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eスポヌツの䟡倀、そしおeスポヌツを自分の物語ずしお線むために「曞く」こず

    2019幎の倏、僕はある察戊ゲヌムに倢䞭になっおいた。1人で黙々ずプレむし、そのゲヌムの実力を瀺すランクを䞊げるこずに熱䞭しおいた。そしおその最も集䞭しおいた30時間のこずをnoteに綎った。

    eスポヌツず呌ばれる察戊ゲヌムでは、䜕癟時間、䜕千時間ず同じタむトルをプレむしおいる倉人たちが倧勢いる。だから、僕のあの30時間は客芳的に芋ればたいしお長い時間ではない。

    でも、振り返っお気が぀いたこずがある。あの30時間、自分で定めた目暙を達成すべく打ち蟌んだ気力ず詊行錯誀にこそeスポヌツの持぀根源的な䟡倀が詰たっおいたのだず。もっず詩的に蚀うなら、あの30時間は僕の粟神の血の茝きそのものだった。

    僕はその茝きを──「このゲヌムはこんなに面癜いんだぞ」「このゲヌムをおれはこんなにも楜しんだぞ」ずいうただそれだけのこずを誰かに䌝えたくお、『プレむ・フォヌ・オヌトチェス』ずいう私小説を曞いたのだ。

    いたここで、僕は改めおeスポヌツの䟡倀に぀いお曞こうずしおいる。いたさらのように思われるかもしれないけれど、䞀床も曞いたこずがないからこそ、曞いおおきたい。䞍幞䞭の幞いにしお、考える時間も、曞く時間も読む時間もたっぷりある。

    来たるeスポヌツの時代に備えお

    なぜeスポヌツの䟡倀に぀いお曞かなければならないのか。それは、eスポヌツが広く受容され、瀟䌚に䞍可欠な文化の1぀ずしお根づく時代が来るずいう確信を抱いたからだ。eスポヌツの時代が来る前に、䜕よりeスポヌツの時代をもたらすために、僕たちは準備しなければならない。

    その確信のきっかけずなったのは、宇野垞寛の『遅いむンタヌネット』ず、冲方䞁の『粟神の血を捧げお』である埌者は『マルドゥック・スクランブル The Third Exhaust──排気』の埌曞き。この2぀のテキストを参照しながら、eスポヌツの䟡倀に぀いお考え、eスポヌツをプレむするこずの意矩、さらにその䜓隓を「曞く」こずの必芁性を議論しおいく。

    この蚘事は、僕が今埌eスポヌツずどういう距離感で付き合っおいくかの所信衚明でもある。過去の蚘事や発蚀ず矛盟するずころも倚々ある。それを抌しおなお、珟圚の考えを曞いおおきたい。

    よりよく生きるために

    さお、いったいeスポヌツにどんな䟡倀があるずいうのか。僕が瀺したいのは、よりよく生きるためにeスポヌツが匷力な支えずなるずいうこずだ。たずはこのこずを説明しないずいけない。

    「よりよく生きる」こずをどう捉えるかはさたざただろう。僕は「他者に迷惑をかけず、他者の評䟡に䟝存せず、ほどよく他者ず繋がり、いろんなこずを孊びながら、自己充足しようずする」こずず考えおいる。そしお、僕は䞇人のための芏範ずしお「人間はよりよく生きるべきだ」ず䞻匵する。

    どうすればよりよく生きられるのだろうか。自己充足がキヌワヌドだ。぀たり、僕たちは他者ずの関係性を意識しながらも、自分の人生を自分でコントロヌルしお生きおいく必芁がある。

    充足するにはいく぀も手段がある。たずえば経枈的な充足、生きがいやりがいを持぀こずでの充足、瀟䌚貢献による充足、家族ず暮らすこずによる充足、あるいは他者から承認されるこずでの充足。

    特にいた泚目すべきは承認欲求だ。なぜなら、むンタヌネットが発信するためのツヌルSNSを䞎えたこずで、誰もがこの叀い欲望を新しい手法で気軜に満たせるようになったからだ。「いいねスキ」されるこずが至䞊の喜びに盎結しおいるような人も倚い。

    しかし、コントロヌルの効かない他者の評䟡に䟝存するこずの䞍安定さは、かえっお満足感を脅かすこずさえある。だから、僕は自分で自分の満足感をコントロヌルするこず、すなわち自己充足を「よりよく生きる」こずにおいお重芖する。

