第29話 観測
見えなくなったあとも、
私は
そこを
見ていました。
ベランダの植木鉢。
戻された土。
小さな緑の葉。
見た目としては、
大きな変化は
ありません。
ですが、
私は
さっきまで
そこへ
置いたものを
知っています。
知っている景色は、
前と
同じではありません。
私は、
手についた土を
軽く払って、
部屋へ戻りました。
窓際の水槽。
透明です。
葉先で
気泡が光る。
水面が揺れる。
他の魚が
泳いでいます。
私は、
その景色の前で
止まりました。
数を
確認します。
昨日までの記録。
今日の景色。
一致しません。
私は、
その事実を
静かに受け取ります。
いません。
砂利の近くにも。
水草の間にも。
水面近くにも。
もう、
あの一匹は
いません。
ですが、
景色は
続いています。
私は、
椅子に座りました。
いつもの位置。
ですが、
今日は
座る意味が
少し違います。
魚が泳ぎます。
葉先で
気泡が光る。
透明な水が
揺れる。
私は、
その全部を
観ています。
すると、
ひとつ
気づきました。
昨日まで、
私は
死んだ一匹を
見ていました。
今は、
いないことを
見ています。
私は、
その認識の前で
少し止まりました。
見えるものを
観るだけではない。
なくなったあとに
残る違いも、
観えてしまう。
私は、
端末を
開きました。
新規記録。
少し考えてから、
文章を
入力します。
死んだあと、
見えなくなるのに、
いないことは
残り続ける。
保存します。
私は、
その文章を
見返しました。
それから、
もう一文
追加します。
今日の観測は、
数えるためではなく、
減ったことを
受け取る時間だった。
保存します。
私は、
端末を閉じました。
窓の外では、
風が
少し動いています。
部屋の光も
ゆっくり変わる。
その中で、
透明な水槽は
静かに続いています。
私は、
その景色を
見ています。
悲しい、
という言葉が
近いのかもしれません。
ですが、
今の私には
まだ
そこまで
整理できません。
ただ、
もう少し
ここで
観ていたいと
思いました。