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【配られた手札の話】自分ではどうにも変えられないものを、私たちはみんな抱えている

    私たちは、それぞれ配られた手札で生きていく。
    誰もが自分ではどうにも変えられないものを抱えて生きている。

    私には、重症心身障がいのある娘がいる。

    2歳のころからの中途障害で、医療的ケアが必要。
    気管切開をしていて胃ろうもある。
    しゃべることもできなくなったし、寝たきりの全介助だ。

    もちろん、娘のことは大切だ。かわいい。愛している。生きていてくれて、本当によかった。
    でも、それと同時に、私は何度も思っていた。

    「私の人生って一体何なんだろう」

    子どもを産んだら、少しずつ手が離れていくと思っていた。
    実際に、他のきょうだい2人は、当たり前に手が離れていっている。


    赤ちゃんだった子が寝返りをして、ひとりで歩いて、しゃべって、ごはんを食べて、トイレに行けるようになって、学校へ通うようになる。


    子どもたち全員に、そんな未来が当たり前にあるものだと思っていた。


    でも、現実は違った。


    娘の命を守ること。 医療的ケアをすること。通院、リハビリ、福祉サービスの手続き、学校との調整、日々の介助。
    生活の中心には、いつも娘のケアがあった。

    気づけば私は、「母親」として、「介助者」として、いつも必死で、でも「私自身」として何を望んでいるのか、自分のために何ができるのか、分からなくなっていった。

    そして、そのすり減った日々の中に、ずっと居座っていた苦しい感情があった。

    健常児だけを育てる親、全員に

    娘が障がい児になってしばらくは、本当につらかった。
    どうにかなりそうだった。

    公園に行けば、走り回る子どもたちが見える。

    スーパーで癇癪を起こしてる子を見て「うちの娘は癇癪も起こせない」と思った。

    「ごはん、全然食べなくて」って会話が聞こえてくる。私の娘は、普通のご飯を口から食べることができない。

    「小学校の入学準備が大変で」ってSNSの投稿を見る。
    うちの娘は、就学相談に行って、要望書を出して、却下されて、それでもまた相談して…いろんな手続きを経て、やっとのことで地域の小学校に入学できた。

    言葉が話せる。寝返りができる。口からごはんを食べられる。排泄が自立してる。時間とともに子育てが楽になっていく。

    3人育てているから、想像ではなく明らかな違いが分かる。
    そういうことが「普通である」親全員に、私は嫉妬していた。

    きょうだいには我慢させることも多く、気軽に家族全員でお出かけもできない。出かけたとしても、好きなようには行動させられない。娘を置いて、追いかけていくことはできないから。

    「嫉妬」という表現が正しいのかも分からない。
    羨望でも恨みでもなくて、もっとぐちゃぐちゃした、うまく名前のつけられないもの。
    でも一番近い言葉を選ぶなら、嫉妬だった。

    それがすごく苦しかった。

    健康な子供を持つ友人を傷つけたくなかった。誰かを恨んだり妬んだりしたくなかった。こんな自分が本当に嫌で、誰にも言えなくていつもやせ我慢していた。
    何年経っても、このどろどろした苦しい気持ちは消えなかった。

    心理学やスピリチュアル、自己啓発、グリーフケアの本もたくさん読んだし、ネットで同じような子供を育てるお母さんのブログを読んだり、論文を読み漁ったりもした。カウンセリングも受けた。

    「すべては自分次第」だと、頭では分かっていた。

    それでも、その感情はなくならなかった。

    あの日、口にした言葉

    娘が障がい児になってから9年経った頃、参加したある講座の質問回答の場で、ずっと誰にも言えなかったことを勇気を出して聞いてみた。

    「健常児だけを育てている親全員に嫉妬心があって苦しい。どうしたらいいか分からないから教えてほしい」

    講師の女性から返ってきた言葉は予想外のもので、一瞬息が止まったような衝撃を受けた。

    普通なら「それは本当につらかったね」って返ってきそうなものだけど、彼女は、迷いなく真っ直ぐにこう言った。

    「究極、自分より美人な人全員に嫉妬心があるとか、自分より背が高い人全員に嫉妬心があるとかと同じようなもの。

    自分にはどうしようもない持って生まれたもの・配られた手札に自分の不幸があるように結びつけてしまっていることが一番の原因であって、今あなたが大変だったりイマイチ幸せを感じられてない理由は子どもが健常児ではないことではない。