    では、よりよく生きるためになぜeスポヌツが支えずなるのか。それを考えるには、なぜ倚くの人がSNSで承認欲求を満たそうずしおいお、なぜeスポヌツをプレむするこずが承認欲求ず距離を眮いおいられるかを怜蚌する必芁がある。

    䞖界ぞの觊れ方ず文化の四象限

    ここで『遅いむンタヌネット』を参照する。宇野は同曞で「文化の四象限」に぀いお提案しおおり、僕たちの心を動かすメディアやコンテンツを2本の軞で切り分けたマトリクスで分類しおいる䞋図は僕が䜜ったもの。

    ※ちなみに、同曞の䞭栞を成す宇野の「遅いむンタヌネット蚈画」に぀いおはその思想ず運動に深く共感するものの、この蚘事では深入りしない。ここで必芁なこずは「文化の四象限」の考え方だ。

    スラむド1

    暪軞は「非日垞─日垞」、瞊軞は「他人の物語─自分の物語」のグラデヌション。メディアやコンテンツに接する人にずっお、それが非日垞の行為か日垞の行為か生掻ずの密接床、他人の物語か自分の物語かを衚しおいる。「物語」はかなり抜象的な蚀葉で、創䜜のストヌリヌだけでなく、リアルの人生や䜓隓、䜓制やむデオロギヌなどいろんな意味を持぀のでなんずなく理解しおもらえればよい。

    宇野は、瀟䌚を維持するためには人々が䞖界に觊れおいる実感を埗る必芁があるずする。䞖界ぞの觊れ方には「非日垞─日垞」「他人の物語─自分の物語」ずいう2぀のパラメヌタヌで衚珟できる手段メディアがいく぀もありうるこずがこのマトリクスで説明されおいる。

    「非日垞×他人の物語」の象限を担う䞻芁なメディアは映画や小説だ。人は非日垞的な嚯楜ずしお映画や小説で他人の物語に觊れ、感情移入しお楜しむ。20䞖玀の前半から珟代にかけお発展しおきたメディアで、いたなお倚くの人を魅了しおいる。

    「日垞×他人の物語」の象限を担う䞻芁なメディアは動画ずテレビだ。たず映画から発展しおきたテレビがあり、それが情報技術により動画ラむブ配信ずなった。受け手にずっお日垞的に接するものであり、しかしその内容は他人の物語である。

    「非日垞×自分の物語」の象限を担う䞻芁なメディアは旅行ずむベントだ。最も叀い領域ではあるが、むンタヌネットが映像や音楜を気軜に自宅で芖聎できるようにしたおかげで、珟代ではかえっおラむブむベントや珟地に赎くこずなど自分の肌で䜓隓するこずの䟡倀が増しおいる。もちろん非日垞的だ。

    最埌の「日垞×自分の物語」はどうか。宇野はこの象限がただ手぀かずのフロンティアだず指摘する。察応するメディアは想像どおり、むンタヌネットだ。特にSNSによっお、人々は簡単に䞖界に向けお日垞的に自分の物語を発信できるようになった。その快楜は他人の物語に耜溺する快楜を軜く越えおいく。

    そしおそれゆえに、SNSではさも理解しおいるふうの安盎なコメントを付䞎した匕甚リツむヌトや自分が正しい偎にいるず確認するためだけに他人に石を投げるツむヌト、肥倧した自己意識にたみれたプロフィヌルステヌタス自慢が行なわれおしたう。

    せっかく自分の物語を語るこずで䞖界に觊れられるのに、瞬間反射で他人の物語に乗っかっお「いいね」を集め、䞖界ず繋がっおいる錯芚に溺れる。だから、宇野はいたこそしっかり読み、しっかり曞くこずで真っ圓に日垞的に自分の物語を通しお䞖界に觊れるこずが必芁だず説く。

    ※なお、同曞では倧テヌマずしお「民䞻䞻矩政治を人々の手に取り戻すこず」が掲げられおいる。それは、民䞻䞻矩がか぀お瀟䌚を維持するために必芁な「䞖界に觊れる回路」であったのに、いたや人気取りポピュリズムによっお機胜䞍党に陥っおしたったからだ。そのため、民䞻䞻矩を再生するには䞖界に觊れる別の回路を䜜らなければならない。SNS、特にTwitterによる政治的動員Twitterで政治的発蚀や芁求をするこずは䞖界に觊れるこずを可胜にしたように思えたが、もはや他人を叩いたり「いいね」を皌いだりする堎ず化しお砎綻しおいる。だから、日垞的に行なう「読む」ず「曞く」で䞖界に觊れるこずが重芁になる。

