息子と家族の記録①|待望の長男誕生
※出生時の医療・診断に関する内容を含みます
嵐の前の静けさ―――
私の、これまでの人生の"嵐の前の静けさ"
それは今思えば、長男の妊娠中だったかもしれない
暦では秋の真ん中なのに、まだ夏の終わりが見えなかった9月の終わり頃
新たな命を授かった
待望の長男だった
これまでに二度、帝王切開で出産していた私にとって、最後の妊娠・出産だった。
最後の子で、希望通りの男の子
嬉しくて嬉しくて、男の子用の服やおもちゃを、夢中で買い集めた。
「出産して1ヶ月経ったら、ベビーバスとかベビーベッドとか、さっさと捨てようね〜」
夫と今後のことについて、そう話していた。
長男の妊娠中は、本当に、何もなかった。
違和感は、何ひとつなかった。
つわりも、健診も、検査結果も。
医師から何かを指摘されたことも、一度もない。
だから私は、疑いもしなかった。
長男がダウン症を持って生まれてくるなんて―――
妊娠初期は、市立病院の産科にいた先生が開業した個人院に通っていた。
「今回はどこで産みたい?」
そう聞かれ、私は即答した。
「例の産院だけは、絶対に嫌です」
私は、次女の出産を受け入れてくれた病院で産むと決めていた。
夫婦の総意だった。
この決断が、後に長男を救ってくれることになる。
長男を出産する前日、入院した。
点滴を入れ、モニターで長男の様子を診る。
「赤ちゃん元気だね〜」
医師も、助産師さんも、そう言ってた。
「明日頑張ろうね〜、ゆっくり休んでね」
明日から3人の母親になる。
緊張と、期待に胸を膨らませていた。
この病院での出産は、2年前、次女の時に経験していたので、何も怖くなかった。
上の子達も居るし、入院計画より1日早く帰れるといいなぁ
そんな事しか考えていなかった。
予定日
無事に長男は産まれてきた。
産声が直ぐに聞こえた。
助産師さんが、必要な処置を施した後、直ぐに顔の傍に長男を連れて来てくれた。
次女にそっくりだった。
長男は保育器に入れられ、手術室を出て行った。
私も病棟へ戻る。
途中、赤ちゃんたちがいる部屋の前で再び対面した。
ムチムチしていて、可愛かった。
本当に、可愛かった。
しかし、その日の夜
消灯後に新生児科の医師が、産科の助産師さんと共に私の部屋へ来た。
「赤ちゃんの肺に水が溜まっています
一過性多呼吸というものです
NICUで診る必要がありますので、
赤ちゃんはNICUに入院してもらいます」
「赤ちゃん、しっかり診てもらいましょうね」
「分かりました、よろしくお願いします」
少し胸が騒ぐ。
夫と母に連絡をし、
直ぐに、スマホで一過性多呼吸について調べた。
特に問題は無さそうだった。
私は少し心配はありつつ、
長男に会いに行けたりするのかなぁ
明日聞いてみよ
そんな事を考えながら眠りについた。
翌日
改めて、新生児科の医師から一過性多呼吸について説明された。
そして、
「週末の経過を診て、週明けにまたお話させてください。」
直ぐにNICUからは出られると勝手に思っていたので、少しショックだったが、仕方ない。
了承して、土日も病棟からヨタヨタしながら会いに行った。
長男が産まれ、生後4日目。
週明け、新生児科の医師から改めて説明を受ける。
一過性多呼吸の方は、順調に回復しているようだった。
しかし、安堵したのも束の間―――
数秒の沈黙のあと、医師が口を開いた。
「心臓に穴があります。
心室中隔欠損症です」
医師の説明は続いた。
穴は大きく、自然閉鎖は難しい。
将来的に手術が必要になる可能性が高いという。
泣いてはいけない
涙をグッと堪えていた
「それと―――」
医師の話は終わらない
・首の後ろの皮膚が厚い
・手相が横一線である
・身体の緊張が低い
・身体が物凄く柔らかい
・心室中隔欠損症
「この特徴に当てはまるのが、ダウン症なんです」
まだ、涙は落ちていない
そして、今度は染色体検査の同意について説明される。
説明が終わる頃だった
堪えていた涙が、一気に溢れ出した。
音を立てて、何かが崩れ落ちた
泣いてはいけない
それでも涙は止まらない―――
医師が慮って、小休止をくれた。
だが、もう既に心は決まっていた。
私たち夫婦に話し合いは必要なかった。
小休止を挟んだ後、その場で、染色体検査に出してもらう同意書にサインした。
ダウン症の疑いの話をされた後、二人で長男の元へ戻る。
気丈に振舞おうと思った。
しかし、涙は止まらない。
誰かが、優しく背中を摩ってくれた。
夫だったのか、看護師さんだったのか―――
その手が温かくて、更に涙は溢れた。
涙は、まだ止まりそうになかった。
——続く