
エッセイを書くということ、ZINEをつくるということ
先に言っとく、長文です…。
が、ZINE作家さん、ZINEづくりに興味のある方、難聴にかかわる方に、ぜひとも読んでいただきたい所存。
・ZINE(ジン)…個人や少人数で制作する小冊子。
・ZINEフェス…
リソグラフ工房ZINE FARM TOKYOが運営する、ZINEを通して作り手と読者がつながる即売イベント。全国各地で開催されている。
・文学フリマ(文フリ)…
「作り手が『自らが〈文学〉と信じるもの』を自らの手で作品を販売する、文学作品展示即売会」。(公式サイトより)
2024年12月1日の文学フリマ東京39に、思い立って初めて行ってみた。
出産後、ひとりで遊びにでかけたのは初めてだったかもしれない。ひとりで電車に乗って、ひとりでカフェでランチをして、ひとりでふらりと歩くのは久しぶりの感覚だった。
会場は、東京ビッグサイトのホール。
とんでもない広さであった。そこを埋め尽くす多くの出展者と来場者(出展者4,000人超、来場者1万人超、だったそうだ)。
その熱気に押し潰されそうになりながら、エッセイエリアを目指した。
文フリに、友人が出展しているわけでもないし、推しの作家さんが出ているわけでも、お目当ての作品があったわけでもない。
滞在時間は2時間にも満たなかっただろう。人の多さに圧倒されてしまって、端から端までゆっくり見て回る余裕なく、そそくさと撤退してしまった。
けれど、ふたりの出展者さん、2冊のエッセイに出会えて、ほんとうに行ってよかったと思った。
ひとりは、2年前のZINEフェス吉祥寺のときにInstagramでつながっていた作家さん。
もうひとりは、たまたまそのブースの前を通って刺繍作品に惹きつけられた、作家さん。
おふたりそれぞれの、2冊のエッセイ。
家でじっくり読んで思った。
わたしはふたりの書き手のことを、何も知らない。
けれど、その人が文章を書き、それを一冊の形にして、文学フリマを通して世に出したからこそ、
わたしは受け取ることができた。その人に巡り会うことができた。
なんだかこれって凄くないか。
エッセイは、書き手の人となりが映し出されるというか、その文章すべてが、その人をその人たらしめるものだと思った。
見ている風景、出会う人、ふれる言葉…切り取った1コマはどんなにありふれた日常でも些細なできごとであってもドラマチックじゃなくても、その人の人生にしか起こらないこと。その積み重なりが、その人の人生そのもの。
そして、そこから何を感じ何を考えるか、それを文章に綴ることはその人にしかできないことであり、その人の内面や考え方、世界の見方がつまっている。それを垣間見せてもらえるのだ。
書き手が外へ発した力を、読み手が受け取って何かの糧にする。そんなエネルギーの巡り。
そのことにしみじみときてしまって、わたしももう一度手渡す側になりたいと思って、2月15日の「ZINEフェス埼玉」に出展申込をした。
(2023年に一作目のZINEをつくっていた)
のみならず、新作エッセイを作ることを決心した。
それが年末。
1か月間、息子の寝る間に毎日毎日書き続け、なんとか完成させたエッセイ。
それが、自身二作目のZINE、
『聴こえることだけ聴いて、見えるものだけ見ていた』だ。

『聴こえることだけ聴いて、見えるものだけ見ていた』
著 者 : natsu
サ イ ズ : B6
ページ数 : 48
製 本 : 中綴じ冊子
表 紙 : 白柳
印 刷 : kinko's
初版発行 : 2025年2月
ここで軽く自己紹介を…、
▶︎こんな人が書きました
生まれつき感音性中等度難聴で、耳が聴こえにくい。両耳約50dB。療育、通級、ろう学校などの専門機関に通った経験なし。障害者手帳対象外。補聴器は18歳からつけ始めた。元ろう学校幼稚部教員(6年間)、学校図書館司書に転職したのち、出産を経て育休中。かんたんな手話できます。山登りとコーヒーと本が好き。
▶︎ざっくり内容紹介
難聴であることを、なかなか人に打ち明けることができなかった。わたしは難聴を、自身の「欠陥」と捉えていたからだ。そんなわたしが見る世界は、わたしの意識と呼応するように、ないものばかりが目についていた。
けれど、学んで、人と出会って、本を読んで、少しずつ歩いてきて、今、もう難聴を欠陥とも思わないし、かといって誇りだとも思わない。ただ、そうである、それだけだ。
難聴とともにあったわたしの道のりをふりかえった今、思うことを綴ったエッセイ。
▶︎ZINEにこめた想い
わたしをわたしたらしめるもの…。
そのひとつはまちがいなく、「難聴」だ。
人にはなかなか打ち明けることができなかったが、わたしの人生を語る上でまちがいなく外せないこと。
いろいろなネガティブな感情を味わって月日が経ってアラサーになって、ようやっと、せっかく難聴に生まれたのだから、わたしにしか書き残せないこともあるのでは、と思うようになったのだ。
出発点は、自分のため。書きたいから書いた。だって、自分のこと、わたしが語らねば誰が語る!
だからまだまだ、ほんとうに人のためになるような文章ではないかもしれない。
だけど、まわりまわって、どこかの誰かの琴線にふれることがあるかもしれない。
ZINEという形にすることで、わたしの手の届かないところまでも巡り巡っていくかもしれない。
現に、出展したZINEフェス埼玉で、Instagramのつながりで、思いもよらない出会いや広がりがあった。
感無量。
生まれつき耳の聴こえない・聴こえにくい人は、1000人に1人の出生率だ。
聴覚障害に限らず、この世にはあらゆる、「障害」と呼ばれるものをもった人たちがいる。
障害/健常って白黒な感じがするけれど、実際はグラデーションだ。
わたしも、聴力的には障害者手帳の対象外であり、グラデーションの真っ只中というか、曖昧な立ち位置にいる。
そういうものをもった自分を、どう受け止めるか。
障害は個性だとか、障害を強みにとか、障害を誇りとか、わたしはあまりそういうことは思わなくて。
だってそりゃやっぱり、障害がないよりはあるほうが大変よ。
人とちがうこと、人と同じようにできない現実を嫌でも突きつけられ、どこに行っても高い壁にぶち当たっている感じがする。
間違いなく、何かを阻むものではある。
でも、そういう経験も、そこから生まれる「悩み」「不安」「辛い」「悲しい」みたいな感情も、障害がない人だってべつの部分で味わっている。
障害だから特別とか、障害がないから楽とかじゃない。
わたしは、それを、「難聴」を通して経験できた。
大切なことを学ぶため、成長するための課題のひとつが、わたしにとっては「難聴」だった。それだけなのだと思う。
だから、ネガティブに見える感情もだいじにしていい。
わきあがった感情をそのまま受け止めて、じゃあこれからどうしたいか、どうなりたいかを考えて、また歩き始めればいい。
歩き始め続けることに意味がある。
僭越ながらこのZINEを通して人に伝えたいことがあるとするならば、そんなことだ。

ひたむきに困難に立ち向かい前進する
新作エッセイを引っ提げて出展した、
「ZINEフェス埼玉」の出展レポ