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【noteでBL】カラボスはネジを巻く【5000字小説】

    ジャンル

    現代劇(バレエもの)

    あらすじ

    三原橋芸術劇場で舞台監督を務める、里中尚道の前に、数日間の日本公演を行う海外バレエ団の責任者として現れたレナード・ヤマグチ。はじめまして、とも、久しぶりとも言わずに向かい合った二人は、かつて共にダンサーを目指し切磋琢磨した友人同士だった。互いをナオ、そしてレオと呼び合い、いつも隣にいた二人の明暗を分けたのはたった一本のネジ。その傷を思い出させるような衝突が、二人の時間を動かしていく。
    何一つ変わっていなさそうで、何もかもが変わった時間が元に戻ることはないけれど。劇場を出た二人は追憶を辿るように、夜の街を歩き続ける。


    カラボスはネジを巻く


    舞台の上にネジが一本。
    ほんの小さなネジだ。失くしても誰も気が付かないような。
    わざとじゃない。わざとだとしたらあまりにも効率が悪すぎる。そんな、誰がいつ通るかもわからない舞台の上にたった一本、小さなネジを落としておくなんて。
    蹴られれば、あるいはちょっとした振動やなんかで、平気で転がっていく。
    もしかすると、そのネジは、はじめはどこかもっと別の場所に落ちていて、それが、踏まれて蹴られて転がって、最終的にそこにあっただけかもしれない。
    だから、そのネジが落ちていたのはわざとじゃない。
    けれど。
    その、たった一本のネジのおかげで、運命はたやすく変わるものだ。



    舞台裏から楽屋口、ロビーに客席まで、一度に三種類くらいの言語が飛び交っている。三原橋芸術劇場には、海外バレエ団のダンサーたちが一斉にやって来ていた。
    このバレエ団が、日本公演をするようになって数年が経つ。その度に、この劇場で舞台監督を務めてきた。今年も、いつも通りの仕事になる。
    そう思っていた。見慣れない、銀色の髪を見つけるまでは。
    「今回の公演の責任者、レナードです。レナード・ヤマグチ」
    レオ、と頭の中で呼ぶ。
    レオだ。かつて、いつも隣にいた男。
    「舞台監督を務めています、里中尚道です」
    随分、白髪が増えたな。
    浮かんだ言葉は口には出さなかった。
    はじめまして、とは言われなかった代わりに、久しぶり、とも言われなかった。
    いたずらめいた瞳がじっとこちらを見つめてくるのを、耐えきれなくなって先に目を逸らした。

    舞台の上に移動式のバーが組まれて、出演するダンサー全員で基礎レッスンが始まる。シンプルなアップライトピアノの音が流れて、足ならしのプリエから、可動域を確かめるロンデジャンプ、グランバットマンで筋肉の動きを調整する。
    その一部始終を、客席に腰を落ち着けて見つめていた。
    舞台の上を歩き回って、バーレッスンの振りを決めていく男に目がいく。
    長めの銀髪がふわふわと揺れている。バーに体重をかけて足を上げていくダンサーたちの、隙間を縫うように歩いている。一瞬、彼の顔がこちらを向いて目が合った気がした。
    気がしただけだ。何しろ遠い。この距離で目を逸らすのも自意識過剰な気がして、じっと動かずにいると、彼がかすかに笑っているように見えた。
    脳内に、忘れたつもりでいる光景が浮かぶ。
    明るい、光と緑に溢れた景色だ。その真ん中で、光を受けてキラキラと光る金髪が揺れている。
    パシン、と瞬きをひとつ。
    もう一度舞台に視線を向ける。銀髪の男は、癖のある英語でダンサーたちに指示を出している。
    舞台監督の仕事の一番重要な面は安全管理だ。
    舞台進行をさばいて、本番を滞りなく迎えさせるのはもちろん当然のこと。舞台の上で起こる全てを把握して、安全に進めていかなくてはならない。
    だからだ。今こうやって、見る必要も無いレッスン風景を眺めているのは。あくまでも、職務上の使命感であって。

