ブラック企業を辞めれなかった、私へ
私はブラック企業を辞められなかった。
辞めたいと思ったことは何度もある。
それでも辞めなかった。
いや、正確には辞められなかった。
「ここを辞めたら、私を雇ってくれる会社なんてない」
本気でそう思っていたからだ。
ブラック企業と聞くと心象は良くない。
だが実際には、そこで働いている人も大勢いる。
私もその一人だった。
入社が決まった時、私は嬉しかった。
両親も喜んでくれた。
社会人になる。
給料をもらう。
一人前になる。
そんな当たり前の未来を思い描いていた。
不安もあったが、それ以上に期待の方が大きかった。
だからこそ、その後の現実との落差は大きかった。
新卒で入社し、辞めたいと思いながらも三年間働くことになる。
働くことに対する自信はなく、自分には価値がないと思っていた。
「私なんて、ここ以外では働けない」
本気でそう信じていた。
目標も希望も見失い、心をすり減らしながら毎日を過ごしていた。
なぜなら、私は上司に言われた言葉を信じていたからだ。
「ここより悪い会社はある」
上司はそう言った。
当時の私は、
「辞めてももっとひどい会社しかないのだろう」
そう考えるようになっていた。
社会人になったばかりで、世の中を知らなかった。
だから、その言葉を疑うこともなかった。
入社式の日から違和感はあった。
長時間の研修。
大声で企業理念を唱和する時間。
同期たちとの会話では、
「三か月で辞めると思う」
「一年続けばいい方かな」
そんな言葉も聞こえてきた。
それでも私は続けようと思った。
いや、続けるしかないと思っていた。
何の取り柄もない私を採用してくれた会社だ。
ここで頑張らなければならない。
そう自分に言い聞かせていた。
店舗へ配属されると、現実は想像以上だった。
朝から晩まで働き、夜勤もこなす。
帰宅しても疲れて眠るだけ。
気が付けば翌朝にはまた出勤していた。
休日でさえ仕事のことが頭から離れなかった。
朝から晩まで働き、休日も仕事のことが頭から離れない。
失敗すれば叱責される。
一生懸命働いても評価されるとは限らない。
私は必死だった。
誰よりも早く仕事を覚えようとした。
迷惑をかけないよう努力した。
それでも理不尽な叱責や強い言葉を向けられることがあった。
勇気を出して相談したこともある。
しかし返ってきたのは、
「パワハラに遭う方にも原因がある」
という言葉だった。
私は助けを求めることを諦めた。
そしていつしか、
会社を辞めることよりも、
自分を責め続けることの方が当たり前になっていた。
休日であっても気は休まらなかった。
気が付けば、休日まで会社に支配されていた。
プライベートもあってないようなものだった。
周りの友人たちは休日を楽しんでいた。
旅行へ行ったり、買い物へ出かけたり、恋人や友人と過ごしたりしていた。
その頃の私は違った。
美容院へ行く時間も気力もなかった。
大好きだったメイクもしなくなっていた。
ある日、久しぶりに友人とランチに行くことが決まった。
「シフト入れないか」
嫌だった、行きたくなかった、断りたかった。
けれど、私は急いで友人へ連絡を入れた。
「ごめん。仕事になっちゃった」
友人は笑って言った。
「仕事なら仕方ないよ」
責めることもなく優しい言葉をかけてくれた。
それでも私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
本当は会いたかった。
最近どうしているのか聞きたかった。
美味しいものを食べながら笑いたかった。
だが私は仕事を選んだ。
いや、仕事を選ばざるを得なかった。
当時の私には断るという選択肢がなかった。
友人からランチに誘われることは、その後なくなった。
私は少しずつ大切な人との時間を失っていた。
見るたびに疲れた顔が映る。
それでも私は、
「社会人とはこういうものなのだろう」
と自分に言い聞かせていた。
気が付けば、おしゃれを楽しむ余裕さえ失っていた。
私は仕事を覚えようと必死だった。
少しでも役に立ちたい。
迷惑をかけたくない。
そう思いながら働いていた。
店へ行くのも憂鬱だった。
少しでも長く寝ていたくて、目覚まし時計はいつも出勤ギリギリの時間に設定していた。
朝起きた瞬間から仕事のことが頭に浮かぶ。
今日も怒られるかもしれない。
また失敗するかもしれない。
そんな不安を抱えながら家を出ていた。
それでも店へ向かわなければならなかった。
慢性的な人手不足もあり、一人ひとりにかかる負担は大きかった。
もっと頑張ればいい。
