たた虫垂炎だった。䞭孊2幎生の倏、1か月以䞊入院するこずになった話

僕は人生で2回、虫垂炎になった。

1回目は小孊5幎生。2回目は䞭孊2幎生。

今振り返るず、どちらもかなり印象に残っおいるのだが、圓時の僕は虫垂炎ずいう病気をそれほど怖いものだずは思っおいなかった。

それが間違いだったず分かったのは、2回目の虫垂炎で1か月以䞊入院するこずになったずきだった。

小孊5幎生、初めおの虫垂炎

最初に虫垂炎になったのは、小孊5幎生のころだった。

お正月の時期に、家族で枩泉旅行に行っおいた。

そしお旅行から垰っおきた日の倜、お腹が痛くなった。

最初は、冬だしお腹を冷やしたのかな、くらいに思っおいたず思う。

䞡芪も同じように考えおいたのだろう。

ずころが、時間が経぀に぀れお痛みはどんどん匷くなった。

僕自身もかなり苊しくなっお、家の䞭で隒いでいた蚘憶がある。

さすがにこれは普通のお腹の痛みではないずいうこずで、地元の小さい病院に連れお行っおもらった。

そこでされたのが、なぜか浣腞だった。

今でも芚えおいる。

液䜓をお尻から入れられお、それをしばらく我慢する。

圓時の僕にずっおは、痛いのも嫌だったが、それ以䞊に恥ずかしかった。

「なんでこんなこずをされおいるんだろう」ず思っおいた。

しかし、浣腞をしおも痛みは治らなかった。

翌日、今床は垂立病院ぞ行った。

そこで初めお、虫垂炎だず分かった。

小孊5幎生だった僕にずっお、「手術」ずいう蚀葉はかなり怖かった。

僕が手術を嫌がったため、そのずきは手術をせず、薬で炎症を抑える治療になった。

いわゆる「散らす」ずいう治療だった。

1週間ほど入院しお、無事に退院。

そしお退院しおしたえば、子どもずいうのは案倖そんなものなのかもしれない。

僕は虫垂炎のこずをすっかり忘れ、い぀もの生掻に戻った。

たさか数幎埌、もう䞀床同じ病気になるなんお、このずきは考えおもいなかった。

äž­å­Š2幎生。お腹が痛い。でも、虫垂炎だずは思わなかった

2回目は䞭孊2幎生の倏䌑みだった。

8月12日、友達の家に泊たりに行った。

そのころから、なんずなくお腹に違和感があった。

でも、痛くお動けないわけではない。

だから「ちょっずお腹の調子が悪いのかな」くらいにしか考えおいなかった。

そもそも、小孊5幎生のずきに虫垂炎になったこず自䜓、完党に忘れおいた。

翌日の8月13日。

友達の家から垰っおきおも、ただ違和感がある。

8月14日になっおも治らない。

少し痛みも出おきた。

それでも、病院に行こうずは思わなかった。

そしお8月15日。

母芪から、

「枩泉に行ったらよくなるんじゃない」

ず蚀われた。

そしお僕は、本圓に枩泉ぞ行った。

今考えるず、なかなかすごい刀断だず思う。

䜕日もお腹の違和感が続いおいるのに、病院ではなく枩泉に行っおいる。

圓時はそれくらい、自分の䞭で事態を軜く考えおいたのだず思う。

ずころが、その日の倜。

ものすごい痛みに襲われた。

それたでの「ちょっず痛い」ずは党く違う。

ずにかく痛い。

耐えられない。

そこでようやく、数幎前の蚘憶が戻っおきた。

「そういえば、小孊生のずきもこんな感じだった  」

虫垂炎だった。

倜䞭の病院、そしお救急車

倜䞭になり、䞡芪に連れられお病院ぞ向かった。

痛くお眠るこずもできない。

ベッドの䞊で、ただひたすら痛みに耐えおいた。

隣のベッドには幎配の男性がいた。

その人が䜕か声をかけおくれた。

䜕を蚀っおくれたのかは、もう芚えおいない。

でも、痛みで䜙裕がなかった圓時の僕に声をかけおくれたこずは、なぜか今でも芚えおいる。

翌朝、僕は人生で初めお救急車に乗った。

搬送されたのは、小孊5幎生のずきにも入院した垂立病院だった。

そしお怜査の結果、やはり虫垂炎だった。

ただ、今回は前回ずは少し違った。

「散らせば終わり」ではなかった

2回目の虫垂炎は、1回目よりもかなり倧倉だった。

圓時の僕は䞭孊生なので、医孊的なこずはよく分かっおいない。

ただ、炎症がかなり匷く、虫垂の呚蟺が腞ずくっ぀いおいるような状態で、すぐに手術するのはリスクがあるずいう説明を受けた蚘憶がある。

そこで、たずは薬で炎症を抑えるこずになった。

䞀床「散らしお」、炎症が萜ち着いおから手術する。

小孊5幎生のずきは、それで終わった。

だから僕の䞭では、虫垂炎ずいう病気は「薬で散らせば治るもの」ずいう認識になっおいた。

でも今回は違った。

再発を繰り返す可胜性もあるため、最終的には手術をするこずになった。

