
カレーとビール
昨日のカレーが、まだ残っている。
それだけで、今日の夜はだいたい決まっていた。
帰り道に、スーパーでビールを買った。
特売でも、新商品でもない。いつも飲んでいる、見慣れた缶だ。
レジ袋の中で、缶が小さく鳴る。
その音だけで、少しだけ早く家に帰りたくなる。
家に着くと、ビールをすぐ冷蔵庫に入れた。
いちばん冷えそうな奥のほうに押し込む。
今日の俺は、もうカレーを食べる。
そしてビールを飲む。
昨日のカレーが残っているというだけで、夜の予定は決まっていた。
風呂から上がると、腹がちゃんと空いていた。
冷凍庫を開ける。
ラップに包まれた冷凍ごはんがある。
それをレンジに入れて、まずは軽く温める。
ここで完全に温めきる必要はない。
どうせあとで、カレーと一緒にもう一度温める。
今は米を熱々にするというより、解凍させる感じでいい。
レンジが鳴る。
温まったラップを開くと、少しだけ湯気が立った。
ごはんを皿に落とす。
ぼとっ、と白いかたまりが皿の真ん中に座る。
そこに、昨日のカレーをかける。
一晩越えたカレーは、昨日より少しだけ重い。
ルーが濃くなっている。
具が、完全にカレー側の住人になっている。
じゃがいもは角が取れ、鶏肉はもうカレーの一部みたいな顔をしている。
冷凍庫をもう一度のぞくと、とろけるチーズがいた。
いたなら仕方ない。
気の向くままに、カレーの上へ散らす。
白い米。
茶色いカレー。
その上に、黄色っぽいチーズ。
この時点でもう、勝っている。
皿をレンジに戻し、今度はしっかり温める。
カレーが熱くなり、チーズがだらしなく溶けるまで待つ。
レンジの中で皿が回っている間、俺は冷蔵庫のビールのことを考えていた。
取り出した缶は、ちゃんと冷えていた。
表面にうっすら水滴がついている。
いい。
かなりいい。
温まったカレーとスプーン。
冷蔵庫で冷やしておいたビール。
それを持って、食卓のテーブルに行く。
本当は、すぐに開けたい。
風呂上がりの喉に、冷えたビールを流し込みたい。
でも、まだだ。
テレビをつける。
Netflixを開く。
今日見たいと思っていたものを選ぶ。
こういう夜に見るものは、適当ではだめだ。
カレーもビールも揃っている。
風呂にも入った。
あとは、ちゃんと見たいものを見るだけだ。
再生ボタンを押す。
画面が動き出す。
そこでようやく、ビールを開ける。
ぷしゅっ。
この音は、家で鳴る小さな祝砲だと思う。
一口飲む。
冷たい。
苦い。
うまい。
風呂上がりの体に、ビールがまっすぐ落ちていく。
缶ビールは、350ミリがいい。
中身はたぶん、500ミリと変わらない。
でも、350ミリのほうがうまく感じる。
手に収まる感じなのか、飲み切れるという安心感なのか、理由はわからない。
ただ、家でカレーを食べながら好きなものを見る夜には、350ミリ缶がちょうどいい。
スプーンを持つ。
米を少し崩し、カレールーに絡ませる。
チーズが糸を引く。
米粒にルーがまとわりつき、そこへ溶けたチーズがだらりと乗る。
一口。
少し辛口。
うまい。
すぐにビールを飲む。
カレーの辛さと熱さが残った口の中に、冷たいビールが入ってくる。
苦味がルーを洗い流す。
でも、完全には消さない。
カレーの余韻を少しだけ残したまま、次の一口を呼ぶ。
これは危ない。
画面では、見たかった物語がちゃんと進んでいる。
その続きを追いながら、またカレーを食べる。
目はテレビに向けているのに、口の中ではカレーが主張してくる。
好きなものを見ている時間に、好きなものを食べて、好きなものを飲んでいる。
こういうのを、至福と言うのだと思う。
ごろっとしたじゃがいもを一口。
スプーンで半分に割ると、中までカレーが染みている。
ほくっと崩れて、ルーの重さを吸っている。
うまい。
少しまた、ビールを飲む。
今回のカレーには、鶏肉も入っていた。
しかも少し大きめに切ってある。
スプーンで持ち上げると、ちゃんと重い。
口に入れると、肉の繊維にカレーが入り込んでいる。
噛むたびに、鶏肉のうまみとルーが一緒に出てくる。
食いごたえがある。
美味い。
ビールを飲む。
カレーを食べる。
ビールを飲む。
じゃがいもを食べる。
ビールを飲む。
鶏肉を食べる。
ビールを飲む。
Netflixを見ながら、カレーとビールを行ったり来たりさせる。
何かを考える必要がない。
今日あった嫌なことも、明日やらなきゃいけないことも、いったん全部どうでもよくなる。
俺にはルールがある。
最後の一口は、必ずビールで終わる。
カレーで終わってはいけない。
米でも、じゃがいもでも、鶏肉でもない。
最後はビールだ。
だから終盤は、皿と缶の残量を見ながら食べる。
カレーを少し残しすぎてもだめ。
ビールを早く飲みすぎてもだめ。
この調整が、家カレー晩酌のいちばん大事なところだ。
画面の続きも見逃したくない。
カレーとビールとNetflix。
全部をちょうどよく進める。
最後のカレーを食べる。
皿の端に残ったルーとチーズを、スプーンできれいにすくう。
そして、残しておいたビールを飲む。
冷たい最後の一口で、口の中のカレーが静かに終わる。
うまい。
今日はいい夜だな。