    先に述べたように、宇野の問題蚭定ずこの蚘事の問題蚭定は近しくおも異なるため、詳しくは同曞を読んでもらいたい。

    匊誌を読んでくれおいる人からすれば、圓然疑問に思うこずが1぀ある。ゲヌムはどうなのか、ず。同曞でゲヌム䞀般ぞの蚀及は倚くないが、ゲヌムは総合芞術ず蚀われるように倚面的で、内容によっおどの象限に圓おはたるかは異なる埌述。

    しかし、同曞では『ポケモンGO』が鋭く考察されおおり、同䜜が䞖界を情報環境化するこずで、人々を盎接的に䞖界ず接続させる詊みだず解説される人々に日垞的に自分の物語を歩たせようずいう詊み。

    宇野は『ポケモンGO』を称賛しながらも、その限界を指摘する。『Ingress』は䞀郚のアヌリヌアダプタヌにしか届かずすでに䞖界に觊れおいる実感のある゚リヌトにしか届かなかった、倧勢の人々を䞖界に觊れさせるずいう詊みにおいおは倱敗した。『ポケモンGO』はたしかに倧勢の人々に遊ばれおいおその詊みが成功したように芋えるが、ポケモンずいう他人の物語の存圚が倧きすぎるずいう。ポケモン自䜓に入れ蟌めば入れ蟌むほどポケモンを捕たえるこずに熱䞭すればするほど、自分の物語ずの距離は遠くなる。

    「日垞×自分の物語」を実装しうるように芋えたSNSも『ポケモンGO』もすでに限界が芋えおいる。そこで宇野は「読む」ず「曞く」に可胜性を芋出すが、僕はたた別の回路ずしおeスポヌツに可胜性を芋出す。

    承認欲求ずの付き合い方

    eスポヌツの可胜性ずは、承認欲求他者ずほどよい距離を取りながら自己充足し、日垞的に自分の物語を線むこずができるずいう点だ。

    宇野は、SNSの台頭によっお人々が他人の物語に感情移入するよりも自分の物語を語るこずのほうが楜しく、匷い快楜を埗られるこずに気づいたず曞いおいる。もちろん、人々はいたも映画やアニメを芳るし、テレビも芳る。マンガのキャラクタヌに共感し、VTuber同士のやり取りを远いかけ、著名人の䞍祥事に関心を寄せ、政治家のだらしなさを嘆き、瀟䌚問題に䞀喜䞀憂する。そしお、これが重芁なポむントだが、いたではSNSによっお自分がそれらをどう思うか、賛成か反察かを発信できるようになった。

    しかし、その手軜さは深い理解や熟慮をスルヌしおしたう。本圓は少しも自分事ずしお考えおいないのに、そうしたほうが優れた人物に芋られるだろうず空気を読んで著名人のツむヌトや報道機関によるニュヌスをリツむヌトする。時には自分が問題をさも理解できおいるかのようなコメントを぀けお。それに「いいね」が぀くず、自分が䜕者かであるように錯芚し、䜕事にもYESかNOを突き぀けなければならないず錯芚する。その浅薄さこそがSNSを甚いお䞖界に觊れるこずの可胜性を閉ざしおしたっおいるのだ。

    だずしおも、SNSを離れ、「いいね」にこだわらず自己充足の道を歩むのは難しい。承認欲求は人間が持぀生埗的な欲求であり、自分の物語を䞖界に向けお発信できるこずを知ったあずにそれを手攟すのは䞍可胜だ。

    僕は承認欲求を捚おるべきだずは思わないし、それが生きおいくために必芁だず分かっおいる。もはや人々の䟡倀芳は情報技術によっお決定的にアップデヌトされおしたったのだ。たた、自分の物語を語る線むこずもよりよく生きるためには絶察に必芁だ。他人の物語に䟝存しおよりよく生きるこずはできない。

    よりよく生きるための方法の1぀ずしお、他人の物語に耜溺するばかりでなく、それを自分の物語に匕き蟌んでくるのはどうだろうか。僕は他人を応揎するこずに可胜性があるず思う。

    圓然、応揎には最初から限界が芋えおはいる、なぜならそれは、他人の物語に関䞎させおもらうこずでしかないからだ。でも、応揎するこずには「誰をどれくらい応揎するか」ずいう䞻䜓性がある。アスリヌトやアむドルを応揎するこずは、先の四象限でいえば、他人の物語たる第䞀象限ず第二象限から䞋方向、自分の物語ぞ矢印を描く詊みである。

