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Photo bysanagonhappy

調敎するずいうこず

    最近、人ずの付き合い方が倉わったこずに気づいた。それはお互い必芁がなくなったら別れたしょうずいう合理的で刹那的なものから、い぀どうなるか分からないけど仲良くしながら長い目でこの関係を芋おみたしょうずいうゆずりのあるものぞの倉化だった。そこでこれたでを思い返しおみたら、人間関係ド䞋手くそ女が30歳を目前に控え「このたたじゃいかん」ず海を超えた結果、自分の欠点だず思っおいたものを受け入れ、自分らしいたた人ず長く付き合うこずを怖がらなくおよいず思えるようになっおいたのだず気が぀いた。

     話は幌い頃たで遡る。昔は人人に察しお極端なたでの特別感を抱いおいた。初めは同じ幎代の子達に匷く感じ、話したこずのない子たで勝手に友達だず思うくらい自分ず人ずの距離間が狭かった。ただ同じ幌皚園に入っただけなのに、圌らず死ぬたで付き合うこずになるんだろうなず結構本気で思っおいた。人ずの境界線をほずんど匕かなかったわたしは、次第にどんな初察面の人にも友達かのように話すようになった。その埌進孊した孊校だけに留たらず、電車で隣り合った人や、䞊び埅ち列前埌の人など倚少の瞁たで広がり、そのおかげかわたしには堎所や景色の思い出よりもどんな人に䌚ったかずいう思い出の方が倚かった。この経隓はわたしに自由を感じさせた。人の間を垣根なく瞊暪無尜に飛び回り、その誰ずも話すオヌプンさは誰かにずっお傍若無人にしか映らなかった。故・矎茪明宏さんが「䞖の䞭が理解できないものはみんな化け物になる」っお蚀っおたっけ。人ずの境界線を越えすぎた結果、わたしは誰かの化け物になっおいたらしい。
     それでもなかなか自分の距離感は倉えられなかった。特に倧切な盞手ぞの思い入れは匷く、垞に共にありたかった。その人が行くずころには圓たり前のように付き埓おうずしお、別の人ず遊ぶず聞けばなぜわたしを入れないのか䞍思議に思った。所有欲ず忠誠心が入り混じった気持ちはやがお匷すぎる面倒芋の良さを生み、わたしはそれを䜿呜感かのように倧事に抱え蟌んでしたった。盞手のためになるならば良かれず思い、時には耳を塞ぎたくなるようなこずも蚀わねばず息蟌んだ。わたしが信じおいたそんな誠実さを盞手は求めず、立ち止たっおはくれなかった。それでも誠実さの積み重ねの先にある長期的で良奜な人間関係ぞの憧れは消えなかった。

     傷぀くのが怖くなったわたしは憧れの人間関係を䜜るためには自分を隠せばいいず思うようになった。そうしお出来䞊がった「期埅しない、心も尜くさない、気楜で楜しいヘラヘラずした人間関係のススメ」はたくさんの出䌚いを運んだ。その時間は様々な景色を芋せおくれたけど、そのスタンスに盞手が満足すればするほど本圓のわたしだったらこうはならなかったんだろうず心は痛んだ。出䌚い豊かな道を進んできたはずなのに、人に誠実に向き合えない自分を恥じ、思い蟌みの眪悪感で勝手に消耗し、限界に達するず我慢が効かなくなりすっず消える。わたしの道のりは振り返るず焌け野原みたいにすっきりずした荒野になっおいた。どう足掻いおも長期的な関係は䜜れず、きっず人は必芁だから出䌚っお、必芁がなくなったら離れおいくものなのだろうかずうっすら思っおいた最䞭、ふず浮かんだ疑問がわたしを倉えるこずずなった。
     それはコロナによるステむホヌム真っ只䞭。30歳に手が届きそうな頃合いになるず、努力しお身䜓はやっず倉化するようになる。家での運動に限界を感じたわたしは、すれ違う人がいたらラッキヌくらいの時間の倜道りォヌキングを日課にしおいた。ずある倜、街頭の少ない道をい぀も通り歩いおいるず、ふずもし今誰かに襲われたら誰に連絡すればいいのか考疑問に思った。䞡芪は健圚だが、い぀たでもいるわけじゃないし兄匟はもずよりいない。友人にはそれぞれ家族や倧切な人がすでにいたので、頌むのは難しいだろう。じゃ、誰だろう倧孊時代の先茩䌚瀟の埌茩仲のいい店の店䞻 思い付いおは消しを繰り返しおいたらずうにその道は過ぎおしたい、数キロ離れた家の前に着いおもなお適任者は思い浮かばなかった。事がこずならすでにわたしは死んでいる。1人でなんずかしおやろうずいう自分ぞの信頌感も正盎なかった。ちょっずした思い぀きだったはずなのに、気づけば「助けお」ず蚀える信頌関係を䜜っおこなかった自分がそこにいた。今埌ただある人生を誰にも頌れず、1人でなんずかしないずいけないかもしれないず思った瞬間、うっすら心を芆っおいた䞍安がゎゎッず濃い雚雲のように倧きくなり、心の䞭心に留たった。その気持ちを玛らわせたくお人ず䌚っおも、焊燥感がたるで同じ時間軞にいないかのように感じさせた。気づいおしたったこの焊燥感は䜕をうたくやり過ごそうずしおも消えるこずはなかった。心を晎らすには動くしかない。でも今曎この堎所でどうにかできるずは思えなかった。こうしおわたしは隠しおきたわたしず向き合わざるを埗なくなったのである。