もっと我慢すればいい。
そうやって自分を責め続けた。
そしていつしか、
会社を辞めることよりも、
自分を責めることの方が当たり前になっていた。
ある日、初めて人前で涙を流した。
私がパワハラを受けていることは、パートさんやメンバーさんの間でも知られていた。
ある日、一人のメンバーさんが私のところへ来た。
そして申し訳なさそうに言った。
「庇ってあげられなくてごめんね」
その人は何度も謝った。
私は言葉が出なかった。
今まで誰も助けてくれないと思っていた。
自分が悪いから怒られるのだと思っていた。
だからこそ、その言葉は衝撃だった。
私のために泣いてくれる人がいる。
私の苦しみを見てくれていた人がいる。
気が付くと私も泣いていた。
店舗の片隅で声を殺しながら泣いた。
あの日初めて、自分を責め続けることに少しだけ疲れていたのだと気付いた。
そんな日々が続いていた。
働くことがつらいのか。
自分がおかしいのか。
それすら分からなくなっていた。
ある日、母から突然電話がかかってきた。
私は母に仕事のことをやんわりと話していた。
心配をかけたくなかったからだ。
「大丈夫だよ」
「頑張ってるよ」
いつもそう答えていた。
けれど母は気付いていたのだと思う。
電話越しの声や言葉の端々から、私が限界に近づいていることを。
仕事の話になった時、母は静かに言った。
「無理してない?」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた糸が切れた。
私は初めて本音を口にした。
「仕事がつらい」
すると母はこう言った。
「辞めてもいいんだよ」
私は言葉を失った。
気が付くと泣いていた。
いつからだろう。
弱音を吐くことも。
助けを求めることも。
忘れてしまっていた。
私はずっと頑張らなければならないと思っていた。
辞めることは逃げることだと思っていた。
でも違った。
本当は誰かに、
「もう頑張らなくていい」
と言ってほしかったのだ。
電話を切った後も、私はしばらく泣いていた。
情けなかった。
悔しかった。
それでもどこか安心していた。
母は私を責めなかった。
根性が足りないとも言わなかった。
ただ、
「辞めてもいいんだよ」
そう言ってくれた。
私はその言葉に救われた。
もしあの日、母から電話がなかったら。
もしあの日、あの言葉を聞けなかったら。
私は今でも自分を責め続けていたかもしれない。
退職届を出す時も怖かった。
本当に辞めていいのだろうか。
次の仕事はあるのだろうか。
不安は消えなかった。
それでも私は会社を辞めた。
退職した途端、鉛のように重かった身体が軽くなった。
退職後、私は少しずつ自分を取り戻していった。
美容院にも行った。
大好きだったメイクもした。
友人とも会った。
ブラック企業で働いていた頃には当たり前ではなかったことが、少しずつ日常へ戻ってきた。
私は会社を辞めたことで人生を失ったのではない。
人生を取り戻していたのだ。
その後、私は転職した。
正直、不安だった。
また同じような会社だったらどうしよう。
本当に私なんかが採用されるのだろうか。
そんな気持ちを抱えながら面接へ向かった。
だが、転職後の私は驚くことばかりだった。
残業しない日がある。
勤怠は一分単位で管理される。
制服に着替える時間さえ勤務時間として扱われる。
有給休暇も遠慮せず使っていいと言われた。
そして何より驚いたのは、怒鳴る社員が一人もいなかったことだ。
当たり前のことなのかもしれない。
だが私にとっては衝撃だった。
世の中にはこんな会社もあるのかと思った。
ブラック企業で働いた経験は決して無駄ではなかった。
忙しい状況で周囲を見る力。
限られた時間で仕事をこなす力。
相手の立場を考える力。
苦しい三年間の中で身につけたものは確かにあった。
その経験は営業職でも活かされた。
お客様から
「ありがとう」
と言っていただけることも増えた。
会社から何度も表彰も受けた。
あの頃の私が見たら信じられないだろう。
「私なんて、ここ以外では働けない」
そう思っていた人間が、
評価され、感謝され、自信を持って働けるようになったのだから。
営業職では、お客様から感謝されることも増えた。
ブラック企業時代の私は、怒られることには慣れていた。
だが、感謝されることには慣れていなかった。
だから最初は戸惑った。
私なんかが評価されるはずがない。
私なんかが必要とされるはずがない。
そう思っていたからだ。
しかし、お客様は違った。
私の提案を喜んでくれた。