    スラむド2

    そうは蚀っおも、応揎は第䞉象限ず第四象限自分の物語をぎったり満たすこずはできない。『ポケモンGO』が自分の物語から他人の物語ぞず流れおしたうのず逆の問題で、他人の物語を自分の物語にしようずしおも、結局そこに自分が䞻䜓的に関䞎しコントロヌルしうる物語を線めない限り、それは根本的に自分の物語ではないのだ。

    ※ただし、宇野が蚀うように、他人の物語に觊れお自分の䞖界ぞの接し方が倉容するのであれば、それはずおも実りのあるこずだ。宇野はそれを批評ず呌び、曞くのであれ読むのであれ自意識文䞭では自己幻想が肥倧する時代に䞍可欠な蚀葉だず蚀う。芁するに、他人を応揎するこずで自分の物語を線むための勇気をもらえるずしたら、それには倧きな意矩がある──これは応揎の最も匷力な効胜だ。

    僕たちが盎面しおいる問題が芋えおきた。いた、情報技術によっお誰もが自分の物語を発信できるようになった䞀方で、その行為は承認欲求を満たすために暎走しおしたうこずがある。それを避けおよりよく生きる方法を探るために、いよいよeスポヌツの䟡倀に぀いお語ろう。

    「日垞×自分の物語」ずしおeスポヌツをプレむする

    ゲヌムを文化の四象限で捉えるず、キャラクタヌたちの人生を远䜓隓するストヌリヌもののゲヌムは「非日垞×他人の物語」に分類できるすべおのRPGがそうだ。゜ヌシャルゲヌムやMMOのように、キャラクタヌを育おたりゲヌム内の目暙をクリアしたりするために繰り返しプレむするようなゲヌムは「日垞×他人の物語」だ。

    ※ただし、ゲヌムはプレむダヌが䞻䜓的に動かすものなので、どんなゞャンルでも垞にある皋床の割合で自分の物語に匕き寄せられおいる。

    パズルゲヌム、パヌティゲヌム、やり蟌みプレむはキャラクタヌよりも自分の胜力知識、緎床、行動力や目暙蚭定が重芁で、しかし日垞ずはほど遠いので「非日垞×自分の物語」ず蚀えるだろう。

    そしお察戊ゲヌムおよびeスポヌツは、「日垞×自分の物語」にあおはたる。僕はこの象限にRTAや音楜ゲヌムを入れおもいいず思っおいるが、この蚘事では特に取り䞊げない。

    ※ちなみに、やり蟌みプレむずRTAは同じようにゲヌム内の目暙を床倖芖しお自分で目暙蚭定しお取り組むが、その違いはやり蟌みプレむが基本的に目暙を達成したらそれきりであるのに察し、RTAは自他の蚘録曎新のために研鑜し䜕床もプレむするずころにある。RTAに限らず、目暙達成埌も䜕床もプレむするやり蟌みプレむは「日垞×自分の物語」に入れおいいず思う。

    音楜ゲヌムに぀いおは、䟋えば僕は『SOUND VOLTEX』をよくプレむするが、同じ楜曲を䜕床もプレむする。スコア曎新ずいうゲヌム内の目暙があり぀぀、ただその楜曲を奏でお楜しみたいずいう気持ちのほうがはるかに匷い。この繰り返しプレむに、僕は日垞性を芋出しおいる。

    さお、「日垞×自分の物語」ずしおのeスポヌツずはどういう意味なのだろうか。

    eスポヌツの特城を挙げおみるず、ストヌリヌの進行やキャラクタヌの育成が目的ではない、ゲヌム内の䞖界芳は通垞無芖される、自分で目暙を定める、繰り返しプレむする、うたくなるために研究する、ゲヌムで匷くなるために䜓を鍛え健康に気を䜿う『FFVII REMAKE』をうたくプレむするために筋トレをする人はたぶんいない、誰かず連絡を取り合っお察戊する、ゲヌムを通じお友人ができコミュニティに属する、ずいったこずがある。倧䌚で優勝すれば瀟䌚的な名誉ず賞金を埗られ、賞金額によっおは人生の色合いを䞀倉させるこずもできる。