問題は、その手術たでが長かったこずだ。

僕はたさか、自分が1か月以䞊も病院で生掻するこずになるずは思っおいなかった。

䞀番぀らかったのは、病気より「終わりが芋えないこず」だった

入院生掻は、ずにかく長かった。

点滎をしお、採血をしお、たた点滎をする。

特に点滎が嫌だった。

血管にうたく入らなかったり、途䞭で針が動いたりするず、かなり痛い。

䜕床もそんなこずがあるので、

「ベテランのおばさん看護垫さんにやっおほしい」

ず本気で思っおいた。

そしお、食事も普通には食べられなかった。

最初の数日間は、氎を飲むこずすらできなかった。

その埌もしばらくは、氎やお茶だけ。

そこから少しず぀、ペヌグルトやれリヌ、プリンなどが食べられるようになった。

そしお、入院しお10日くらい経ったころだったず思う。

ようやく病院食が出おきた。

「やっず普通に食べられる」ず思った。

ずころが、出おきた癜米は普通の癜米ではなかった。

離乳食かず思うくらい、ドロドロだった。

味付けもかなり薄い。

食べたいものではなかった。

残したいず思っおも、残すず怒られる。

だから仕方なく食べる。

そんな食生掻を続けおいた。

気が぀けば、䜓重はかなり枛っおいた。

䞀番枛ったずきには、3週間ほどで10kg以䞊萜ちおいた。

圓時はただ「痩せたな」くらいにしか思っおいなかったが、今考えるずかなりの枛り方だったず思う。

䜕より぀らかったのは、い぀退院できるのか分からないこずだった。

䞭孊生の倏䌑み。

本来なら友達ず遊んだり、奜きなこずをしたりしおいる時期だ。

それなのに、自分はずっず病院にいる。

最初は「たあ、そのうち退院するだろう」ず思っおいた。

でも日が経っおも退院できない。

気づけば、1週間、2週間、3週間ず時間だけが過ぎおいった。

ようやく手術の日が来た

長い入院生掻の末、ようやく炎症が萜ち着いた。

そしお、぀いに手術の日が来た。

人生で初めおの手術だったので、もちろん怖かった。

手術宀に入り、党身麻酔をかけおもらう。

「ちゃんず眠れるのかな」ず思っおいた。

でも、そんな心配は必芁なかった。

麻酔をかけられお、12回くらい呌吞したずころで、もう意識がなくなった。

そしお次に目を芚たしたずきには、手術は終わっおいた。

「あ、もう終わったんだ」

ずいう感じだった。

その埌、無事に退院するこずができた。

退院しおからもしばらくは、お腹に痛みが残っおいた。

お腹に力を入れたり、笑ったりするず少し痛い。

それでも、その痛みはあたり嫌ではなかった。

なぜなら、

「もう虫垂炎にはならなくお枈む」

ず思えたからだ。

2回経隓しお分かったこず

僕は虫垂炎を2回経隓した。

1回目は小孊5幎生。

薬で炎症を抑えお、1週間ほどで退院した。

そしお2回目は䞭孊2幎生。

最初は「ちょっずお腹の調子が悪いだけ」だず思っおいた。

䜕日も違和感が続いおいたのに、病院ではなく枩泉に行った。

そしお、その日の倜に耐えられないほどの痛みになった。

結果ずしお、1か月以䞊の入院。

点滎や採血を繰り返し、食事もほずんど自由にできない。

䜓重は10kg以䞊萜ち、最終的には手術たで受けた。

もちろん、虫垂炎になった人が党員こうなるわけではない。

治療期間も、その人の状態によっお違う。

ただ、僕自身の経隓から蚀えるこずは䞀぀ある。

お腹の痛みを、あたり長く我慢しないほうがいい。

僕は2回目のずき、䜕日も違和感が続いおいた。

それでも「たあ倧䞈倫だろう」ず思っおいた。

もしあの時点で虫垂炎を思い出しおいたら。

もし早く病院ぞ行っおいたら。

その埌の経過が倉わっおいたのかどうかは、僕には分からない。

でも、少なくずも「もう少し早く蚺おもらえばよかった」ず思う䜙地はある。

だから、もし今この蚘事を読んでいる人が、原因の分からない腹痛を我慢しおいるなら、無理に耐え続けないでほしい。

早めに病院で蚺おもらう。

それだけでも、僕のように「枩泉に行けば治るんじゃない」ずいう方向に行くよりは、ずっずいい。

虫垂炎なんお、自分には関係ない病気だず思っおいた。

䞀床なったこずすら忘れおいた。

それなのに、数幎埌にもう䞀床なった。

しかも、今床は1か月以䞊の入院になった。

病気ずいうのは、案倖そんなものなのかもしれない。

「たいしたこずないだろう」ず思っおいるずきほど、ちゃんず確認する。

僕が2回の虫垂炎を経隓しお、今でも芚えおいるのは、そのこずだ。

いいなず思ったら応揎しよう