    「へえ、珍しい」
    後ろから声をかけられる。
    振り返ると、音響監督の真澄さんがいた。舞監として駆け出しのころから知られている俺は正直頭が上がらない。
    「里中くんが、ウォームアップから見るなんて」
    「俺が普段真面目じゃないみたいな言い方しないでくださいよ」
    「真面目じゃないとは言わないけど。だからってウォームアップから見る必要はないじゃない」
    くすくすと笑われると気が引けるけれど、今さら席を外す気にもなれずに、そのまま座席に沈み込んだ。
    レッスンが終わって、ダンサーたちはバーを舞台袖に運んでいく。銀色の髪の姿はいつの間にか見えない。この後から始まるリハーサルの準備で、忙しない空気が満ちていく。
    そんな、ざわついた空気の中で、カシーン、という音が聞こえた。
    「今、何か落ちましたね」
    思わずつぶやくと、同意をするように、
    「上手の三番袖、かな」
    と真澄さんは言った。
    「どういう耳してるとそうなるかな」
    「何言ってんの、里中くんもそれくらいわかるでしょ。ほら、舞監さん、仕事して」
    ゆっくりと舞台に上がる。
    言われた通りの場所、袖幕の端に引っかかるようにして、バーの調整用のボルトが落ちていた。俺はそれを拾い上げると、通りがかった若い女性ダンサーに英語で声をかける。
    「どのバーからか知らないけど、ボルトが落ちた。転がっていると危険だから、戻しておいて」
    「なんで私が?」
    と言って、女の子は首をすくめた。
    「あのバーは君たちのカンパニーが持ち込んだものだからね。うちの劇場の備品じゃない」
    「けど、そのボルトを落としたのは私じゃないわよ」
    嘲るような調子だった。顎をツンと上げて鼻の先で笑う。
    「ボルトなんて、その辺に置いておけば」
    「君は、今回の公演で踊るの?」
    「もちろん」
    「きっと良い役なんだろうね?」
    当然、という顔をしている。
    彼女が俺と話していることで、何人かのダンサーがこちらを振り返る。
    「ティナ、どうした?」
    屈強な体格の男性ダンサーが、彼女を庇うように傍に立った。
    「このスタッフがちょっと……」
    「君は君の才能に見合ったとても良い役で舞台の上で踊る」
    唐突な俺の言葉に、居合わせた数人のダンサーたちの視線が、一斉に向けられるのを感じた。
    「オーロラ姫? エスメラルダ? とにかくなんでも。君の才能に見合った素晴らしい役だ」
    「急に何言ってるの?」
    「イメージしてみるんだ。音楽は最高潮、観客は君に夢中。スポットライトを浴びて、踊りはクライマックス。君は最後のジャンプ、舞台の真ん中でグランパドゥシャだ。そこに、一本のネジが転がってくる」
    俺は、手の中で握りしめていたボルトを彼女の目の前に掲げる。
    辺りに戸惑った気配が漂い始める。
    女の子の目に怯えたような色が見えた。それでも俺の口は止まらない。
    「君が誰かがやるだろうといって放置した一本のネジだ。こいつが、今まさに君が踊っている舞台の上にある。君はそれに気が付かないで着地する。全体重を乗せた君の足を、ネジが刺すんだ。君の身体は驚く。そうして、どうにか痛みから逃れようとする。これは当然のことだ。痛みを感じた人間は考えるよりも先に痛みから逃れようと反応する。そうして不安定に転びそうになった身体は、なんとか転ばないように、それ以上ひどいことにならないようにしようとする。けれど、どうだろう。人間の身体の反応は正しくても、適切じゃないことはいくらでも起きる。バランスを崩さないようにと踏み出した先が、本当に安全だって言いきれるだろうか。大道具や小道具、照明のコードがあるかもしれない。他のダンサーがいるかも。あるいは、奈落の穴が開いていたら。君はどうなるだろうね」
    俺は、自分の右足のズボンを乱暴に引き上げた。アキレス腱から脛にかけて走るのは、何本もの傷の跡。
    「そうして、踊れなくなるんだ」
    シン、と静かに張りつめた空気の中、空調の駆動音だけが地響きのような音を立てている。
    俺は、ズボンの裾から手を離す。俺の醜い脚はそれで見えなくなる。
    「もちろん、そんなことにならないように舞台の安全は俺が守る。それが、仕事だ。けれど、そのためには協力をしてくれ」
    青白い顔をした女の子の手の中に、ボルトを押し込んだ。
    舞台を降りようと振り返ると、銀髪の男が舞台袖からこちらを見つめていた。俺はそれに、気が付かないフリをした。

