
オススメどおりだと出会うことができない他者
ここのところ、選挙があったので
ちょっとビビりながらも、
それでも思うことを書いていた。
政治的な話になると引く人も多いだろうし、
スキをしてくださる方もそう多くはないだろうし。さらには考え方の違う人から攻撃的なコメントなども予測される。
だけど、いちおう言論の自由のある国で
一個人が自分の思うことを発言するのに
ためらわなくてはいけないこと自体が嫌だ。
だからいろいろ書いた。
結果的には、幸い攻撃的なコメントを受けることはなかったのでほっとしている。ありがたいことだ。
思うのだが、炎上がなかったのは
私と政治信条が違う人のところには
私の記事が表示されることがなかったから
なのではないだろうか。
たしかに炎上や誹謗中傷は避けられる。
トラブルはない。
政治信条の似た人同士の方が共感しやすい。
たぶんnoteの街での平和な棲み分けのための仕組みなのだろう。たくさんのSNSでその人の志向に合った情報が提示される。最適化だ。
それによって人は守られてお互いに罵り合わなくて済む。私もブロックしている人がいる。
その人の記事を目に入れたくないのだ。
自分のスマホに表示されるのが自分の気に入るものの方が嬉しい。気に入らないものは目に入れない。
そうやって完成された世界には、
自分とはまったく違う意見を持つ人、
自分とは考え方の違う人とは出会う余地はない。
人は快適に暮らしたい。
でも快適にそれぞれの世界に籠もって
自分の理解できる範囲の人とだけつきあっているといつのまにか世界は狭くなってしまうのでは
ないだろうか?
不快な炎上や誹謗中傷の的になるのは嫌だ。
理解できない執着や攻撃にさらされたくない。
お互いに攻撃的にならずに違いを認めながら
他者と付き合えるといいのになと思う。
実社会ではいろいろな人と出会うことがある。
トラブルになることもあるが、
政治的な意見は違うけど仲良くやっていける、
ということもある。
兵庫県の知事選で騙されたと言っていた知人は
美術関係の人だ。
私と美術という共通項があるので、
世界は灰色のグラデーションだ、
ということで認識は一致した。
その人と私の現政権に対する評価は違う。
私はこういう理由でこう思う、と言い、
その人はこういう点を評価する、と言った。
で、2人とも現政権は灰色である、
という点では一致した。
その人は白よりの灰色だと考える。
私は黒よりの灰色だと思う。
そういうふうに話ができて良かった。
難しいけど、noteでも同じように
フラットに話ができたらいいのに。
サムネイルの写真はだいぶ前のデッサンの一部。
美術の基礎はデッサン、と言いつつ色を使う方が
楽しいのでそんなにデッサンを最近していない。
世界はグレイのグラデーションなのだ。