困り事が解決したと笑顔を見せてくれた。
会社も私の頑張りを認めてくれた。
表彰を受けた時、真っ先に思い出したのはブラック企業時代の自分だった。
あの頃の私は、自分に価値がないと思っていた。
怒られるのは自分が悪いからだと思っていた。
どれだけ努力しても認められないのが当たり前だと思っていた。
だが、それは違った。
環境が変われば評価も変わる。
見てくれる人はいる。
頑張りを認めてくれる人もいる。
私はようやくそれを知った。
朝が怖くない。
電話が鳴っても怯えなくていい。
私は知らないうちに限界まで疲れていたのだと、その時初めて気付いた。
もちろん、ブラック企業で働いた経験をすべて否定するつもりはない。
あの三年間で学んだこともある。
忙しい状況で優先順位を考える力。
人と接する力。
厳しい環境の中でもやり切る力。
それらは次の会社でも確かに役立った。
全てが無駄だったわけではない。
ただ一つだけ言えることがある。
あの頃の私は、
会社を辞められなかったのではない。
自分を信じることができなかったのだ。
ブラック企業で働いた経験をすべて否定するつもりはない。
あの三年間で学んだこともある。
経験は裏切らない。
ただ、その経験のために自分自身を壊してはいけないのだと思う。
我慢し続けることと、成長することは違う。
「辞めて生活はどうするの?」
そう思う人もいるだろう。
人生にはお金が必要だ。
生きていくためには働かなければならない。
それは間違いない。
忙しい状況で優先順位を考える力。
人と接する力。
厳しい環境の中でもやり切る力。
それらは次の会社でも確かに役立った。
全てが無駄だったわけではない。
経験は裏切らない。
ただ、その経験のために自分自身を壊してはいけないのだと思う。
我慢し続けることと、成長することは違う。
生きていくためには働かなければならない。
それは間違いない。
ただ、今の私ならこう思う。
ブラック企業で何年も働き続ける気力があるのなら、きっと他の仕事もできる。
少なくとも私はそうだった。
あの頃の私は、自分を過小評価していた。
会社にしがみついていたのは、会社が特別だったからではない。
自分には他に選択肢がないと思い込んでいたからだ。
あの頃の私は、会社を辞められなかったのではない。
自分を信じることができなかったのだ。
私は今でも、あの三年間を無駄だったとは思わない。
苦しかった。
つらかった。
何度も辞めたいと思った。
それでも、あの経験があったからこそ今の私がいる。
だからこそ伝えたい。
頑張ることは大切だ。
だが、自分を壊してまで頑張る必要はない。
必死に働いた経験は無駄ではなかった。
会社にしがみついていたのは、会社が特別だったからではない。
自分には他に選択肢がないと思い込んでいたからだ。
そして気付いた。
世の中にはたくさんの会社があること。
働き方にも様々な選択肢があること。
私は無価値な人間ではなかったこと。
もちろん、ブラック企業で働いた経験をすべて否定するつもりはない。
あの三年間で学んだこともある。
忙しい状況で優先順位を考える力。
人と接する力。
厳しい環境の中でもやり切る力。
それらは次の会社でも確かに役立った。
経験は裏切らない。
ただ、その経験のために自分自身を壊してはいけないのだと思う。
我慢し続けることと、成長することは違う。
ただ、今の私ならこう思う。
ブラック企業で何年も働き続ける気力があるのなら、きっと他の仕事もできる。
少なくとも私はそうだった。
必死に働いた経験は無駄ではなかった。
会社にしがみついていたのは、会社が特別だったからではない。
自分には他に選択肢がないと思い込んでいたからだ。
そして気付いた。
世の中にはたくさんの会社があること。
働き方にも様々な選択肢があること。
私は無価値な人間ではなかったこと。
あの頃の私は、会社を辞められなかったのではない。
自分を信じることができなかったのだ。
私は今でも、あの三年間を無駄だったとは思わない。
苦しかった。
つらかった。
何度も辞めたいと思った。
それでも、あの経験があったからこそ今の私がいる。
だからこそ伝えたい。
頑張ることは大切だ。
だが、自分を壊してまで頑張る必要はない。
もし今、
「私なんてここ以外で働けない」
そう思いながら苦しんでいる人がいるなら伝えたい。
あなたの価値は会社が決めるものではない。
あの日、母が私にくれた言葉を、今度は頑張っているみんなに伝えたい。
頑張っているね。
本当によく頑張っている。
でも、
辞めてもいいんだよ。