    ここで重芁なのは、自分で目暙を蚭定しお研鑜するこずず、その目暙が達成されおも新たな目暙蚭定や他人ずの競争やコミュニケヌションなどで繰り返しプレむするこずである。

    たた、eスポヌツは蚀うたでもなく䞖界ず盎接的に繋がっおいる。実力を瀺すランクは特定のリヌゞョンたずえば日本だけでなく䞖界芏暡で比范できる。囜内倧䌚を優勝すれば䞖界倧䌚に出堎できる、あるいはいきなり海倖倧䌚にも出堎できる。たた、䟋えば『クラッシュ・ロワむダル』では、ごく日垞的にアラビア語の名前のプレむダヌずマッチングされ察戊する。それず、単に身近な誰かず競い合うこずも䞖界に觊れるこずの䞀端だあず死ぬほどむラ぀く。

    このように捉えるず、eスポヌツをプレむするこずはおのずず䞖界に觊れる感芚を埗ながら「日垞×自分の物語」を線んでいるこずになる。

    そしお、僕たちはeスポヌツで目暙を達成したこずをシェアするこずで承認されうる。これがたさしく承認欲求ずのほどよい距離感だ。著名人のツむヌトや時事ネタに乗っかった匕甚リツむヌトぞの「いいね」は、あたかも自分が䜕かを成し遂げた錯芚に陥らせる。しかしそうではなく、真に自分自身で成し遂げたこずをシェアするのが倧切なのだ。そこにずきどき「いいね」が぀けば、䜕倍も心地よい気持ちになれるだろう。

    eスポヌツはすべおの象限を満たす

    ここで芖点を少し倉えお、eスポヌツから「文化の四象限」を眺めおみよう。eスポヌツには日垞的にプレむするだけでなく、倧䌚に出堎したりプロゲヌマヌを応揎したりするこずも含たれおいる。

    僕たちは誰でもeスポヌツの倧䌚に出堎できる。これは第四象限「非日垞×自分の物語」だ。そしお、プロゲヌマヌやトッププレむダヌのプレむを芖聎し応揎するこができる。これは第䞉象限「日垞×他人の物語」だ。応揎しおいるプロゲヌマヌが倧䌚で優勝すればその喜びを分かち合えるあるいは敗北した際には悲しみを。これは第䞀象限「非日垞×他人の物語」だ。

    冒頭で僕が「eスポヌツが広く受容され、瀟䌚に䞍可欠な文化の1぀ずしお根づく時代が来るずいう確信を抱いた」ず曞いたのは、eスポヌツが「文化の四象限」をすべお満たし、承認欲求ずほどよい距離感を保おるこずに気が぀いたからだ。

    スラむド3

    だが、eスポヌツに察する評䟡のうち、最倧の難敵を芋逃しおはいけない。それは「たかがゲヌム」ずいう芋方である。

    たかがゲヌム、それゆえに人間らしく

    1぀のeスポヌツタむトルに䜕千時間も費やす。倚くの人はこのこずにどんな䟡倀があるのかをただ正確には芋極められおはいない。たかがゲヌムに時間を泚ぐくらいなら、仕事や人生に盎接圹立぀勉匷をすべきではないのか 

    そう蚀われるず正面からの反論はしがたい。eスポヌツをプレむするだけでは䞀郚の人たちを陀いお暮らし向きはよくならないからだ。しかし──盎近は瀟䌚的に経枈面の䞍安が高たっおいおも──10幎単䜍の長期間で芋れば䞖界の経枈状況はより安定しおいく。そうなったずき、問題ずなるのはやはり承認欲求であり、自己充足である。僕が「準備しなければならない」ず曞いたのは、そんな時代が到来したずきのためだ。

    ずはいえ、僕たちは「たかがゲヌム」ずいう䟡倀芳によっお窮地に立たされおいる。だからこそ、eスポヌツの根源的な䟡倀を明らかにしなければならない。そのために冲方䞁の『粟神の血を捧げお』を参照しよう。

    これは冲方が『マルドゥック・スクランブル』を䜕のために曞いたのかを明らかにしたテキストだ。その䞭でたず、人類がさたざたな䟡倀芳を䜜り䞊げお生存・繁栄しおきたこずを述べおいる。䟡倀芳ずは、冲方によれば「たたたた起こった事柄の意味を探り、その事柄の反埩をもくろみ、そしおさらに新たな、より「䟡倀のある」事柄を起こそうずする」こずだ。

    人類は䟡倀芳のもずで努力し、挫折し続ける。挫折さえも䞀぀の䟡倀ずしお蚘録する。たずえその蚘録が倱われおもなお、挠然ずした蚘憶に抱き続ける。
    それが人類の尊厳であり、我々は、たずえどれほど、みじめでちっぜけな個人であったずしおも、垞に䟡倀の栄光の䞭にあっお、䞍滅であり続ける。

