
息子のために、動いた日々——障害年金申請、母の記録
息子が「仕事、辞めたい」と言った日。
私は何も言えなかった。
頑張ってとも、大丈夫だよとも言えなくて。ただ、「そっか」とうなづくのが精一杯だった。
退職してから、毎日が不安だった。
「再就職できるだろうか」「また同じことを繰り返すのでは」「私たちがいなくなったら、この子はどうなるんだろう」
そんなある日、ネットで「障害年金」という言葉を見つけた。調べてみると、精神障害や発達障害も対象になる制度だとわかった。
「もしかしたら、うちの息子も……」
小さな希望が、心に灯った。
でも同時に、ざわっとするものがあった。
これは、息子のためなのか。それとも、自分が安心したいだけなのか。
申請を決めようとした瞬間、そんな気持ちが頭をよぎった。
答えは出なかった。たぶん、両方だったと思う。
でも、もし受給できたら。息子の生活が少し楽になる。私も少し安心できる。それだけで、十分だと思った。
それで動くことにした。
迷っている私に、知人が言った。
「使える制度があるなら、使った方がいい。少しでも心に余裕ができるなら、それは親にとっても子どもにとってもプラスだよ」
制度を使うことは、甘えじゃない。生きるための選択肢の一つなんだ。
そう思えたとき、一歩を踏み出す勇気が湧いてきた。
申請書類づくりは、想像以上に大変だった。
社労士さんに言われた言葉が、今でも印象に残っている。
「病名より大切なのは、日常生活でどんなことで困っているかを具体的に書くことです」
書き始めると、忘れていた場面や言葉が静かに浮かび上がってきた。
言葉の遅れに気づいた3歳のころ。
連絡帳で先生と日々の様子を共有していた学校生活。
環境の変化で強いストレスを受けやすかった就労時の困難。
何度も消して、書き直して、また迷って。
これは書類じゃなかった。息子がこれまで歩いてきた道のりを、ひとつひとつ言葉にしていく作業だった。
書いているうちに、気づいた。
これだけのことを、この子は抱えてきたんだ。
そう思ったら、申請することへの迷いが、いつの間にか消えていた。
息子のためでも、自分のためでも、どちらでもよかった。動くことに意味があると思えた。
次に立ちはだかったのは、診断書だった。
初診日の証明が必要で、それは15年以上前のことだった。
「もしカルテが残っていなかったら……」
不安を抱えながら病院に問い合わせると、事務の方が古いカルテを探してくださった。数日後、「カルテが見つかりました」という連絡。
電話を切ったあと、胸の奥がふっと軽くなった。
希望が、少しずつ形になっていく感じがした。
一人で抱え込まずに相談したことは、大きな分かれ道だったと思っている。
すべての書類を揃えて提出したあと、できることは「待つ」ことだけだった。
毎日のようにポストを確認した。
何も届かない日が続くと、「もしかしたら……」という不安が頭をよぎった。
そして、ある日。
ポストに入っていた日本年金機構からの封筒。
封を切ると、そこに書かれていたのは「障害基礎年金2級」という文字だった。
小声で、「やったー」と叫んでしまった。
息子に伝えた。
「大丈夫だよ。これからも一緒にやっていこう」
息子は静かに頷いてくれた。
あのとき申請したことを、息子はピンときていなかったかもしれない。
でも今は、それが当たり前のものになっている。
あのとき動いてよかった。息子にとっても、今では必要なものになった。
それが、一番の答えだと思っている。
障害年金は、特別な人のための制度ではありません。
困りごとが続いている現実を、正しく言葉にすることで初めてつながる制度です。
息子のためか自分のためか、迷ってもいい。
両方でいい。
一人で抱え込まないでほしい。
使える制度は、使っていい。
私の経験が、同じように迷っている誰かの背中を少しでも押せたら、それだけで十分です。