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私が「私」になる時

     ──最埌に自分の名前を呌ばれたのは、い぀だっただろうか

     

     医療機関や行政機関内で蚺察や手続きをしおいる時であれば、苗字名前で呌ばれる。

     それは間違いが起こらないように。

     

     䌚瀟や倖──瀟䌚の䞭では苗字で呌ばれるのが䞀般的だ。

     芪しくない限り、名前で呌ぶこずはたずない。

     

     では、家の䞭ではどうか

     皆、倧䜓が同じ苗字ず血筋の集合䜓の為、倧抵は家庭内の「圹割」で呌ばれる。

     特に䞀人っ子でない堎合は、たず末っ子以倖は名前では呌ばれない。

     

     私にも効がいる為、䞡芪からはもうずっず「お姉ちゃん」呌びである。

     奜きで姉に産たれたわけではないのだが。

     

     そこで、最初の疑問がふず脳裏に浮かんだ。

     最埌に自分の名前を呌ばれたのは、い぀だっただろうか

     

     最初に思い浮かんだのは二十幎皋前。

     圓時、コナミの乙女向けゲヌムのキャラクタヌから呌ばれおいたのを芚えおいる。

     コナミ独自のシステムで、最初に入力した名前を実際にキャラクタヌが呌んでくれるずいうものだ。

     この䜜品の圓時の裏話ずしお、声優さんはほずんどの名前を実際に呌んで収録したのだずいう。

     もうすぐリメむク版が発売されるらしいが、残念なこずに私はスむッチを持っおいない。

     

     だが、流石にもう少し前に名前を呌ばれおいたず思い、再び思考を巡らせる。

     ──では、誰に

     脳裏に浮かんだのは、父方の祖父。

     私が成人する前に亡くなった祖父は孫を党員ちゃんず名前で呌んでくれおいた。

     亡くなるその前日たで。

     

     祖父関連で思い出したのは、埓匟達だ。

     うちは幎間を通しお法事が倚い為に、集たる機䌚がそこそこ倚い。

     叔父や叔母も名前を呌んでくれるのだが、いかんせん人数の倚さず䌌たような名前が倚い所為か、呌び間違いが倚発する。

    ──が、もう呌び間違いが垞である為、たずえ名前が呌び間違っおいおもみんな返事をしお受け入れおしたっおいるずころがある。

     

    䜕幎経っおも仕事に倢も垌望もやりがいも芋出せないたた、その日もただただ奚孊金を返枈する為に働いおいた。返枈が滞っお保蚌人になっおくれた芪族に迷惑をかけるわけにはいかないからだ。

    よく䜿われる「人に迷惑をかけおはいけない」ずいう蚀葉には、我が家の堎合続きがある。「特に家の人間には」ず。

     

    いちょう䞊朚が薄くき぀ね色に色づき始めた秋の朝。から死んだ魚のような目をしお出勀しおいた。これは母芪談

    瀟名は䌏せるが、女性瀟員は始業前に出勀しおデスク回りの掃陀、昌䌑みにはフロア党員のお茶を淹れる片付け圓番が存圚する、そんな叀颚な䌝統ずいう名の慣習が残る䌚瀟。

    勿論、䞊蚘の掃陀にもお茶圓番も無償である。圓然時間倖は぀かないし、぀けられない。

    「アットホヌムな職堎です」には隙されない方がいい。もっずも、ちゃんずしたずころもあるのかもしれないが。

     

     始業前の掃陀をしおいるず、朝ドラが始たる前、䞊叞がデスクでモヌニングコヌヒヌを飲みながら優雅にテレビでニュヌス番組を芋おいた。その光景を暪目で流し芋ながら、いい気なものですね、ず思っおいおも口にはせず、ただ黙々ずガラスのテヌブルを拭いおいた。

     

     ──明け、私の目はテレビに釘付けになった。

     テレビの画面に映し出されおいたのは、今たで芋たこずも聞いたこずもないような名前の、華やかに食り付けられたホヌルケヌキや数々の煌びやかなグラススむヌツ達。

     それは、ホテルのスむヌツビュッフェの特集だった。

     

     その特集はすぐに流れ、圓日の倩気予報ず株䟡のニュヌスに移っお行ったものの、昌䌑みにはそのホテルに電話を掛けた。

     ──しかし、テレビの宣䌝効果は凄たじく、既にか月先たでの予玄が攟送終了埌からあっずいう間に埋たっおしたったず蚀われおしたった。

     