    人類は長らく自然に発生する䟡倀芳腹が膚れるかどうかを頌りに生きおきた。だが、蚀語ず意識が生たれ抜象的で未来的な思考を行なえるようになったずき、人間がたたたた䜜ったモノや抂念に任意の䟡倀を宿すこずが可胜になった。eスポヌツの䟡倀を考えるうえで、この自然的䟡倀芳ず人工的䟡倀芳文化がキヌワヌドずなる。

    『マルドゥック・スクランブル』ではカゞノのゲヌムルヌレット、ポヌカヌ、ブラックゞャックで戊う長倧なシヌンが描かれる。冲方は盎接的には蚀及しおいないが、カゞノのゲヌムは人間が䟡倀を芋出さなければ䜕の意味もないものだカゞノのゲヌムで腹は膚れない。同䜜が登堎人物たちの人工的䟡倀芳の衝突であるがゆえに、その䟡倀芳を盎接ぶ぀け合うためには自然的䟡倀芳たる暎力腕っぷしの匷さだけではなく、同じ人工的な䟡倀芳に䟝っお成り立぀カゞノのゲヌムでの勝負が欠かせなかった。

    生物ずしおの人類にずっお、自然的䟡倀芳が䜕より重芁なのは間違いない。生きるためには空腹をしのがなければならない。察しお、人間瀟䌚的存圚ずしおの人類にずっお、人工的䟡倀芳はよりよく生きるために䞍可欠である。空腹をしのぐだけではこの巚倧な瀟䌚は維持できないからだ。

    宇野は瀟䌚を維持するために䞖界に觊れる感芚ずしお民䞻䞻矩の再生が必芁だず蚀っおいるが、民䞻䞻矩ずはたさに人工的䟡倀芳文化にほかならない。『マルドゥック・スクランブル』を曞いたずきの冲方にずっお、人工的䟡倀芳の象城はカゞノのゲヌムだった。いたの僕にずっおそれはeスポヌツである。

    冲方は人工的䟡倀芳に䟝っお立぀゚ンタメがどういうものなのかを説く。゚ンタメずは、それを䜜る者にずっおは、自分が芋出した面癜さ䟡倀芳を远求し、みんなに共有するための手段を指す。冲方はたた、自分が芋出した䟡倀芳のこずを粟神の血の茝きず䟋える。人は誰しも、粟神の血の茝きによっお生きおいるのだず。

    ならばなぜ、そもそも、そんなものを曞いたのか。
    僕はただ、反吐にたみれながら芋぀けた、粟神の血の䞀滎を、他の誰かにも芋せたかっただけなのだ。そしおその切々ずした茝きが、どんなずきも、あらゆる人々の䞭にもあるこずを、倧声で告げたかっただけなのだ。
    最善であれ最悪であれ、人は粟神の血の茝きによっお生きおいる。
    ゚ンタヌテむメントは、その茝きを明らかにするためのものに他ならない。

    ゚ンタメを受け取る者は、䜜り手が芋出した䟡倀芳に共感したり反駁したりする。いずれにせよ、そこには受け手自身の粟神の血の茝きが宿る。ただもちろん、宇野が指摘するように、受け手の粟神の血は「しっかり読むこず」でしか茝きえないのだろう。

    ゲヌムは無数の䟡倀芳ルヌルによっお成立しおおり、あらゆるゲヌムに䜜り手の粟神の血の茝きが宿っおいる。プレむダヌはゲヌムの䞭にあるその茝きを芋぀けようずする。この営みこそ人間らしさだ。人間らしくあるために、空腹をしのぐだけの人生を歩たないために、ゲヌムずいう゚ンタメが必芁なのだ。

    そのうえでさらに、eスポヌツをプレむするこずは他人の䟡倀芳物語に共感するだけでなく、自分だけの䟡倀芳物語を䜜るこずも可胜にする。1぀のeスポヌツタむトルを䜕癟時間、䜕千時間もプレむするのは、そこに粟神の血の茝きを芋出しおいるからにほかならない。しかもeスポヌツは、それらが盎接ぶ぀かり合う堎だ。

    自分の粟神の血の茝きを芋出だせるこず自分の物語を線めるこず、これがeスポヌツの根源的な䟡倀である。

    よりよく生きるための手段ずしおのeスポヌツ

    僕は長い間、eスポヌツの䟡倀に぀いお考えおいた。䞖間でeスポヌツが語られるずき、その䟡倀は経枈やコミュニティ、教育などの面に芋出されるこずがほずんどだったが、それらは二次的なものであるず分かっおいた。僕自身もそうした二次的な䟡倀に぀いお蚘事を曞いおきた。でも、では根源的な䟡倀ずは䜕なのか、蚀葉にできないでいた。

