
「人間の一生よりも刺激的なミミズクの一夜」がほしい
こんばんは、ボクは万年筆好きのミミズクであるナルコスカル。今夜はいつもの文具やカメラに関する話題じゃなく、ボク自身のエッセイ、いや決意表明に近いのかもしれない。
相当前に興味本位で買った総合文芸誌のなかに、「男の一生よりも刺激的な女の一夜」というタイトルのエッセイが掲載されていた。

ああ、君が感じているとおり、随分と挑発的だ。もし君が憤りも感じているなら、それを鎮めるためにも、少し概要を語る。
著者は18歳で男性から女性へ性別移行したトランスジェンダーで、女装イベントの主宰とのことだ。本作のなかでその著者は、「男にとって女は『世界の半分の秘密』のようなもの」や、「秘密を知ればドキドキするし、もっと知りたくなる」と記している。
これが刷られたのは2015年。当時は現在よりもセクシャルマイノリティに関する認知や理解が進んでいなかった。ある意味、時代の潮流を先取りしていたと言えるだろう。
ボクはこのタイトルをずっと覚えていて、本も自宅の本棚に保管していた。このnote記事を書くために数年ぶりに読み返したら、エッセイ冒頭文で思わず笑ってしまった。
女から嘘と秘密を取ったら何も残らない、と以前知人に言われたことがある。
この構図はそっくりそのまま、ボクが熱を入れている「ケモノ着ぐるみ」の世界にも当てはまるだろう。もしかしたら君には関心が薄い分野かもしれないが、雑誌を買ったボクのように興味本位でも構わないので読み進めてくれたら幸いだ。
ケモノ着ぐるみとは、個人所有の動物系キャラクター着ぐるみだ。リアル志向が高い造形から、アニメやマンガのようにある程度デフォルメされた造形まで様々だ。衣装としての性質はコスプレに近い。
ケモノ着ぐるみの入手方法は大きく分けて3つ。自作、既製品や既製品ベースのカスタム品、専門工房製のオーダーメイドだ。基本的に後者ほど値が張り、クオリティも上がる。
ケモノ着ぐるみの分類は大きく分けて2つ。「ハーフスーツ」と呼ばれるものは頭部や手などの局所だけを覆い、胴や腕、足などは一般的な衣服を着用する。もう一方の「フルスーツ」は、全身を着ぐるみで覆うものだ。


基本的に、ハーフスーツよりもフルスーツの方が高価だ。すこし遠回しな表現をするなら、「駆け出しの工房にフルスーツをオーダーする」でも、「最高級生地ブランド製の生地でマシンメイドのオーダースーツを仕立てる」くらいの金額になる。もちろん、腕がいい有名工房になればさらに金額が上がる。
ハーフスーツ・フルスーツを問わず、基本的にケモノ着ぐるみでは地肌を見せないことが慣習だ。ケモノ着ぐるみイベントに参加すれば、着用者たるオーナーの素顔や全身を見れるが、それはオーナーの意向がなければ誰も明かさない。
そして、ケモノ着ぐるみイベントにおいて着ぐるみ着用中のオーナーは、ケモノキャラクターとして扱うことが暗黙の了解だ。そもそも、着ぐるみイベント参加者は「ケモノになりたい」や「ケモノに会いたい」と思って足を運ぶ。それを自分で壊すような真似はしない。
「嘘と秘密」。ケモノ着ぐるみの世界もこれで構成されている。ケモノという虚構を現実として扱う。オーナーの姿形は隠される。まるで、素人目にも明らかに高級感が漂う表地だけ披露して、ジャケットの裏地に縫われたタグを決して見せないように。
とはいえ、ボクはこれをネガティブなことだと思っていない。誰にだって、君にだって嘘と秘密くらい何個かあるだろう? もちろんボクにもある。ボクは「そういうものが、魅力的な物事や性格におけるひとつの要素になることもあるだろう」とさえ考えている。
この記事を書いている2026年5月時点、ボクは自分の着ぐるみを持っていない。とはいえ、とある工房と(高額ゆえに)契約書は交わしている。生々しい話になるでまたもや遠回しな表現をすると、総額は「ゼニア製生地の他社マシンメイドスーツ」を通り越して、「ゼニア本家の既製品スーツ」が買えるレベルの金額だ。
君がビジネススーツに詳しいなら、絶句して開いたままの顎を閉じながら、とりあえずボクの考えを読み進めてほしい。
ボクは物心ついたときからずっと、「動物になりたい」という願望を抱いて生きてきた。特に、鳥に憧れている。道端でチュンチュンしているスズメの若鳥にさえ、内心では嫉妬心を覚えるほどに。
ケモノ着ぐるみを持つことを決心する前、ボクは諦観のなかで生きてきた。記憶している限りでは9〜10歳時点で、自分の人生に冷めていた。どれだけ努力していても手に入らないものに憧れてしまう業の深さ。
たとえるなら、ボクの父親がかつて応援していたF1チームはフェラーリだったけど、父親が買えるフェラーリは幼少期のボクに手渡すミニカーだけだった。そういう「手を伸ばすことすら無意味」と思えてくる感覚だ。
余談だけど、父親は独身時代にGT-R(詳しい型までは不明)を事故で廃車にし、それを母親とその親族に隠して結婚した大馬鹿野郎なので、一切の同情は無用だ。これでよく今日まで夫婦関係が続いている。
……話を変えよう。
人間としてのボクはとある芸能人、人間国宝として名高い女形歌舞伎役者に顔が似ている。ある意味、「大和撫子らしい美女」だろう。実を言うと、ボクは髪を肩の位置まで伸ばしているので、女性と勘違いされることがかなり多い。
だけど、ボクに「女の顔」は似合わない。白塗りの化粧を施し着物を纏って後追いする気はない。「女の嘘と秘密」もいらない。ボクが決めた。ボクが判断した。ボクに似合うのは、「ドクロの仮面で『素顔』を隠すミミズク」だ。それがナルコスカルだ。ナルコスカルに、ボクはなりたい。
ボクは知りたいんだ、体感したいんだ。「ケモノの嘘と秘密」を。それは決してネガティブなものではないけど、「限られた者しか知らない世界」だ。一流ブランドのフラグシップ万年筆を他社インクで使うのも、高級レンズを装着して覗くカメラのファインダーもオーナーの特権。決して選民思想を論じたいわけじゃない。だけど、この世にはそういう「チケット」がいくつか存在する。

