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適応障害で休職した私が、やっと書けた話⑩ 心が折れた日、そして退職へ

    よるねこ

    心療内科を受診、そして「適応障害」という診断が出ました。
    そして勇気を出して診断書を上司に送りました。

    休職したい旨を伝えると、上司からは「自分では対応できない。その件は社長に直接伝えてほしい」との返答がありました。

    「いきなり社長に?」と少し戸惑いながらも、診断書と、休職の希望、そして職場での人間関係の問題について、社長にチャットのDMで報告しました。

    すると、すぐに返信が届きました。
    そこには、

    ・関係する社員には注意するが、その社員は業績では評価されている
    ・会社の規定で、休職は1ヶ月間のみとする
    ・担当職務の変更は相談になる
    ・休職期間1ヶ月以降も出勤が難しい場合は、残念だが退職を検討する必要がある

    といった内容が、長文で一気に書かれていました。

    正直、ショックでした。

    まるで「辞めても構わない」と言われているような気がして、心が折れそうになりました。いえ、折れました。

    たった1ヶ月という期間では、復帰する自信など到底持てませんでした。
    たとえ担当職務を変えたとしても、小さい会社なので、調子を崩す原因となった人と関わることは避けられません。

    「会社の休職ルールを自分で確認したい」と思いましたが、社内の閲覧に制限があり、私は詳細を調べることが出来ませんでした。

    本当は、ここでもっと自分の気持ちを伝えるべきだったのかもしれません。
    でもその時の私は、疲れ果てていて、もうこれ以上やり取りを続ける力が残っていませんでした。

    そして私は、いったん休職に入りました。

    もちろん、たった1ヶ月であの場所に戻れるはずもなく、そのまま退職しました。

    ( 追記: 会社の規模が小さかったため、産業医は居ませんでした。また、休職中に上司や社長と面談することはなく、やり取りは最後までDMのみでした。)

    今でも、「もう少し違うやり方があったのではないか」と思い返すことがあります。
    でもあのとき、無理にがんばってさらに傷つくより、自分を守るために去るという選択をしたことは、必要だったのだと——今はそう思いたいのです。



    「適応障害で休職した私が、やっと書けた話」は今回の⑩で終わりです。読んでいただいた方、本当にありがとうございました。

    この後の出来事は、また改めてタイミングをみて書いていきたいと思います。


    🌱追記: 後日、この続きを描きました。

     
     
     
    長く勤めた会社を辞め、転職を経て、息切れしてしまいました。40代、夫と2人暮らし。今はいったん働くことをお休みして、少しずつ次の暮らし方を探し始めています。

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