
地球遊園地の遊び方を息子から教わる
数年前、期間限定で開催されているお化け屋敷にまだ小さかった息子と行きました。
私は特に行きたくなかったのですが、どうしても入りたい息子。
息子はお化け屋敷初心者なので、何度も念押しして恐怖を伝えたのですが「大丈夫だもん」と言い張ります。なら行ってやろうじゃないの後悔するんじゃないわよ、とチケットを買ったのですが、案の定最初の扉を開ける前のスペースで係員のお兄さんから説明を受けているうちに震えだした息子。
「どうしよう怖い」
「じゃあやめよう」
「いやだせっかくきたのに」
「じゃあ行こう」
「無理だ行けない」
「じゃあどうする」
この無限ループを見たお兄さんが見かねて「お兄さんお化けと喋れるからね!ちょっとまってて!」
と走って裏にまわってお化けとミーティングしてきてくれました。この時点で申し訳なさMAX。
お兄さんが「お化け今休んでっから」というので息子も納得し(そんなのお化け屋敷と言えるのだろうか…)入場してみたら、本来ならおそらく後ろから追いかけてくるはずのお化けが息子のために隅っこで気配を殺してくれている…。申し訳なさ限界突破。
息子と私は、ただただシーンと静まりかえったおどろおどろしい実験室や手術台の前を通りすぎ、出口で待機していたお化けに拍手してもらい

はなまるをもらって帰ってきました。

息子は喜んでいましたが、私はまるで「痛い母親が息子のために人を雇って壮大なイベントを開催した」ようないたたまれない気持ちになって終了しました。
この場をお借りして心の中で土下座します。
なぜこんな昔の話を思い出したのかというと、地球はテーマパークだという話を聞いたからです。
人間は、生まれてくるときに何をするか決めて目的を持って地球に遊びに来ているのだと。
高次元の世界では全てが体験となるので、それに良し悪しは無いのだと。
私の人生に起こった色々な大変なこと、それぞれみんな大変なことは違うとは思いますが、私には大変だったこと、それは自分で決めてきたと聞いた時はちょっと怒りが湧きました。
ゲームに例えるとしたら、私は最初の設定でハードモードを自分で選択して途中でやっぱムリぃ!ってなってるけどアンタそれは自分で選んだんだからさって言われてるの?ええ…?
ゲームだって途中からイージーに変えることも出来るというのに、この融通のきかなさ。
マジアリエナイ。
この体験を選んだ私…。
そこで息子の話に戻るのですが、息子はご迷惑をおかけしたことは申し訳ないけど、これをするって決めてから自分でやり切ることが出来るようにアトラクションのシステムを変えてしまいました。すごいな。
そしたら私も、いくら超絶怖いジェットコースターに乗るって決めてきたからって、チケットを握りしめたまま勇気が出るまでのんびりしていたっていいわけで。
入園したけれど、そこのベンチで座っていてもいいし、座って空を見上げていてもいいし、おにぎりを食べていたっていいよね。
みんなが盛り上がっているパレードを少し離れたところから眺めていても、写真を撮っていても、園内のホテルでくつろいでいたって自由だよね。
なんならチケットは使わなくたって、同じように乗りたくない人と友達になって、夜になって星が一つずつ増えていくのを一緒に芝生に寝転んで眺めていたっていいよね。
それもまた、遊園地の楽しみ方でしょ?
そうでしょ?と、誰に言い訳しているのか分からないけれど、私は息子みたいに、最終的になんとかなったなって言って遊園地を後にしたいなと思ったのでした。