    そういうことって一切関係ない。置かれた環境や持ち物って自分が幸せになれるかどうか、成功出来るかどうかに一切関係ないから、まずその発想をやめることだね。

    すべてのことは、ハサミやナイフと同じでそのもの自体に良いも悪いもポジティブもネガティブもないんだから、どう活かすか。どういう関わり方をするかしかないから。」

    グサグサと胸に突き刺さった。

    ずっと見ないようにしてたものを、正面から突きつけられた。
    だけど、私は心のどこかでずっと、誰かにこんな風に言ってほしかったんだろうなという気がした。

    「今しんどい理由」を全部書き出した

    その夜、紙に書き出した。今自分がしんどい理由を全部。

    • いつも睡眠不足で疲れてる。

    • 好きな仕事が出来てない。

    • 満足行くまで働けてない。

    • 自分の好きなことをする時間、1人の時間がない。

    • 以前より収入が少なくなって貢献している実感が持てない。好きなことに使うのにストレスがかかる。

    • 家族やいつも会う以外の人と話す機会が減った。

    • 子ども1人ひとりとじっくり向き合い寄り添うことが出来ていない。

    書き終えて、しばらく眺めた。

    娘自身のことは、1つもなかった。

    「娘が障がい児だから」って理由が、どこにも出てこなかった。

    娘の障がいのせいで眠れない、仕事ができない、収入が減った、自分の時間がない——そう思ってたのに。

    書き出してみると全部、「私自身が何を必要としてるか。どうしたらそれを手にできるか」の問題だった。


    • 眠れてないなら、昼でも眠ることを最優先にする。

    • 好きな仕事の何が、どんなところが好きだったのかを書き出して、今できることに当てはめてみる。

    • 娘と離れる時間を、たまった用事を済ませることやきょうだいのためだけに使わず、自分の好きなことをする時間として使ってみる。

    • 今できる範囲で実現する方法を考える。収入を増やすために今無理せずにできることを調べる。

    • きょうだいとの時間も大切にするために、まずは自分を満たすことから。意識して休んで余裕を作る。


    「娘の障がい」という大きな壁だと思ってたものが、ほぐれて、1つずつ対処できそうな問題になっていった。

    壁だと思ってたものは、課題の集まりだった。

    出来ることから1つずつ。1%ずつでもいいから、行動を変えることにチャレンジして、少しずつ解決していった。

    そうやって、子どもと自分の問題を切り離すことができてきて、幸せを感じられる日々を手に入れてきた。

    まだまだ道の途中だけど、本当に人生は自分次第だなと実感している。

    嫉妬の正体

    今でも、健常児だけを育てている親を見ると、羨ましさや嫉妬心を感じることがある。

    完全にゼロにはなってない。
    たぶん、ゼロにはならない。
    でも、その感情の意味は変わった。

    昔は、嫉妬を感じるたびに「こんなことを思う自分はひどい人間だ」と自分を責めた。
    責めるから、ますます蓋をした。蓋をするから苦しかった。

    その悪循環から、抜け出せた。

    嫉妬は、「私はこれが欲しい」というサインだった。
    怒りは、「私はこれを大切にしたい」という声だった。

    感情は、消すものじゃなくて、本当の望みを読み解くためのものだった。

    「健常児の親全員に嫉妬する」という感情の奥にあったのは、「私も自分の人生を生きたい」というシンプルな願いだった。

    変えられないものへの怒りや呪いじゃなく、自分への愛だった。

    娘が障がい児になって、よかったなんて絶対に思えない。
    それは今でも本音だ。

    それでも、私の世界は以前よりずっと豊かになったとも思う。

    出会ったことのない人たち、出会ったことのない世界。

    娘の障がいをきっかけに、私の価値観は大きく変わった。

    もし明日、娘が健常児に戻ったとしても、私はこの世界を知らない頃の自分には戻りたくない。

    全部、諦めなくていい

    私には、当たり前に手が離れていく2人の子どももいる。だからこそ、そのままでいてくれるだけでいいと思える。

    今日も朝、目を覚ました。それだけで嬉しい。
    今日も無事に帰ってきた。それだけで幸せを実感する。

    普通の子育てより、やることも困難も多いのは、正直そうだと思う。
    でも、全部諦める必要はない。

    子どもも家族も、今の大切なものを守りながら、自分の人生を自分でハンドリングする実感を持ちながら、幸せになることはできる。
    できることは、必ずある。


    あの日書き出した紙の最後に、こう書いた。

    「自分の人生をどう作り上げていくか、もう一度考えてみる」

    それから今も、立ち止まるたびにまた書き出して、何度も考えている。
    今の幸せは、そうやって自分で作ってきた。

    あれから2年経った。
    働き方を模索したり、新しい出会いを求めてコミュニティに入ったり、一人で旅行に行ったり。あえてだらだらする時間を作ったり、家事を見直したりもした。

    「そんなことできるわけない」と思い込んでいた壁を、一つずつ壊していく2年間だった。 小さな「やってみた」を積み重ねるたびに、私の世界は確実に広がっていった。

    「私の人生って、一体何なんだろう…」

    そう言葉にする人に出会うたびに、切なさとともに、あの日の自分がよみがえる。 その言葉の奥にある、蓋をされた本当の願いが、痛いほど伝わってくるから。

    だから私は、おせっかいにも伝えたくなるのだ。
    ドス黒い感情も、やり場のない嫉妬も、すべては「自分の人生を生きたい」という大切な心のサインだから、どうか諦めないで、と。

    大丈夫。どんな手札であっても、できることは、かならずある。


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