
異世界との間(JTCの理・妖怪編 第四話)前編
「世界の淵で」
朝の空気が少し冷たくて、会社に向かう道の端で、空気がふっと沈んだ。
風はないのに、街灯の影が一瞬だけ濃くなり、ゆっくりと形を変えた。
何かが通ったような気配だけ感じた。
——ああ、またか。
この世界の“ほころび”は、いつもこんなふうに現れる。
職場に着くと、今日も誰かが慌ただしく走り回っていた。
「緊急対応だ」「大変だ」「夜までかかるぞ」
そんな声が飛び交っている。
でも、僕は知っている。
この“緊急対応”の多くは、緊急でもなんでもない。
今日のトラブルもそうだった。
事前準備の漏れ。
手順の確認不足。
誰が見ても「そりゃ失敗するよね」という流れ。
でも、当事者はそれを“英雄譚”に変換する。
自分で火をつけて、自分で消して、
「いやあ、危なかった」「なんとか収めました」
と胸を張る。
その人の背中のあたりで、空気がわずかに揺れていた。
まるで、何かがまとわりついているように。
影が少しだけ重く見える。
現場の空気は、いつも微妙だ。
みんな分かっている。
これは自作自演だ、と。
でも、誰も言わない。
言っても意味がないからだ。
僕も言わない。
言う必要がない。
ただ、静かに眺めている。
あれはあれで、ひとつの“世界”なのだ。
夕方、廊下の端で空気がまた揺れた。
人影が一瞬だけ二重に見えた。
すぐに元に戻ったけれど、
その“ずれ”だけが、世界の端に残った。
——この世界は、今日も静かにずれている。
二つのパラレルワールド
🏮 JTCの理 ― 憑き物落とし篇 組織の澱みを「怪異」として解剖する、京極夏彦的作品へのリスペクトを込めた物語。
🕶️ JTCの理 ― マトリックス篇 システムのバグを「アノマリー」として捉え直す、SF映画的世界観の物語