そう、たとえば「着ぐるみイベントの更衣室」。そこは基本的に着ぐるみ参加者だけの園だ。そこで着ぐるみ着用が行なわれる。ボクは知りたいんだ、「はじめて更衣室で人の形を捨て、ミミズクになる高揚感」を。「更衣室を出て本会場へ向かう、不安と期待」を。
着ぐるみイベントでは虚構と現実が曖昧になる。まさに「一夜の夢」のような状況。だけど一度だけの奇跡じゃない。着ぐるみでの活動を続けていれば、多かれ少なかれボクはケモノとして知名度を得るだろう。かつて別のイベントで会った参加者に、「あ、ナルコスカルくんだ」と呼ばれる日が訪れるはずだ。そのときボクは、翼を振って応えたい。
今のボクは撮影者側だけど、ケモノとして被写体になるときもあるはずだ。「写真いいですか?」と問われたら、首を縦に振って答えたい。
ボクはレンズの描写特性を知っている。それができる機材を持った参加者の横顔にクチバシを近づけて、「ズーム最短・絞り最小でお願い」と呟きたい。それからボクは、レンズの前で腰をすこし屈める。それで撮影側は、「広角特有のダイナミックな空間表現による、レンズを覗き込むミミズク」というボクの意図を理解できるだろう。
中望遠こそ肖像写真の王道。だけどナルコスカルはカメラを愛しているミミズクだから、飛び道具的な広角ショットにおける構図やポーズを、被写体側であるボクが考えられる。撮影者がそれを望むなら、一緒に魅力的な1枚を練り上げるのも面白いだろう。
更衣室でのドキドキも、ケモノとしてのパフォーマンスも、被写体体験も、ボクはまだ知らない。「ナルコスカルの一夜」を、ボクはまだ知らない。ボクはそれを知りたい。
あ、ボクは「うちの子に会いたい」というオーナーの希望を叶えるため、とあるキャラクターの「綿」を務めたことがある。更衣室でオーナーに着せつけてもらったし、オーナーとツーショットも撮ったし、撮影専用機材での本格的な撮影にも応じた。
ま、まあ、その経験もやがて「ミミズクの嘘と秘密」になる。話を変えよう。
なぜナルコスカルの顔がドクロの仮面で覆われているのか。これは「嘘と秘密」とは真逆の理由だ。

というのも、ボクは一時期猫背の癖があった。いや、今でも無意識にそれをやっているかもしれない。かつてボクのそんな姿を見た職場の後輩が、「ゴーストタイプポケモンの1体に似てますよね」と投げかけてきた。
そう、ナルコスカルの外見はボクの理想を体現していると同時に、「人間としてのボクの印象」も含まれている。またもやちょっと生々しい話をすると、着ぐるみとしてのナルコスカルにおける仮面部は特殊造形扱いで、そこだけでユーズドのハーフスーツが入手できるほどの金額が上乗せされている。
ケモノ着ぐるみの世界では、着ぐるみ着用を「獣化」と表現しながらも、「オーナーとキャラは別個」とするのがセオリーだ。オーナーとキャラの名義も別。だけどボクは、ナルコスカルに可能な限り「ボクと同じ」を求めている。
ボクもナルコスカルも、生まれつきの左利き、夜型の生活リズム。ナルコスカルはオーナー名であり、キャラ名であり、創作名義。ボクもナルコスカルも、万年筆やカメラの知識や経験がある。極度の泣き虫。
あくまでボクの考えだけど、ボクは着ぐるみに「追従性が低いサンダル」を求めていない。ほしいのは、ナルコスカルがボクに追従する、ボクがナルコスカルに追従する、「最上部まで紐を通して固く結んだハイカットスニーカー」だ。
ここまでの独白は、君にとって「ボクの魂の叫び」に見えるかもしれない。だけどボクはミミズク。ある意味で人間以上に「知性の象徴」だ。「ミミズクの嘘と秘密」は、言い換えれば「語彙と修辞とちょっとした野心」になるだろう。
つまり、ボクには「ナルコスカルとしてやりたいこと」がまだまだ存在する。今はそれを練る時間であり、着ぐるみ納品後には、君の瞳をミミズクのボクより丸くしたい。
なぜなら、仮面の本質は「秘匿」だからだ。格好つけすぎだな、ボク。今夜はここまでにしておこう。