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第3話 ずっと変わらない

    ――まだ指先に熱が残っている。
    確かに目が合った。
    私のほうを見た。

    誰もいない廊下にひんやりとした空気が流れ込む。
    窓から斜めに差し込む光が心地いい。
    反射した光が、天井を青白く照らす。

    「みなと……」

    指先を丸めて包み込む。
    温もりがじわっと身体に広がっていく。
    喉が熱を持つ。

    ――気が付いたら机が倒れてた。
    自分でも何をしたか分からない。
    ただ湊が目の前にいた。

    自分の吐く息が熱い。
    その場に座りこむ。

    「……おまえなぁ」

    冷たい風と共に低い声が聞こえる。

    「……なに?」

    私は、声のほうを見上げる。
    ふぅと息を吐きながら、頬を緩める航が立っていた。

    「で、どうよ?湊は?」
    「別に……」

    私は視線を落とし、両手で顔を覆う。
    胸の奥の圧迫する空気が流れ出る。
    唇の端から零れる。

    「……スキ」

    手のひらに熱が流れ込む。
    鼓膜が微かに震える。
    胸の奥がキンと鋭く鳴る。

    「あぁ……良かったな」

    穏やかな声がした。

    「でも、あれでよかったのか?琥珀」

    落ち着いた声が静かに響く。

    「……わかんない」

    私は指の隙間から、太陽に照らされた床を見つめる。

    「わかんないよ」

    航が「そうか」と頷くのが視界の端に映った。
    キュッと自分の唇をきつく閉じる。

    ――良いかどうかは分からない。
    でも正しい事をしたような気がした。
    彼の顔は隠れてよく見えない。

    でも、それでも少しだけ近くに感じた。

    「湊……変わったか?」

    航のつぶやきが静かな廊下に反響する。
    海の匂いが漂う。
    私は一拍おいて答える。

    「……人は変わっていくもんだよ」

    目の前に青白い粒子が降り注ぐ。
    光の筋に触れた爪先に光が灯る。

    ――でも……。

    鼓動がいつもより多く叩く。
    喉が鳴る。

    「湊は、変わってない」

    目の前が滲んでいく。
    曖昧な景色が光に溶けていく。
    唇の端が震える。

    「……みなとは、あの時のまま。あの時の湊のままだった」

    言い終わる前に頬から、涙の粒が零れた。
    胸が力強く締め付けられる。
    その痛みはもっと私を強く焦がす。

    手のひらが涙で覆われていく。

    ――ずっと、ずっと。
    アナタに会いたくて。
    触れたくて。

    小さな子供みたいに「今日」を思い描いていた。
    ――この夢のような日を、ずっと。


    「うぅ……泣き過ぎた」

    目の周りが痛い。
    ひどく鼻声になっている。

    「……持っておけ」

    航がポケットから何かを取り出し、こちらに差し出す。
    私は、彼の手のひらから指先でつまみ上げる。

    「なにこれ?」

    緑色液体が入った目薬だった。

    「……とりあえず、花粉症ということにしておけ」

    航は静かに話す。
    綺麗な二重が光に照らされている。

    「……ふふ」

    頬が緩む。
    身体が軽くなる。

    「んだよ?」

    後頭部を掻きながら、航は冷たい言うと目を逸らした。

    「べつにー」

    私は、にぃと唇を横に伸ばし、答える。

    ――窓の外から頬にかかる光がとても温かった。

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