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全ては灰色のグラデーション 〜デッサンの嘘と真実〜              


    よく見て見たとおりに描け!
    リアリティのある嘘をつけ!
    私がデッサンを教える際に必ず言う言葉である。

    どちらも必要なのだ。
    真実の観察力と
    それをリアリティを持ったものとして表現する力。
    一生懸命見たとおりに描こうとしても、
    うまくいかないことはよくある。
    ある程度の理屈と編集がないと
    そのものらしくならない。

    デッサンにはそれなりの見せ方と脚色があるのだ。例えば箱をひとつ描くにも奥にいくにつれて
    小さくなるように描かないと立体的に見えない。

    生徒には、デッサン観察編とデッサン理屈編
    があって両方が必要なのだと話している。

    よくそのものを観察しないとリアリティが出ない。
    かといって何から何までよく見て全部描いてしまうと描き過ぎて遠近感や立体感が出ない。

    手前ガッツリ、奥テキトーと言っている。

    なぜそんなにデッサンが重要なのか?

    それは世界の共通認識のためだと私は思っている。
    表現方法は多様。物の見え方も人はそれぞれ違う。
    視力も色覚も認識もそれぞれ異なる。

    では、ここにこんな物があります。
    それを白黒で表現してみましょう。

    それがデッサンだ。 
    私の視点からはこの物はこんなふうに見えます。
    これぐらいの大きさでこんな形をしていてここから光が当たってこちらに影ができてこんな質感です。

    それが見る人に伝わるのが良いデッサンだ。

    白い物を表現するにもやはり黒く塗らないとできない。黒い物を表現するにも白い部分も必要。

    世界はグレイのグラデーションで、どの角度から見るかで形は変わる。複雑な物はある程度単純化して表現したり、目立たせたいところのコントラストを強くしたり、編集、脚色をする。

    何かを創作するとはそういうことだ。
    どんなノンフィクションでも、
    何を書き、何を書かないかの編集がある。
    写真でもトリミングしたり調整したりする。
    どんなに事実に基づいていてもそこに編集はある。

    政治の世界でも、
    政策は現実をもとに希望も入れて描きあげた絵だ。

    もちろん人は好きな絵を選べばいい。
    ただ、現実をどう解釈して、
    何を入れて何を省略したか、
    どの角度から見ているのか、
    そういう政策の制作意図も必ずあるということを
    理解して絵を選んだ方がいいと思う。

    白でなければ黒だとか黒でないなら白だとかはありえない。すべてはグレイのグラデーションだから。違う角度には別の真実もあるはずだ。

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    日頃、デッサンを教えてはいるが
    最近自分はデッサンをしていないことに
    気がついてやってみた。

    日頃は水彩画を時々描く。
    色を使う方が楽しい。 

    でもデッサンの方が地味だけど、
    そのものに迫ることができるところもある。
    白黒の方が物の構造や明暗や奥行きが
    明らかになるのだ。

    きっとAIでかんたんに似たようなことが
    できるだろうけど別にやりたくない。

    それでも私は描くのが好きだから。


     
     
     
    公立高校美術教諭28年、JICAボランティアでエチオピアで美術教育2年、退職して非常勤講師になって6年目。日々楽しく生きていきたい。美術と旅と読書と自然が好き。

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