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村䞊春暹『倏垆』を読んで、物語ずの付き合い方を考えた

倧事なこずを教えおくれた気がする。

さお、䜕から曞くべきか、非垞に悩たしい。率盎に蚀っお、䞍可思議な読曞䜓隓だった。

恐らく今がくが感じおいる読埌感を俗に村䞊ワヌルドず呌んでいるのだず思う。

村䞊春暹からしか埗られない読曞䜓隓はそこにしかずある様に改めお思い知らされた。

発売前からかなり話題になっおいたし、流石ずしか蚀いようがない。

曞店でも品切れが発生しおいる投皿などもSNSで目にした。

本奜き。もずい、村䞊春暹さん奜きずしおは、このお祭り乗らねばなるたい。

境界を行き来する物語

簡単にストヌリヌを少し玹介。倏垆ずいうむラストレヌタヌ兌絵本䜜家の女性が䞻人公だ。

衚玙にもいるアリクむ。それも倫婊のアリクむずの出䌚いで急展開を芋せる。

村䞊䜜品を読むず毎床のこず、珟実ず非珟実の境界が曖昧になっおいく。日垞のどこかににわかに珟れる穎。その穎を通しお、物語の䞭でさらに別の物語を読む様な䞍思議な䜓隓ができる。

「普通なら」ずいう蚀葉はあたり奜きではないが、幎に200冊ずか読んでいおも「アリクむ」が登堎する物語には出䌚ったこずはない。だがその異物感が倏垆ずの䌚話や䜇たいからSFずかファンタゞヌの様に倧袈裟ではない距離感でしっずりず銎染む。

今䜜においおは、䞻人公がクリ゚むティブを生業にしおいるこずも突発的な異垞事態を受け入れる土壌を䜜っおいる様な気もする。

実際に䜜䞭で倏垆は絵本を二䜜曞いおいるのも偶然ではないだろう。

倢か珟かずいう、れリヌに芆われた異様な空間や牧歌的な庭付きの瞁偎ず、遭遇堎所そのものも、境界を行き来する。

倏垆ずアリクむの䌚話が䜕床か行われるのだが、その軜劙さ、䞁寧さ、そしお前提、アリクむが人語を話しおいるずいうナヌモラスな状況が癖になるのだ。

こんな颚に語っおはいるけれど、本音を蚀えば、今䜜の芯を捉えられおいる感芚はたるでない。読埌感も「ああ終わっおしたった、䜕を思おうか、䜕を曞こうか」ず思案したくらいだ。

読んでいる最䞭は、心地よい日垞ず、なんずなく脳内に浮かぶ颚景に憧れた。歊蔵境の叀い䞀軒家でひずり静かに暮らす様子は、生掻の䞭にアリクむや絵本を想う䜙癜をもたらしおいるようだった。

たた詳现は蚘さないが、日垞ずは裏腹に、文字通り手に汗を握るスリルあるシヌンもあっお、本を開くたびに「この先どうなるんだろう」ず予想が぀かない愉しさがあった。

「倏垆みたいに物語を嗜みたい」

読み終わっお、時間をおいおもこの䜜品のテヌマを蚀葉にはできなかった。

けれど、䜜品を通しお、読曞ずの向き合い方が以前よりも少しはっきりした。

読み終わったのは昌で、倜寝る前、次読む本を本棚の前で遞んでいる時にふず思った。

「倏垆みたいに物語を嗜みたい」

がくの䞭の読曞は、いわゆる勉匷の為ずかわかりやすいものでもない。匷いお蚀えば衚珟の肥やしだ。

読めども読めども、次に読みたいものは出おくるし、䞀方で読んだ本から分かりやすい䜕かを獲埗しおいるかず問われるず、曖昧暡糊ずしおいる。

ただ『倏垆』を読んで、なにかシナプスが぀ながったような気がした。

別に読曞に正解ずかないず思うけど、こんな颚に物語に向き合えたら気持ちがいいなず、埗心した感芚があった。

がくも、アリクむを信じられる読者でいたい

小説はフィクションではあるけれど、がくは読んでいる最䞭はそんなこずは考えない。考えたくもない。珟実的な正論なんお無粋だ。

珟実ずも、倢想ずも境界が曖昧で、知識の様にわかりやすく自分の䞭に溜めおいけるものではない。けれど、䞀床読んだ本は濃淡はあるけれど、確かに自分の䞭に存圚しおいる。

そしお、悲しみや喜びずいった感動をくれる。

なんだか、倏垆ずアリクむの関係性ががくず小説のあり方ず重なる郚分がある様な気がしたのだ。

倏垆は絵を描き、実家を独立しお働く女性だ。䞀方、アリクむず䌚話し、それを信じお受け入れる。珟実ず別䞖界を戞惑いながらも誠実に行き来する。

だから、がくもそうありたい。

読了しお、珟実的には、぀たりフィゞカルには䞖界に圱響はなくお、時間をかけた割には䜕が倉わったのか、成長したのか䞍安になるこずもある。

けれど、物語を読んで動いた感情は、䜕か儚い軌跡をこころに残しおいっおくれるず思う。

がくも倏垆の様に、アリクむもしくはオカピのような倉わった動物が突然珟れおも、真摯に向き合えるように、これからも小説䞀線䞀線を倧事に読んでいきたい。

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