    仕事終わり、楽屋口に寄り掛かるようにレオが立っていて、それを見ても、何故だかあまり驚かなかった。
    立ち止まって見つめ合う俺たちのすぐ脇を、何人かのダンサーが通り過ぎて行く。好奇心に満ちた若いダンサーたちの視線が、気にならないと言えば、嘘になるけれど。
    「さっきのナオ、糸紡ぎの呪いをかける、カラボスみたいで怖かったな」
    当たり前の、昨日の続きに今日があるみたいな声だった。
    一瞬、時空が歪んだように思えてくる。
    「カラボス?」
    「ネジをこうやってさ」
    レオの手が、俺の目の前に突きつけられる。
    カラボスは、眠れる森の美女のオーロラ姫に、糸紡ぎの歯車で命を落とす呪いをかける。忌避されたことを恨み、呪いをまき散らす歓迎されない魔女だ。バレエだと、男が踊ることも多い。
    「カラボスももう踊れない男だけど」
    レオが、傷ついたような目をした。そんな目をされても、どうすればいいのかわからない。
    銀髪を揺らしながら一度俯くと、
    「ナオ、俺コンビニに寄っていい? 腹が減って」
    と言ってレオは顔をあげた。
    劇場を出て、当たり前のように隣を歩き始めた男を連れて。いつもなら乗る一番最寄りの駅を無視して、夜の街を歩く。
    歌舞伎座の前を通り過ぎ、銀座から日比谷迄を貫いている晴海通りは、まだまだ賑やかだ。車は次々と走ってくるし、インバウンドの観光客も大勢歩いている。
    今日はよく働いた。
    明日も明日で公演がある。
    この公演が続く限り、こいつも日本にいるってことだ、と唐突に気が付いた。
    明日も、明後日も、この男がいる。レオが。
    「宿に戻ってルームサービスでも頼めばいいのに」
    「コンビニ遠い?」
    「遠いっていうか、この先はしばらくコンビニが無かったような気が」
    「じゃあ、このまま歩こう。コンビニに辿り着くまで」
    錯覚を起こしそうになる。
    自分が、まだティーンエージャーで、まだダンサーで、昨日も今日も明日も、それよりずっと先の未来まで、隣にはこの男がいると思っていた。そういう時間に、戻ったような錯覚。
    でも、そんなのは嘘だ。
    かつての金髪の美少年は総白髪になり、俺は脚をダメにしてもう踊れない。
    二度と。
    好き勝手に前を行く、見慣れないのに見慣れた背中を追って景色が変わっていく。
    ライオンが座る三越を通り過ぎ、大きな時計が見下ろす四丁目の交差点を渡って、交番の前を抜ける。閉店間際の銀座あけぼの路面店の前では、観光客がたむろしている。
    そのまま、数寄屋橋の交差点まで。わずかに引き連れる右足で、これだけの距離を歩き続けるのは当然しんどい。けれど、良かったと思う。先を歩くこの男には気が付かれないで済ませられるだろう。
    もう使われていない東京高速道路を潜り抜ければ、大きなからくり時計がついた有楽町マリオンが右手に続く。JRの高架下の先で、やっとセブンイレブンの看板が見えてきた頃には、もうほとんど日比谷になっていた。
    「セブンだ!」
    声を上げ飛び込んだレオに、思わず噴き出した。
    「どんだけ腹空かせてんだよ」
    背中を見送って、俺は店前のガードレールに腰かける。
    いつもこうだった。
    稽古帰り、空腹を訴えて平気でコンビニに入るあいつを、外のガードレールに腰かけて待っていた。俺は、レジ前のホットスナックの誘惑に負けるのが嫌で。それなのに、出てきた途端に、彼は俺の目の前にその日買った食べ物を突き付けてこう言う。

