
1日1用事〜生後600ヶ月過ぎての1日当たり活動限界〜
ある日、同い年の友人と話していた。
どうも疲れやすい、
1日に用事をいっぱい詰め込むとヘトヘトになる、
とそんな話をした。
その時彼女は言った。
1日1用事。
素晴らしい言葉だ。
つい可能ならそのついでにあれもこれも
片付けてしまいたい、と思ってしまう。
だけど体力や気力には限界がある。
若い頃のようにそんなに詰め込むことができない。
友人はさらに言う。
どうしても1日に2用事しなければいけなかったら
次の日はゼロ用事にするべきだ。
つくづく彼女は正しい。
若い頃と比べると体力も気力も集中力も
続かなくなっている。
無理をすると疲れてしわ寄せがくる。
昔は展覧会のハシゴや映画の2本立てに行っていた。
今はそんな詰めたスケジュールを想像しただけで
もういいと思う。
1日に詰められる容量がもう若い頃とは違うのだ。
旅行に行くにしても、
あちこちに行こうとはあまり思わなくなった。
1日に大きめの予定をひとつ入れたらもう十分。
早くホテルで休むとかゆっくりお茶するとか。
なんかそういうふうに絞り込んだほうが
記憶に残る。
あまり詰めると印象が混ざるので
ごちゃごちゃしてしまう。
また、1日1用事でも連続すると疲れてくる。
まったくなんの予定もない日も必要なのだ。
特に忙しくなくても、特に有意義でもなくても
薄らぼんやり何もしない日が欲しい。
ぼーっと散歩するとか、
銭湯に行ってぼーっと汗を流すとか、
ダラダラしてないと本来の自分ではない気がする。
あまり人さまからの要求に応えてがんばることを
し続けると自分が擦り切れてしまうように感じる。
忙しく数々のタスクをこなしていく人を
すごいと思う。
でも私はそういう人には
どうやってもなれないのだ。
低体力で根性なしですぐに眠たくなる。
がんばること自体が苦手だ。
人生50年を過ぎたあたりから
もうそんなにがんばれないなと思うようになった。
50年かける12カ月は600。
生後600カ月ならば
それなりにくたびれてきて当たり前だ。
まあこれくらいの年まで生きたらそろそろ
もうがんばったり、1日にいくつも用事を行ったり
することからは引退させてもらおう。
これからも基本的に1日1用事、
時にはゼロ用事で機嫌よく生きていきたい。
では永遠にゼロ用事はどうだろう?

それはそれで自分を保つのが難しそう……。
つくづく人間ってめんどくさい生き物だな。