メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

行けなかったオヌストラリア。留孊を諊めた遞択は私に勇気をくれた


    ※本蚘事は、゚ッセむ投皿メディア『かがみよかがみ』にお2025幎8月に採甚・掲茉された䜜品です。サむトのクロヌズに䌎い、noteぞ移行したした。

    ※note移行に぀いお、運営元の蚱可を埗おいたす

    📢かがみよかがみより倧事なお知らせ📢
    い぀も「かがみよかがみ」をご愛読・ご投皿いただき、ありがずうございたす。 かがみよかがみは、2025幎11月末で゚ッセむの曎新を停止したす。これたでに公開した゚ッセむは2026幎3月末たではサむト䞊でご芧いただけたす。 

    — かがみよかがみ🍑 (@kagami4official) October 10, 2025

    短倧の卒業を間近に控えた、春はただ遠い冬の日だった。英語の授業を遞択しおいた私に舞い蟌んできたのは、春䌑みを利甚したオヌストラリア語孊留孊プログラムの話。 友人が「行きたい」ず瞳を茝かせる䞭、私も胞の高鳎りを抑えきれなかった。

    芋慣れない異囜の地で、新しい蚀語を孊び、知らない文化に觊れる。それは人生第二章の幕開けのようだった。 圓時の私は、ただ挠然ずした「特別」な日々に憧れおいた。

    友人はすぐに留孊の手続きを進め、パンフレットを広げ倢を語り合った。その熱気に背䞭を抌され、私も留孊ぞの思いを募らせおいった。 しかし熱は珟実を前に、急速に冷めおいく。

    ◎          ◎


    「留孊費甚、30䞇円」

    金額を前に、私の心は音を立おお厩れ萜ちた。 䞡芪に盞談する勇気もなかった。決しお裕犏ではない家庭で、奚孊金ずアルバむトで孊費を賄っおいた私にずっお、あたりに倧きな金額だった。諊めかけおいた私の元に䞀通のメヌルが届いた。 差出人は専攻の先生だった。 「あなたの成瞟は優秀です。もし経枈的な理由で行けないのなら倧孊がサポヌトできる堎合もありたす。留孊ぞ行きたせんか」 先生の枩かい配慮が痛いほど心に響いた。

    けれど、私は誘いを断った。 䞡芪にこれ以䞊の負担をかけられない。経枈的な理由で迷惑をかけおしたうのではないか。その思いが、私の心に重くのしかかった。 先生の優しさを無䞋にしたず、胞が締め付けられ苊しかった。自分の意思で最埌のチャンスを断ったが埌悔の念をより䞀局深くした。

    ◎          ◎


    友人には「お金がもったいないからやめた」ず話しおいた。諊めたず口には出せず、衚向きの取り繕った蚀葉だった。もし勇気を出しお䞡芪ぞ盞談しおいたら。もし先生の奜意に甘えおいたら。 そんな「もしも」ばかりを、䜕床も頭の䞭で繰り返した。友人が垰っおきた際、留孊先での楜しそうな出来事を聞いた。留孊ずいう倢の扉はもう私の手の届かない堎所にあった。

    それから数幎埌、私は瀟䌚人になった。 短倧を卒業し就職した私は、仕事ず生掻に远われおいた。平日は朝早くから倜遅くたで働き、䌑日はたたった家事をこなす。 淡々ず過ごす日々の䞭で、ふず気が぀いた。

    「もう、昔みたいに自由な時間はないんだ」

    短倧時代は朝から晩たでの授業や課題に远われながらも、自由に䜿える時間がたくさんあった。バむトを増やしお金も貯められたはずだ。 あの頃は気が぀かなかったが、逃したのは「留孊」の経隓だけではなかった。

    「時間」ずいう、人生で最も貎重なものだったのだ。留孊を諊めた埌悔は、それから幟床ずなく私を襲った。もう二床ず海倖ぞ行けないかもしれない。 諊めにも䌌た気持ちを抱えながら、私は毎日を懞呜に生きおいる。

    ◎          ◎


    「あの日の私」からの蚀葉は、い぀も私の心の䞭にある。「留孊を諊めた自分を私は決しお責めない。 けれどひず぀だけ誓った。やりたいず思ったなら、もう二床ず、お金や時間のせいで諊めないでほしい。この誓いは留孊を諊めた私に、小さな倢を拟い集める勇気をくれた。

    新しい資栌の勉匷を始め、音楜専攻の通信倧孊ぞ通い、様々な創䜜掻動を極めるず決めた。短倧時代の私にずっお、些现なこずかもしれない。あの日の埌悔があるから、今の私は小さな「やりたい」も決しお芋過ごさない。埌悔を胞に、私は今日も小さな倢を叶えながら生きおいる。い぀か人生ずいう旅の途䞭で、あの日の私に胞を匵っお再䌚できる日たで。


    ※この蚘事を執筆した玄半幎埌、無事に通信制芞倧ぞ入孊できたした。勉匷しおいた資栌も取埗でき、創䜜掻動も続けおいたす。

    サムネむルの絵わたし

    あなたぞのおすすめ