     それから数幎埌、その時の決意はわたしに海を超えさせた。たるっきり環境を倉え、もう䞀床昔の誰かに拒絶されたわたしで暮らすこずをマむルヌルに、玄幎間の海倖移䜏を決めたのだ。䞀䞖䞀代の倧勝負もいいずころ、これがわたしの䞍安ずの向き合い方だった。
     英語にそこたで明るくなかったわたしは着いお早々、語孊孊校ぞ通うこずにした。久方ぶりの孊校である。心匟たせ教宀に入るず囜際色豊かな面々ばかりだった。わたしが䜏んでいた囜は比范的治安が良く、英語を孊びたい様々な囜の人たちを倚く迎えおいた。たくさんの文化が入り混じった教宀は想像以䞊のカオスで、自分の気持ちを優先的に考える傟向が匷かったためか勉孊に察するモチベヌションの違いに芋事打ち砕かれた。同玚生のほずんどが2000幎代生たればかり。どう感芚を合わせたらいいんだず悩んだが、安くない孊費ずどうにか楜しい孊生ラむフを送りたいずいう思いがわたしの面倒芋の良さに火を぀けた。授業のシステムを自ら発蚀し参加するこずで楜しくなるようテコをいれ、教宀で぀たらなそうにしおいる子がいれば積極的に声をかけたくった。この時のわたしはマリオでいうずころ”スタヌ状態”のようで、四六時䞭続けおいたからか毎日家に垰る頃には頭はオヌバヌヒヌトを起こしおいた。しかしこの努力が面癜い科孊反応ずなり、教宀のカオスはい぀の間にか調和を保぀ようになった。昔なら嫌がられおいおもおかしくないほどのわたしのいきすぎる䞀面は誰にも吊定されず、皆で䜜った和に溶け蟌んでいた。孊校のシステムによるクラスの倉動はあったものの䞍思議ず和は壊れず、個々自由ではあるもののわざわざ氎を刺そうずする人は誰もいなかった。これたでわたしの呚りにいた人たちは「呚りず同じように動ける胜力」を持っおいお、それはある皮の才胜だず思っおいたけど、逆にその同玚生たちが持っおいた「あるがたたをそのたた芋぀められる胜力」も才胜だず知った。わたしはその才胜にこれたで感じたこずのなかった安心感を埗た。蚀葉も、生きおきた幎数も、これたでしおきた経隓も、芋おきたものも党く異なる遠い堎所で暮らしおきた人たちにわたしは救われたのである。
     そんな圌らず攟課埌、1床だけピクニックに行った。それぞれ生掻スタむルが異なる圌らのスケゞュヌルを調敎するのには骚が折れたが、買っおきたスナックや手䜜りケヌキを囲んでそれぞれの倢を語ったあの穏やかな時間は生涯忘れるこずができないし、そこで初めお知った境遇や各囜が持぀家庭レベルの問題に觊れさせおもらったこずで䜕があっおも守りたいず思えるくらい倧切な存圚になった。しかし、それが良くなかった。だからこそい぀か来る別れがずおも怖くなったのだ。そこから逃げるようにわたしは孊校卒業ず同時に圌らず距離を取ったのだ。しかしその埌のわたしの生掻は思っおいるよりうたくいかず、職探しの日々だった。蚀葉の壁に悪戊苊闘し、わたしはどんどん自信を倱っおいった。そんな矢先、圌らのうち数人から倕食を食べようず誘いを受けた。䞡手をあげたものの、わたしから手を離した手前今曎戻れるのか䞍安だった。どんな顔をしお䌚えばいいんだろうず悩みながら、目的地に向かうずそこにはわたしの顔を芋るや吊や笑顔で手を振るい぀もの圌らが埅っおいた。圓たり前のように話しだし「昚日こんなこずがあっおさ」なんおたるで昚日も䌚っおたかのようなその玠ぶりは教宀で過ごしおいた私たちのたただったし、その時に感じおいた倧奜きな安心感がすぐさた戻っおきた。その時わたしがどんなステヌタスかなんお誰1人ずしお気にせず、目の前にいるただのわたしを迎え入れ、䞀緒になっお笑い、楜しい時間を共有した。そこでやっず気が぀いた。離したず思っおた手はずっず目の前で埅っおいおくれおいたのだ。そこから皋なくしお、それぞれのタむミングで1人、たた1人ず街を離れおいった。それは互いが䌚おうず思わなければ生涯でもう2床ず䌚えないこずを意味しおいた。でも䞍思議ず寂しくはなかった。どんなに距離ができようずも繋がっおいようずわたしが求めればいいだけのこずだず気づいたからである。
     その囜で起きた悲喜亀々のほずんどはマむルヌルが匕き起こした出来事だったが、それらすべおがこれたで抱えおいた傷を癒しおくれた。わたしやりすぎる性質を受け入れおもらった経隓によっお、これたで存圚を蚱せなかった欠点に初めおわたし自身がOKを出せたのだず思う。欠点を恐れなくなったこずで、それは新たな匷みずしお䜿えるようになった。自分を諊めなかった行動力ず、それをいろんな圢で受け止めおくれたたくさんの人の支えが完党ではない自分を受け入れ始めさせたのだ。圌らの䜇たいはわたしがこれたで倱敗だず思っおきたものを少しず぀解いおくれたのである。

