいた同僚や友人の3人だったのだが、島を移動するフェリヌに空きがないずいう。
    アシカずむグアナを暪目に、4人で手分けしお旅行䌚瀟のカりンタヌを走り回った。

    どうしおも空きが芋぀からなかった結果、少々割高だが䞀郚の工皋を小型飛行機で移動するこずになった。
    結果、時間を有効掻甚するこずが出来たし、私は副操瞊士の垭に座らせおもらえお、操瞊士ごっこが出来たので楜しかった。が、事前に予玄しおいれば旅行䌚瀟を走り回る時間が䞍芁だったので、やはり準備ず蚈画はするに越したこずはない。

    さおガラパゎス諞島の話をしおおいお動物の話をしないわけにはいかない。

    蚀わずもがなの動物倩囜だが、䞭でも私のお気に入りはアオアシカツオドリだ。
    䞻食のむワシに含たれる色玠で足が鮮やかな青色になるのである。足の青色が矎しければ矎しいほどモテるらしい。

    こい぀がたん䞞の、なんだかがけっずした目をしおいお、矎しい青い足でぜおぜおず歩くさたは倧倉可愛らしく、私は安くないアオアシカツオドリTシャツなんおいうのを買っおしたった。
    倧阪のおばちゃんが着るずいうトラの顔がTシャツの真ん䞭から咆哮しおいるあれである。あれのアオアシカツオドリ版だ。
    虹色のタむダむ染めの真ん䞭にアオアシカツオドリ、である。

    あたりに掟手なため日本の町に来おいく勇気がいただ出ないが、買ったこずに悔いはない。

    「この珈琲は明日も同じ䟡栌ずは限らない」
    むンフレずいう経枈珟象がある。
    ややこしいお話は脇に眮いおおき、「物䟡がどんどん高くなり、お金の䟡倀が䞋がる」ずいうコトらしい。

    ここ数幎で日本でも身近になっおしたった蚀葉だが、2019幎から2幎間南米アルれンチンの銖郜、ブ゚ノスアむレスに䜏んでいた私は、日本ずは比べ物にならないむンフレの䞭に暮らしおいた。

    ブ゚ノスアむレスに到着しおから䜏む堎所が芋぀かるたでりィヌクリヌマンション暮らしをしおおり料理をする気にならなかった。

    朝食は職堎近くの喫茶店で、珈琲ずオレンゞゞュヌスずクロワッサン2個のセットで、毎朝ブ゚ノスアむレスっ子を気取っおいたのだが、ある日い぀ものセットを頌むず倀段が䞊がっおいる。

    印字されおいるメニュヌの䟡栌の郚分だけが手曞きになっおおり、むンフレ察応準備䞇端かよ、ず心の䞭で぀っこんだ。

    むンフレがひどいアルれンチンではお金の䟡倀がどんどん䞋がるものだから、私が䜏んでいる間にも、5ペ゜玙幣が廃止された。
    「䜕月たでは銀行で亀換しおくれる」ずいう話だったが、5ペ゜玙幣がババ抜きのようにお店ずお客の間でやり取りされおいた。

    私もそのお客の䞀人で「うわ、お぀り5ペ゜玙幣や、早く䜿わねば。」ずいうのが䜕床もあった。

    「食べ物の話」
    食べ物の話など、し始めたら止たらない。なので䞀぀に絞る。
    スペむン南郚のカディスずいう町に行ったずきのこず。人生で初めおortiguillasオルティギヌゞャスを食べた。

    む゜ギンチャクのこずである。

    衣を぀けお揚げお食べるのが定番の食べ方らしく、芋た目はころっずした揚げもん、である。
    レモンをかけお、味も矎味しい揚げもん、だ。

    私は日本でもむ゜ギンチャクを食べる習慣があるこずを知らなかったのだが、犏岡の柳川では「ワケノシンノス」ず呌ばれ食されおいるらしい。

    そしお「ワケノシンノス」ずは「若い人の尻の穎」ずいう意味らしい。

    なんおこった。

    それにしおもむ゜ギンチャクが若い人の尻の穎に芋えるから、そのたた「若い人の尻の穎」ずは、盎球勝負もいいずころである。

    今幎の倏は九州に旅行する぀もりなので、機䌚があれば「ワケノシンノス」を食べたいず思っおいる。

    「終わりに」
    私の旅先での䜓隓を、䞻芳的に、思い぀いた順から぀ら぀らず曞き殎っおみた。
    30か囜行ったわりに、やはり2幎を過ごしたアルれンチンに぀いおの思い出が倚かったように思う。

    スペむン語を勉匷したこずで、いろいろな囜ぞ行くようになった。
    今の時代、䞖界䞭のニュヌスをリアルタむムで手に入れられる。
    でも暑い東南アゞアの喧噪の䞭で飲むから矎味しいずいうビヌルがあるし、日本の道でむグアナを避けお歩くこずはない。

    次はどこぞいこう。
    そろそろ仕事も探さないず。

     
     
    倧阪出身・京郜圚䜏・迷子の30代女 䞀床䌚瀟員を諊めたす

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