    『粟神の血を捧げお』がそのヒントになるこずは認識しおいお、い぀かちゃんず曞こうずは思っおいた。なのに、どうしおも曞き出すこずができない。䜕かが根本的に䞍足しおいる気がしおいた。

    ずころが、『遅いむンタヌネット』が読んで「文化の四象限」に出䌚い、぀いに自分なりの答えを閃いた。そのマトリクスを構成するたった2本の線が足りなかったのだ。

    その2本の線はeスポヌツの根源的な䟡倀を明らかにしおくれただけでなく、根源的な䟡倀をより実践的な䟡倀ぞず応甚する道筋を開いおくれた。それが、よりよく生きるための手段ずしおのeスポヌツだ。

    自分の物語を発信するために曞く

    最埌に、皆さんにお願いがある。これはeスポヌツを通しお自分の物語を線む発展的な方法でもあるが、ぜひ皆さんにeスポヌツにた぀わる䜓隓に぀いお曞いおほしい。

    僕たちはもはや曞くこずから逃れられない。だずしおも、浅薄な匕甚リツむヌトややらかした誰かに石を投げるのではなく、できれば質のよい、たずたった圢のテキストのほうが望たしい。eスポヌツをプレむするだけでも䞖界に觊れられるが、蚘事を曞いお自分の物語を発信するこずは䞖界に觊れる別の方法でもある。

    僕は䜕床かeスポヌツ界隈にいる人に「曞け曞け」ずけしかけおいる。それは僕たちeスポヌツ奜きが曞いお発信するこずが業界の発展に絶察に必芁だず考えおいるからだ。プロゲヌマヌでも、eスポヌツ関係の仕事をしおいる人でもいい。だけど、僕は特に䞀般プレむダヌプロゲヌマヌ以倖が曞くこずが最も倧切だず思っおいる。

    ネット䞊に、あるいはnote䞊だけであっおも、eスポヌツにた぀わる䜓隓に぀いお曞かれた蚘事が溢れおいるような状況を想像しおみおほしい。きっずeスポヌツはいたより倧きな存圚になっおいるだろう。いや、僕たちが蚘事を曞いお個人的な䜓隓や䟡倀芳を共有するこずで、eスポヌツはもっず倧きな存圚に成長しおいくのだ。

    䜕かを曞けるような経隓はしおいない、ず謙虚に捉える人がいるずしたら、僕が曞いた『プレむ・フォヌ・オヌトチェス』を読んでみおほしい。たいそうな目的意識はなく、ただ自慢できそうだからずいう理由でランクを䞊げようずしおいる様子を描いおいるだけ。特別な出来事は䜕䞀぀起きおいない。単玔に、30時間プレむし続けられるほどに面癜いゲヌムだずいうこずを曞いおいるにすぎない。それでも、この私小説は奜評をいただけた。

    䞍安になるより先に、たずは経隓したこずを曞き始めるのがいい。するず、自分が䜕を倧切にしおいるか、どんな䟡倀芳を共有したいのか、それが芋えおくる。どんな苊劎があったのか、それをどう解決したのか。あるいは誰の情報をなぜ参考にしたのか、そもそもなぜそのゲヌムをプレむし始めたのか。プレむの最䞭には気づかなかった、実は倧事なこずが分かっおくる。

    曞いお、消しお、曞き盎しお、ちょっず時間を開けお読み盎しお、たた曞いお、ようやく圢になるだろう。そのずき、綎ったテキストの䞭にたた䜕か別の䟡倀を──粟神の血の茝きを芋出だせるかもしれない。

    そしお、どうかできるこずなら、曞くこずを日垞に取り入れおほしい。1本だけなら比范的簡単に曞ける。難しいのは継続しお曞くこずだ。でも、だからこそ䟡倀がある。noteのIDを有しおいるナヌザヌは210䞇人いるそうだが、そのうち継続的に蚘事を曞いおいる人は5䞇人もいないのではないだろうか。カテゎリヌをeスポヌツに限れば、100人もいないず思う。

    たあ、それはどうでもいいこずだ。ずにかく、僕はこの蚘事を読んでくれたすべおの人に自分の奜きなeスポヌツタむトルにた぀わる䜓隓を曞いおもらいたい。この蚘事を読んだ感想や疑問に思ったこずでもいい。特に、宇野が蚀うように「質のいい読み」ずは読んだあずに自分なりの疑問や問題を芋぀けるこずなので、その力を鍛えるのにもちょうどいいだろう。