    「一口やるよ」

    空想の中から飛び出してきたように、目の前に押し付けられたのは、ホカホカと湯気を立てる肉まんだった。
    とんだデジャヴュ。
    もう初夏にさしかかろうという頃合いなのに、肉まんなんてまだあったのかと感心する。
    「嫌だよ、こんなとこで」
    おっさんによる、おっさんへのあーんだなんて、ゾッとする。
    それなのに、目の前で良い匂いをさせる肉まんの誘惑は耐え難いものがある。何しろ、腹が減っているのは、こいつばかりじゃないのだ。
    俺だって。
    俺だって、腹はいつでも減っていた。
    けれど、素直に欲しいとは言えなかった。
    踊ることを許された連中の中で、自分だけが踊れなくなった。世界の扉が閉ざされて、一人だけ忌避される。お祝いに呼ばれなかったカラボスみたいに。
    俺が吐き出した言葉が呪いになって、誰かが踊れなくなることは望まない。けれど、踊れなくなるかもしれないことを、知っておけばいいのに、と思ったのだ。些細なネジ一本で、命を落とすかもしれないことを。手遅れになる前に。
    「ナオ早く」
    口の中に溜まる唾液にせっつかれるようにして、思わず口を開ける。隙を狙われて飛び込んできた白い皮に歯を立てる。噛み締めた舌の上、甘い肉汁が広がっていく。
    美味い。そりゃそうだ。
    「日本のコンビニの肉まんが恋しかった」
    そう言いながら、レオも肉まんにかじりついた。
    空気の悪い、狭い、ガード下に立ったまま、コンビニの肉まんを食べている。絵にならないことこの上ない。
    それでもレオは機嫌が良さそうだ。
    何一つ変わっていなさそうで、何もかもが変わった時間が戻ることはないけれど。
    俺はこの男に会いたかったんだな、なんてことを肉まんを噛み締めるレオを見ながら思った。


    ご挨拶

    はじめましての方も、そうではない方も。
    お読みいただきありがとうございました、四四田です。

    毎月のお楽しみ、なみさんの企画noteでBLも、なんと今回で第20弾というのだから凄いですね。

    なみさん本当にいつもありがとうございます!!!!

    今回のお題は、

    『食事シーン』
    『家以外の、作者の大好きな場所や土地、時代を舞台にした話』
    『脊髄反射』

    でした。

    今回脊髄反射に悩みすぎまして、脊髄反射が起こり得る状況について考えまくっていたらこんな短編になりました。
    舞台の上でふざけちゃいけません。ちなみに三原橋芸術劇場は、四四田が書きかけているとある長編のために作った架空の劇場です。架空の癖にものすごい長い戦後史の中で劇場として発展していった設定があります。

    それにつけても四四田は、バレエ挫折してバレエ周りの仕事につく人間が好きすぎるきらいがあるな。普通に成功してるダンサーも大好きだけどな。

    食事シーンが入らなくなりそうでめっちゃ頑張って削りました。
    有楽町・日比谷あたりのJRの高架下で肉まん一個を立ったまんまでわけあうおっさん二人組がいても、あまり気にされないで済みそうな気がする。酔っ払いが多いから。

    あとがき記事を鋭意作成中でございますが、
    あとがき記事まで読んでる暇ないよの方のために、
    今回の裏テーマを申し上げますと
    『本当のお姫様はお布団の下に敷いたえんどう豆に気が付く』
    です。
    どういうこっちゃねんの方は、あとがき記事まで遊びにいらしてくださいませ。
    →あとがき記事できました。

    ※見出し画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。

     
     
    一人称:僕(Female)/だいたいバレエダンサーかお坊さんの話書いてる/BL多め/吉田松陰のアクスタと出かける人 2025:Money for Good×note「#推したい会社」入賞 旧PN奥津雨龍(オクツウリュウ)

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