
消してはいけないもの(JTCの理・マトリックス編 第二話)①
揺らぎ
皿を拭いていた手が、ふと止まった。
理由は分からない。
ただ、止まったのだ。
子どもがテレビの前で積み木を並べている音が、
一瞬だけノイズを含んだように聞こえた。
今日の会社のことが、唐突に浮かんだ。
会議で同期の名前が出ていた場面だ。
あの人は、また“頑張っている”らしい。
分厚い資料を作り、会議で発言し、
“可視化された成果”を積み上げているのだと誰かが言っていた。
私はといえば、特に変わったことはしていない。
与えられたタスクを、ただ手際よく処理しているだけだ。
エラーを検知すれば即座に修正し、
不整合があれば整え、
後工程が楽になるように最適化する。
けれど──。
その“後工程が楽になる”ということは、
誰かにとっては“仕事が減る”ということなのかもしれない。
たとえその仕事がどんなに無駄で意味のないものだったとしても。
そんな考えが、ふと頭をよぎった。
その瞬間、視界の端で黒い影が揺れた。
黒猫のようなシルエットが、床の上をすっと横切った気がした。
アノマリーだろうか。
いや、ただの見間違いかもしれない。
疲れているだけだ。
そう思い直して皿を拭こうとしたが、
手はすぐには動かなかった。
指先に、微かな冷たさが残っていた。
まるで、システムが一瞬だけ再計算を走らせたような──
そんな感覚だった。
私は、何を見たのだろう。
そして、何を見落としてきたのだろう。
答えは分からない。
ただ、世界のどこかのレイヤーが、
一瞬だけ“裏側”を見せたような気がした。
二つのパラレルワールド
🏮 JTCの理 ― 憑き物落とし篇 組織の澱みを「怪異」として解剖する、京極夏彦的作品へのリスペクトを込めた物語。
🕶️ JTCの理 ― マトリックス篇 システムのバグを「アノマリー」として捉え直す、SF映画的世界観の物語