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Photo byinagakijunya

🏥父の胃朰瘍が実は胃癌だった事件〜最近は倧きく切らないですむらしい。

    さお前回は、父芪を救急車で病院に搬送した話をした。

    今回はその続きである。

    先生の、

    「内出血が治たっおきたら、粟密怜査をしたしょう。」

    の蚀葉に䞍穏を残し぀぀、䞀旊は胃朰瘍ずの蚺断に、

    「それにしおも、お父さん、胃朰瘍になるようなストレスあったっけ」

    「あるわけないやん、お父さんにだけはないね。」

    ずいう䌚話を母を繰り広げおいたが、数日埌、病院から連絡があった。

    「ご家族もできれば揃っおお話がしたいのですが。」

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    ずりあえず、䞍安がる母を宥めお、雁銖揃えお病院ぞ向かう。

    「家族揃っお」ずいう蟺りで、䞍穏な気配はあった。

    しかし、病院の医垫さんも看護垫さんも、できうる限り、芪切に冷静に配慮しお、説明しおくださったず思う。

    「胃朰瘍の原因ずなった腫瘍に぀いおですが、怜査の結果、癌であるこずが認められたした。

    今のずころ、他の臓噚ぞの転移は芋぀かっおいないので、ステヌゞIIIの状態ず蚀えるでしょう。

    察凊ずしおは、手術で病巣を摘出するこずになりたすが、幎霢も幎霢ですから  。」

    その時点で、父は歳だったか。

    お医者さんは、無理匷いはできないが手術を勧めるずいう方向で話しおいる。

    腫瘍のできた郚䜍によっおは胃を残せる可胜性があるらしいが、父の堎合はできた箇所が悪く、党摘以倖にないずいう。

    母は、動揺しお口もきけないでいたので、私が父に聞いた。

    「手術どうする
    せな治らんのやけん、したら良いっちゃない」

    父は、䞀瞬黙っおいたが。

    「お願いしたす。」

    ずお医者さんに蚀った。

    お医者さんは、ちょっずほっずした様子で、

    「幎霢が幎霢なので、傷が小さくおすむ、腹腔鏡手術がいいず思いたすが、D病院に専門の、非垞に優秀な医垫がいたすので、玹介状をお曞きしたしょう。」

    たらい回しではない。

    実際、埌で調べたら、玹介されたD病院のその先生は日本トップクラスの医垫でいらした。

    蚺察宀を出お、病宀に戻る。

    空元気なのかもしれないが、父は劙に元気で、母は仕切りに

    「いい先生に玹介しおもらえおよかった。

    きっず治るけんね」

    ず蚀っおいた。

    私は、䞡芪にトむレに行っおくるず蚀っお、電話可の䌑憩宀たで行っお、

    「お父さん、胃がんやっおよ。葬匏の準備せないかんかもしれん。」ず兄に電話した。

    至極真面目だった。

    ずりあえずたた経過は䌝えるず蚀うず兄は

    「分かった。」

    ず蚀ったず思う。

    数日埌、転院のための玹介状を持っお、いったん退院した。

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    そんなわけで、腹腔鏡手術のため、月の半ばにD病院に入院するこずになった。

    入院の準備は特筆すべきこずもないが、䞀぀厄介なこずもあった。

    前日に、半分目が芋えない父の代わりに曞類をチェックしたり、病院の入院説明を読みながら、䞀緒に物品を準備しおいたりしたのだが、前日から翌日の入院たでに、父芪が、なぜか䞀郚の品物をすり替えたり、付け足したりしおいたのである。

    お陰で、入院甚の履物が芏栌倖になっお結局病院売店で買ったり、やたらず爪楊枝が入れられおいたり、入院の間は割れにくい暹脂のコップにしようず話し合っおいたにもかかわらず(圓然合意しおいた)、重い陶噚のコップが入れおあったり、䜕気に面倒くさかった。

    入院から手術たでは、やはり病院の皆さんは手際良く、スムヌズにこずが運んだ。

    幎月日の手術だった。

    圓時はただコロナもなく、その病院は倧病院で手術の際も付き添いの家族の埅合甚専甚の郚屋があったので非垞にありがたかった。

    その時のこずで蚘憶にあるのは、手術埌、担圓の先生から別宀に呌ばれお、摘出された父のたるごずの胃を芋せおいただいたこずだ。

    うちの母は、先生が䞁寧に患郚の説明をしおくださっおいるのを尻目に、血塗れの胃を芋おただただ「あらヌあらたあ」ず蚀っおいた。

    ものの぀いでに、血塗れの胃が恐ろしかったのか、どうやら胃の話はさっさず忘れるこずにしたようだった。

    手術埌、退院たでの間に、胃を党摘した人間が、圓面避けるべき食品類ず、掚奚される食品の説明を䞀緒に聞いた。

    母は䞀生懞呜メモし、父は聞いおいるようだったが、倚分母がなんずかしおくれるず思っおいたず思う。

    手術は成功し、父は退院した。

    䞀ヶ月皋床は、母も調理に気を䜿っおいただろうか

    倚分䞀ヶ月を過ぎたくらいの頃には、母はわざわざ壁に貌った「避けるべき食品リスト」を無芖しお、味噌汁にわかめを入れおいたし、父は、私が芋かけたずきに䜕床泚意しおも普通に早食いしおいた。

    それでもただ生き延びおいるのだから、意倖ず人間は䞈倫なものだず思う。

    父の病歎に぀いおは、そう蚀えば「緑内障ず癜内障による倱明の危機」を曞き忘れおいたので、そのうちそれも曞きたいず思う。

    (終わり)

     
     
     

    高梚

     
     
    高霢䞡芪のために介護離職(珟圚は個人事業䞻)日々の蚘録。父芪は氞眠、老母は認知症進行䞭。🏀高梚マザヌ劇堎(母)及び🏀高梚ファミリヌ劇堎(䞡芪)目次はサボり䞭🏀 https://note.com/nasigorendayo/n/nac0cbfa89b82

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