空が見たかった私と、下北沢の大家さん
若い頃。
憧れの下北沢に住みたくて、部屋を探した。
不動産屋さんを何軒も回り、ようやく見つけたのは、1階に大家さんが営む酒屋さんがある、3階建てのアパート。
「ここ、住みにくいかもしれないんですよね」
と、不動産さんが言う理由は、大家さんが建物内に住んでいたり、部屋が四角じゃなくて変形、変な所に棚、キッチンは気持ちだけ、等々。
しかし私は、その、少し変な部屋がとても気に入った。
何より。
案内されて3階に上った時、暗い階段の先に、視界いっぱいに広がる青空が見えて、とても印象的だったのだ。
そして私は、そのアパートで暮らし始めた。
当時、仕事もプライベートも忙しく、疲弊していた私。
深夜帰宅も多かった。
しかし、深夜1時までやってる酒屋の大家さんは、
「今日も遅かったのね、お疲れ様」
「ご実家から荷物届いたから預かってるよ」
等々、私に気さくに声をかけてくれ、何だかとても暖かかった。
そのアパートには屋上があり、私は眠れない夜などに毛布を持って登り、夜空と、遠くに見える新宿の光などを見て、眠った。空の下だと、何故か安心出来た。
いよいよ家賃が厳しく生活がキツくなり、引っ越しを考えた時、大家さんにその旨を伝えると、理由を聞かれ、
「金銭的にきつくて…」
と答えると、
「なら、お家賃少し下げるから。他の人には内緒ね」
と、なんと、家賃を下げてまで住まわせてくれたのだ。
驚愕だ。
そして私は、引っ越し魔にも関わらず、その部屋で6年間過ごした。
しかしお金以外の事情が出来、いよいよ引っ越さなければならなくなった。
私は、大家さんに礼を尽くすべく、出来る限り部屋を掃除した。
しかし。
問題があった。
私は引っ越した当初に、窓の灰色のブラインドを
「会社みたいでやだ」
と青色に変え、備え付けの茶色い箪笥を
「可愛くない」
と、なんと、ペンキで空色に塗っていたのだ。
掃除をしようが、どうにも出来ない。
引っ越し当日。
私は怒られる覚悟をしながら、大家さんの所に挨拶に行った。
しかし、立ち会い点検はなく、そのまま「元気でね」とお別れした。
私は、連絡先を実家にしていた。
数週間して実家から電話があり、大家さんから連絡があった、とのこと。
私は身構えながら、耳を澄ませた。
「大家さんがね、あなたがいつも夜遅くて大変そうだったから。きっと空が見たくて青くしたんでしょう、と言ってたよ」
私はその時。
本当に本当に、申し訳ないことをしたのだ、とようやく気付いた。
自分勝手で、必死に生きていたけど、やはり自分勝手で。
当時は、自分を客観視出来る余裕など無かった。
大家さんは、私よりも、私の事を知っていたのかもしれない。
あのアパートの屋上から見た空は、今も私の頭上に浮かんでいる。