
2次元と3次元の違いとはどういうことか? 写真と絵画とカラーコピーと制作と
今どきは〇〇風の絵が欲しいと思えば、何かを写真に撮ってAIに〇〇風の絵にしてと頼めばできる。
ごく簡単にすぐにできる。
時間もかからないし、道具もいらない。
そんなお手軽な時代だが、
私は時代遅れの昭和の遺物なのだ。
長い時間をかけて、ウンウン言って、試行錯誤してなんか違うとか、思いどおりにいかないとか、
ブツブツ言いながら、手を汚し、周囲を汚して、
実際に絵を描く。
それでその絵が売れるのかというと別に売れない。
まあそもそも売ろうという努力もしてないが。
ただあれかこれかと考えてやっていくのが
めんどくさいけど楽しいのだ。
私は基本的に見たものを描く。
風景なら現場で描く。静物なら実物を見て描く。
だけど生徒たちは写真を見て描きたがる。
写真はすでに2次元なので、
同じく2次元の絵画にするのは簡単だ。
正確にしたければマス目を書いて同じ縦横比にして
拡大すればいい。
実際にそういう指導をして写真そっくりそのままを描き写させるような指導をする人もいる。
そういう作品は完成度が高いからと高く評価されて
よく賞をとる。
でもそれって
要するに単なる拡大カラーコピーでは?
百歩譲ってどういう写真を撮って描くのかもその人のセンスだ、という考えもあるだろう。
もちろん、画題によっては実際に見て描くのが難しいこともあるだろうし、自分で写真を撮ってそれを描くならまだわかる。
だけど、ネットで見つけたからとか、
先生が撮ってきた写真を選んだだけとか、
その人の個性なんて何もない、
ただカラーコピーの性能だけ。
まだ教諭だった頃、県の総合文化祭で他校の生徒に作品の講評を頼まれた。
私は聞く。
「どうしてこの絵を描こうと思ったの?」
その生徒は答えた。
「美術の先生が撮ってきた写真がいくつかあって、
どれかを選んで描けと言われたから
適当に選んでその写真のとおりに描きました。」
私はできたら自分の好きなものを描いたほうがよかったのではないか、というようなことを言った。
私は絶対にそういう指導はしない。
ひたすら他人の撮ってきた写真を拡大コピーする
のはその人の制作ではないと思うから。
写真そっくりだったら上手で良い絵なのだと
信じている人もいるかもしれないが、
私はそうは思わない。
そんなことが楽しいとは思わないのだ。
難しくてもめんどくさくても
3次元の実物の持つ存在感や情報量を無理やり
2次元に押しこめる方がしんどくても楽しい。


最終的にはリンゴの赤を目立たせたいから補色の緑。

こうやって重ねて色を出すおもしろさは
写真見て描いても出せない。

リンゴではないところにも赤を散らす。
最終的にはあまり目立たなくても
こうすることで画面に統一感が出る。

バナナではないところにも黄色。

全体に入れて遠近感を出す。


青いキャンディ型のガラスの色が苦戦した。
さすがに青はもう少し下塗りを軽くしたほうが良かった。
完成。
生徒から写真見て描きましたとか
写真をもとに描きたいとか
いろいろ相談される。
私は、
できるだけ現物を見て描いた方がいい。
どうしても写真をもとに描くなら、
自分なりに再構成して編集し直す材料として使え、
と言う。
美術の世界での考え方はいろいろある。
そういう写真丸写しをさせる先生のほうが
生徒がよく賞をとるので優秀だとみなされる。
私は自分の言っていることが間違っているとは
思わないが、私が指導した生徒のほうが賞をとったりする確率は低い。
だけど私の教えた生徒は制作を続けることが多い。長くやり続けて作家としてやっていけるようになったものもそこそこいる。
結局は表面的な数字や短期的な成果を追うよりも、
長い目でその人らしさを大事にしないと続かないのではないか?
私はその人らしさを表現してほしいと
当時も今も思っている。
その人らしさのかけらもないような作品を
作らせたことがないのは
誰にもほめられたことはないが密かな私の自慢だ。
私にはたいした画歴も授賞歴もない。
生徒に賞をとらせるための指導をしたこともない。だから生徒に賞をとらせる教師という評価もない。
たまには生徒ががんばって賞をとったことも
あるにはあるけど。
そんなに生徒に賞をとらせることができなかった
元高校美術教諭の戯言かもしれないが。