
最後に心に残るのは? エチオピア行って帰って100の疑問!? No.100
エチオピアで一番の思い出は何ですか?
と聞かれたら、うまくは答えられない。
良い思い出も辛かったこともあったし、
節目となるようなこともいくつかあった。
でもどれが一番と言われると
どれもそうではないような気がする。
エチオピアを離れて懐かしく思うのはアビィヤディ教員養成大学のなんてことのない日常である。
同僚のヨナタンやダーウィットと美術の授業をして学生たちの成長を見て、時には近所のイクノの家でご飯を食べて、停電の夜にはぼんやり稲光を眺めるそんな大学での日々。
山登りしたり、鳥を見たり、スケッチをしたり、
ボランティア仲間と過ごしたりする休日。
市場で買い物して、料理して、食べて、
電子書籍で本を読んで、そんな生活。

もう二度と同じ日々を送ることはできないのは
日本でもエチオピアでも同じなのだが、
それでもあの時間が愛おしいと思う。
エチオピアにいた時には
自分はいずれいなくなるのだから後に何かを残そうと思った。
必死にがんばってマニュアルを作って置いてきた。
それ自体に意義はあったし、教え子や美術教育関係の大学の先生や小学校の教員に渡すことができたのは良かった。



だが大学に残したマニュアルは
その後の内戦で失われた。
私はアビィヤディ近隣の小学校の先生たちへの
ワークショップに力を入れた。
だがその後の内戦で教育は2年間中断した。
その後再開されて失われた分を取り戻そうと
ものすごいペースで授業が進められているようで
おそらく美術など行われていないだろう。
教育が再開されたアビィヤディ教員養成大学でも、美術科を志望する学生が極端に減ったとヨナタンが教えてくれた。不安定で経済的に苦しい時代に食べられなさそうな美術を選ぶのは難しいに違いない。
私は何かを残したいと思った。
それは部分的には達成されたが、
かなりの部分は残らなかった。
形として残らなかった思い、
きれいに整理できない思い出、
叶わなかった夢、
果たされなかった約束、
言葉にならないモヤモヤとしたもの、
それもまた大事なものだ。
全力で何かに取り組んで思うような成果が出ない、ではそれをやる意味がなかったかといえばそうではない。
私がやったことでうまく結果につながらなかったものもたくさんある。でもやったこと自体はまったく後悔していない。
その時はそれが最善だと思ってやってそれが結果につながれば良かったし、うまくいかなかったとしても、それはそれでこれはうまくいかなかったという経験が得られる。
時にはそうとう辛い思いもするけど。
世の中ではいつも形に残る結果が評価される。
それはそういうものだ。
では形に残らないもの、
はっきりとした結果の出ないもの、
そういうものには価値はないのだろうか。
もし私がこの世を去る日に人生を回想するのなら、きちんと形に残った自分の業績や財産ではなく、
こういう形にならなかったこと、
ささやかな日々のあれこれ、
私の人生で関わりのあった全ての人のことを
思い出すに違いない。
つまり私たちの人生の中で
本当に価値のあるのは
そういうささやかな日々の積み重ね
ではないだろうか。
それ以上に大事なものがあるのだろうか。
