#16.発火 『東京アンダーグラウンド・スイーパーズ』
地下室に、重い沈黙が落ちる。
宗平。
ラン。
城。
そして、巧巳。
四人の視線が、入口に立つ蓮李へ向けられている。
やがて、巧巳が口を開いた。
「……どうやってここまで来た」
「見てた」
「……は?」
蓮李は息を整えながら答えた。
「巧巳が事務所を出てから、ずっと」
巧巳の眉が寄る。
「尾行してたのか?」
「違う」
蓮李は首を横に振る。
「僕の異能力で見てた」
「……」
「超視力」
蓮李は自分の目を指した。
「普通の人には見えない距離でも、僕なら見える」
巧巳は黙っている。
蓮李は続けた。
「瀬戸さんに頼まれたんだ。巧巳を追ってくれって」
「……あの人」
巧巳が舌打ちする。
「だからって、ここまで来るかよ」
「来るよ」
蓮李は即答した。
「巧巳がここにいるなら」
巧巳の表情がわずかに揺れる。
宗平が笑った。
「なるほど」
「何がだ?」
「随分と大事にされてるんだな、お前」
「……うるせえ」
巧巳が睨む。
その瞬間だった。
蓮李の目が、再び巧巳を捉えた。
「……っ」
息を呑む。
さっきよりも濃い。
黒い残滓が、巧巳の身体を覆っている。
肩。
腕。
胸元。
まるで煙のように、ゆっくりと蠢いている。
しかも──
さっきより、明らかに濃くなっていた。
「巧巳……」
「何だよ」
「その残滓…」
蓮李は目を逸らさなかった。
怖かった。
今まで見てきた残滓とは、明らかに違う。
けれど。
それでも、蓮李は見続けた。
「……さっきより、濃くなってる」
巧巳の顔が強張る。
「だから何だ」
「このままだと……」
「どうなる?」
蓮李は答えられなかった。
それが、何を意味するのか分からない。
ただ。
良くない。
それだけは分かった。
「帰ろう、巧巳」
「……」
「一緒に帰ろう」
巧巳は俯いた。
「……帰れない」
蓮李の目が揺れる。
「なんで?」
「俺は──」
巧巳がダートの三人を見る。
「こいつらの言ってることが、間違ってると思えない」
蓮李は黙った。
「怒るなって言われても無理だ」
巧巳の拳が震える。
「忘れろって言われても無理だ」
「……うん」
「許せって言われても、俺にはできない」
蓮李は何も否定しなかった。
巧巳が顔を上げる。
「お前は違うのか?」
「……」
「お前が仮に俺なら、全部許せるのか?」
蓮李は答えられない。
巧巳が一歩近づく。
「俺には無理だ」
さらに一歩。
「だったら、俺がここにいることの何が悪い?」
蓮李は、それでも目を逸らさなかった。
「……悪いなんて言ってない」
「じゃあ何だよ」
「怖いんだ」
巧巳が止まる。
蓮李は拳を握った。
「巧巳が、巧巳じゃなくなるのが怖い」
「……」
「怒ることが悪いなんて思ってない」
蓮李の声が震える。
「苦しいことも、憎いことも、全部なくせなんて言えない」
それでも。
蓮李は一歩前へ出た。
「でも、だからって……一人で抱えなくていいだろ」
巧巳の目が細くなる。
「……綺麗事だな」
「そうかもしれない」
蓮李は頷いた。
「でも、僕は言うよ」
「……」
「巧巳がどれだけ怒ってても」
蓮李の目が、黒い残滓を捉える。
「どれだけ汚れてても」
巧巳の表情が変わる。
「僕は、目を逸らさない」
その瞬間。
巧巳の拳が動いた。
「──っ!」
蓮李が咄嗟に身を捻る。
拳が頬を掠めた。
風圧が髪を揺らす。
「巧巳!」
「帰れ」
巧巳の声は低かった。
「今すぐ帰れ」
「嫌だ」
即答。
巧巳の目が見開かれる。
「……なんでだよ」
「仲間だから」
「……っ」
巧巳の拳が再び引かれる。
次の瞬間――
ガァンッ!!
床から鉄製のプレートが跳ね上がった。
蓮李の身体が横へ飛ぶ。
プレートが壁へ激突し、大きな音を立てる。
「……本気かよ」
蓮李が立ち上がる。
巧巳は答えない。
周囲の金属が、次々と震え始めていた。
机の脚。
照明器具。
壁の内部に埋め込まれた配管。
すべてが巧巳の意思に反応する。
ランが目を輝かせる。
「うわ……」
城も黙って見ている。
宗平だけが、楽しそうに笑った。
「面白くなってきたな」
巧巳が右手を上げる。
無数の金属片が宙へ浮かぶ。
蓮李はそれを見つめる。
怖い。
それでも。
逃げない。
「巧巳」
蓮李が構える。
「僕も、本気で止める」
「……来い」
金属片が一斉に飛ぶ。
蓮李が床を蹴った。
