
30年目のサマージャム'95
久しぶりに朝からよく晴れていて、夏休みももうすぐそこ。
私はこの30年間、聴き続けている曲がある。
スチャダラパーの「サマージャム’95」だ。
夏だから聴くわけではない。
春も秋も冬も聴く。
Spotifyのオールタイムトップソングは1位が「サマージャム’95」で、何なら5位までほぼスチャダラパー。
「スチャダラ大作戦」から「偶然のアルバム」あたりまでは、今でもよく聴いている。
それ以降の曲はあまりよく知らないけど。
15年ほど前にiPhoneを持つようになってからは、音楽がずっと身近になった。
車の中、家事中、気分を上げたい時。
今は通勤の時に聴くことが多い。
何となく不思議に思うことがある。
お気に入りの曲には、決まって一緒に浮かぶ景色がある。
「サマージャム’95」を聴くと、大学生だった頃の夏を思い出す。
先輩のバイクの後ろに乗ってクラブへ向かった夜。
突然思い立って海へ行き、なぜかゴミ拾いのボランティア団体に混ざってゴミを拾った日。
そんな場面が毎回浮かんでくる。
たぶん、その頃によく聴いていたんだと思う。
でも不思議なのは、その後の30年間も同じくらい聴いているのに、思い出すのはいつもあの頃の景色だということ。
結婚したことも、出産したことも、仕事のことも出てこない。
なぜなんだろう。
最初に聴いた頃の記憶が強すぎるのか。
青春だったからなのか。
それとも、曲と当時の自分がぴったり重なっていたからなのか。
もし出産の時にこの曲を流していたらどうだったんだろう。
出産ほど強烈な出来事なら、頭に浮かぶ景色も塗り替わったのだろうか。
それともやっぱり、あの夏のままだったのだろうか。
そんなどうでもいいことを考えながら、帰り道を歩いていた。
たぶん私は少し疲れているんだろうな。
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何も考えたくない時。
浮かれている時。
面倒な家事をやる時。
たぶんこれから先もずっと。
そして、いつか本当に最後の夏が来るとしても、その時もきっと聴いている気がする。
高校生の頃、ブギーバックであなた達を知り、30年以上私のテンションを上げ続けてくれて、ありがとう。
そんなことを思った、梅雨明け間近の夕暮れだった。