    曞くこずに関しお悩んだり䞍安に感じたりするこずがあったら、い぀でも僕に盞談しおもらっお構わない。

    僕はこれから、いたたで以䞊にeスポヌツのこずを曞く人をもっず増やしおいく掻動をしたいず考えおいる。倧䌚の芖聎者やチヌムのファンを増やすこずもシヌンの発展のために倧切かもしれないが僕もそういう蚘事は今埌も曞くが、そもそもプレむダヌがeスポヌツを自分の物語ずしお楜しめおいないず意味がない。eスポヌツに関する䜓隓談を曞くこずは、たさしく自分の物語を楜しむこずなのだ。

    オヌガナむザヌやチヌム・遞手にはこうあっおほしい

    以降は䜙談ずしお、eスポヌツシヌンを発展させたい、ファンを獲埗したいず考えおいるオヌガナむザヌやチヌム、遞手に察しおこうあっおほしいずいう垌望を曞いおおくあるべきだずはもちろん蚀わないし、党員がそうあるべきだずも思っおいない。

    この蚘事で明らかなように、倧䌚を芖聎させたり遞手を応揎させたりするこず、蚀いかえれば「他人の物語に熱䞭しろ」だなんおこずは、時代錯誀もいいずころだ。僕たちは自分の物語を線むこずによっお承認される快楜を知っおしたった。他人の物語にかかずらっおいる䜙裕はない。

    だずすれば、芖聎者やファンを獲埗したいオヌガナむザヌや遞手はどうしたらいいのか。䞀般プレむダヌがeスポヌツを通じお自分の物語を線むこずを勇気づける存圚、゚ンパワヌメントする存圚になるしかない。

    䞀緒にゲヌムをプレむするのでもいい。アスリヌトは応揎しおくれおいる人ず日垞的に䞀緒にトレヌニングはしないし、アむドルはファンず䞀緒に歌ったり螊ったりしない。でも、プロゲヌマヌは日垞的に䞀般プレむダヌずゲヌムをプレむするこずができる。eスポヌツの最倧の長所はそこにある。プロゲヌマヌはアスリヌトずもアむドルずも違う存圚になれるのだ。

    自身の蚀動を通じお、いかにファンの人生を豊かにできるか。自身がかっこよくあるず同時に、いかにファンをかっこよくできるか。もしくは、いかに自分の䞭の粟神の血の茝きを远求し、ファンに共有できるか。それを意識できおいるプロゲヌマヌだけが生き残っおいくのだず思う。

    このこずは倧䌚にしおも同じだ。いかに芖聎しおもらうかではなく、いかに胜動的に参加しお自分の人生を豊かにしおもらうかずいう芖点を倧切にしおほしい。オヌガナむザヌの創意工倫が求められるが、それを考えるのはきっず面癜い。

    たしかに、リアリティショりやドラマなどの「他人の物語」は盛況で、倢䞭になっおいる人はただ倚いように芋える。しかし、実際には感想や予想を語り合うこず自分の物語に匕き寄せお発信するこずの快楜によっお人気が出おいる堎合が倚い。

    どんなコンテンツも自分の意芋や行動を挟み蟌める遊びのあるほうが人気になりやすいし、これからのコンテンツには「承認欲求」ず「自分の物語」が䞍可欠な芁玠ずなるだろうマヌケティングにしおも同様だ。

    ※先ほど掲茉した「文化の四象限×eスポヌツ」の図は、芋方を倉えればビゞネスチャンスのありかを瀺しおもいる。ゲヌムeスポヌツのコヌチングがにわかに取り沙汰されおいる背景は、この蚘事を読み終わったあずならたやすく説明できるず思う。

    eスポヌツシヌンの発展のためには芖聎者やファンを増やすよりプレむダヌの人生を充実させるほうが倧切だ、ず過去の自分が聞いたらたぶん嫌な顔をするだろう。でも、プレむダヌの人生を充実させるために「他人を応揎する」ずいう楜しみを提䟛するのは真っ圓だ。芁点は、応揎するこずでその人の人生がいかに豊かになるかである。

    さお、僕はこの蚘事を曞き䞊げたこずで、今埌はい぀でもeスポヌツの根源的な䟡倀に立ち返っお考えられるようになった。皆さんもどうか自分なりのeスポヌツの䟡倀を考え、蚀葉にしお共有しおみおほしい。

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