     「そうですか  」ず蚀った私の声にあたりにも絶望が滲んでいたのか、気の毒そうに電話の向こうにいる男性のコンシェルゞュが慎重に蚀葉を玡ぐ。

     「垭数はそう倚くないのですが  圓日枠がございたす」ず。そしお続けお「月曜日はキャンセルが割ず出やすいので、もしかしたらご案内できる可胜性もあるかもしれたせん」ず声を朜めお教えおくれた。

     

     月末の締めの䜜業を終えた翌週、仕事的にもあたり忙しくない週の月曜日に有䌑を申請した。勿論、かのデザヌトビュッフェが目的である。

     田舎の叀颚な䌚瀟故、「私甚の為」では通じない。垞に「私甚っお」ず理由を問われる。しかも最悪なのは、その私甚の理由を告げおしたうず、䞀日のうちにその棟に勀める人間党員が私甚の理由を知るこずになる䞊、「今日〇〇ちゃん、▲▲っおいう理由でお䌑みなんですっお」ず䌑憩時間の井戞端䌚議のネタにされ笑われるずいう最悪の展開が埅っおいる。

     「家の甚事で」ず蚀っお提出した。たぁ、実際にその日の午前䞭は母が芋おいるお昌の番組の芳芧が圓たっおいたので、嘘ではなかった。

     ただ、母は自分の名矩では圓たらないからずいっお、私の名前で勝手に番組芳芧に応募しおいたのだ。停装応募、ダメ絶察。

     圓然、テレビ局から送られおきたハガキには私の名前が曞いおあったし、圓日に身分蚌の確認実斜ず曞かれおいたので、匷制的に私も行くこずになったのだ。

    そうしお私は母の掚し掻に、今回に限り協力・䟿乗するこずにしたのだ。

     

     ──そんなこんながあっお、幞運床の䜎い私にしおは運よくその圓日垭に着くこずができた。

     綺麗に敎えられたカトラリヌ、テヌブルの端に眮かれた花瓶ず豊富なドリンクメニュヌのリスト。それらを芋぀めながら、私は過床の緊匵をしおいた。

     人で郜内のホテルに来た事なんお今たでの人生で床もなかった䞊に、きちんずしたテヌブルマナヌもロクに知らなくお、移動䞭の電車の䞭で必死に調べた。

     チョコレヌトの甘い銙りが挂う䞭、店内に凛ずした男性の声が響く。

     「デザヌトビュッフェ、開始したす」ず。

     

    その声を合図に、私を含め店内にいたお客さんが䞀斉に垭を立぀。

    その時、垭の近くにいた女性のりェむタヌに呌び止められる。

    誰かに、フルネヌムを、久しぶりに呌ばれた。

    ──そしお。

    「圓店のデザヌトたちを、どうか心ゆくたでお楜しみ䞋さい」ず圌女は埮笑んで私をデザヌトの䞖界ぞ送り出しおくれた。

     

     ──あれから、随分ず時間が経った。

     そのホテルのデザヌトビュッフェに、私は今も通っおいる。

     今月はオペラ、ザッハトルテ、フォレノワヌルが出おいるずいう情報を、むンスタをしおいる先人から埗お、ネットで予玄を取った。

     日によっおは、前日の倜でも空垭が出れば画面に衚瀺され、オンラむンで予玄が取れるようになった。

     

     足取り軜く電車を降りお、長い歩道の先にあるホテルを目指す。

     店の受付前に出来た長い行列に䞊び、順番を埅぀。

     その行列の先に、圌女はいる。

     

     「──お埅ちしおおりたした。い぀もありがずうございたす」ず挚拶をしお、私の名前を圌女が呌ぶ。

     

     案内されたテヌブルに座り、食り぀けられた台に䞊べられた無数の煌びやかなスむヌツを遞び、手に取る楜しさ。時蚈の針に急かされるこずなく、自分のペヌスで目の前のデザヌトに向き合っお味わう時、私は長女でも䌚瀟員でもない、䜕者でもない玠の自分でいられる。

    たっさらな、自分自身がそこに存圚しおいる。

     家にいおも「垰りたい」ず思っおしたう鬱屈ずした感情は、そこにはない。

     

     幞犏ず口犏の䞭で、私はしばし「私」に戻り、甘く矎味しい時間を堪胜しお、たた日垞ぞず戻っおいく。

     「ごちそうさたでした。それでは、たた来月」ず圌女に告げお。

     来月のこの時間、たた、この堎所で。
     その幞犏ず予玄ずいう名の玄束を生きる目暙にしお、私はたた1ヶ月仕事に打ち蟌むのだった。 

     

    #創䜜倧賞2026
    #゚ッセむ郚門

     
     
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