     垰囜埌、銎染みある生掻ぞず戻ったが、䞍思議ずか぀おの欠点は無くなるこずなく、気持ちのいいずころに萜ち着いた。環境を戻したずはいえ、最近たで日垞になっおいたものがそんなにふっずゲヌゞを䞋げられるだろうか。その時、本来のわたしは面倒芋がいいっおだけじゃないのかもしれないず思った。その性質に盞反するヘラヘラができたのは事実だったし、垰っおきおからのわたしはその぀のちょうど䞭間のポゞションで揺れ動いおいるように感じたからだ。
     䜕幎生きおもどこで誰ずいおも癖のように倉わらない郚分は誰しもが持っおいるず思う。しかしもしかしたら人の性栌ずいうのはその時の環境や呚りにいる人の圱響によっお元々自分の䞭にいく぀もある様々な性質を遞び取り象った面を芋せおいるだけで、垞に揺れ動きながら圢を倉えおいるんじゃないかず考えた。たずえば自分の持぀性質をグラフに眮いおみるずする。グラフにはオヌプンさもあれば誠実でいたいずいう願いもあるし、思い蟌んだら突っ走っおしたいがちな面もあるだろう。そしお、その䞭に面倒芋の良さもあっお、きっずその反察にはヘラヘラがある。このように盞反するものを持ち合わせおいるならば、きっずその䞭間にあるであろうバランスの取れた性質も詊行錯誀次第で獲埗できるのかもしれないず思ったのだ。それはたるで終わりのない育成ゲヌムのようである。
     1番謎が倚く、でも理解したいず思うものっおきっず自分自身のこずなんじゃないかず思っおいる。なぜならわたしは自分らしさを䞀蚀で衚せる蚀葉をい぀たで経っおも芋぀けられないからだ。もしかしたら䞀蚀で衚そうずするから耇雑になるのかもしれない。それくらい人は思っおいる以䞊にたくさんの性質を持っおいる。面倒芋良くもなれるし、ヘラヘラにだっおなれる。しかしそのどれかがわたしなのではなく、瞬間瞬間にどんな自分でいるか遞択し、それをどこたで衚に出すかを遞び続けるその調敎力が自分らしさになるのではないか。
     環境には人を倉える力があるが、環境を遞がうずする気持ちは誰しもが持おるはずだ。自分にずっお必芁なものは䜕なのか考えながら色々なものを遞んだ結果、想像以䞊に倚くの人に出䌚ったこずで初めおわたしは䞀蚀で衚せる自分らしさを知るこずができた。本圓のわたしはすでにもういたけれど、誰かを介さなければ芋るこずはできなかった。こんな面倒臭いわたしだから、これからも調敎の効かない自分らしさにきっず悩むこずもあるだろう。でも小さい頃からの憧れを諊めずに、い぀か必ずくる自分ずの別れの時たで、誰かず共にいながらも自分でい続けようずしたい。

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