
無水カレーって長回し映画と同じ違和感がある
料理を作る際はクックパッドなどの料理レシピを説明してくれるサイトをよく見る。
そのためだろうか、YouTubeやインスタグラムなどのショート動画にもよくそういった動画が流れてくる。
最近多いのが無水カレーを作る動画だ。トマト缶、玉ねぎ、エノキ、ミンチ、カレー粉などを鍋が溢れるほどぶっ込んて煮る。早回しでどんどんとその体積が小さくなって煮立ち完成。
「へー無水カレーって美味しいんや」
なんて思いながら複数回みていると作りたくなってくる。
わかりやすい軽薄な現代人である。
日曜日の夕方にスーパーで具材を購入。家にある1番大きな鍋にぶち込む。火を点ける。
そこでグツグツと煮るだけなのに、バカな自分は火が強くしすぎたのだろう。数分すると鍋の底が焦げるニオイがしてきた。
「え?これヤバない?」
火をかなりの弱火にぐわさぐわさとおたまでかき混ぜる。焦げが気になってなかなかグツグツとこない。
20分ほど煮込んだので火をとめる。
娘が寝ているので自分一人で食べてみる。
盛り付けるがなんかカレーっぽくないよね。エノキ多すぎやなってテンションが一段落ちる。
一口食べる。
固い。
ネガティブな食感が走る。
「玉ねぎがまだ煮えきってないやん」
え?これやとカレーの色なってわからんけど、ミンチは大丈夫か?
ってあれだけ煮込んだので問題はないはずのミンチの火の通りまできになってくる。
「なんか美味しくないな。これ」
少し前に炊飯器で作った焼きそばに対する娘の感想を思い出す。
ネガティブな感情が走る。
「もうええわ」
娘への夕食は冷凍の餃子にした。
無水カレーはもう少し煮込んで冷蔵庫に保管。今週の私の弁当にしている。
ダイエット中なので少量のゴハンに豆腐を一緒に入れる。炭水化物は少なめでよい感じだ。
でも結局はお腹が空いて15時頃におやつを食べる。
いやいや。
ずっと私は何をしているのだろうか?
なんだか自己嫌悪に陥りそうなので他にイライラをぶつける。社会人として最悪な行為だ。
ってか、無水カレーってなんやねん。水が無しってことに縛られすぎやねん!
そもそもは具材本来の味を楽めるからって水を使わんかったみたいやけど。今作ってる人らは無水であることに満足してるやろ。
なんじゃそれ!
ってかこの違和感。なんか昔にも感じたなと思ってたけどわかったわ。学生時代に観たやたらとカメラの長回しをしてることを宣伝に使ってた洋画や。もうタイトルも忘れた。
「へーこんなに長回ししてる映画ないんや」って大学生の頃のアホな俺は興味を持って観に行ったけど、観終わったら「だから何?」って疑問符がわいたわ。
映画の宣伝にドキュメンタリー要素をいれるのはわかる。壮絶な体験とか構想20年とか。それに意味はあると思うけど、「なんと前例のない25分を越える長回し」って知らんわ。
観賞する側からすると色んな角度から撮ったほうがわかりやすいかもね。
ってことで無水カレーや。
これと一緒やねん。なんと水を使わずに具材だけで完成したのだ。
いや、少しくらい水を使っても煮込む時間を多めにしたら変わらんて。何をメインじゃないところでワーワー言ってるねん。
ってかしっかりそれに乗ってるやんけ俺。
もうええ。
もうええわ。
カレー粉がまだ半分残ってるから次はちゃんと作るわ。
きっと俺は次も水を使わんことにこだわるやろな。トマト缶に加えてトマトをちょっと多めに入れようって。つまらん時間をすごすけどほっといてくれ!
ほんま人生は甘くない。なかなかに辛く感じることもある。
ちなみにこの「辛く」は「からく」ではない。