
【ESSAY】学生と教師
先日、学校行事である海浜清掃がありました。いわゆる、奉仕活動の類ですが、郡部の学校では定番かもしれません。
夏の終わりの田舎道を生徒らぞろぞろ引き連れ、浜へ向かうこと20分…

ゴミの写真は不快なので、敢えて載せませんが、主にビンやペットボトル、空き缶など、やはり飲み物の容器が殆どでした。よく見ると、海辺に流れ着いたゴミというよりも、残念ながらポイ捨ての方が多い印象です。壊れた家電もありました。
身近なことを題材にして、批判的な記事を書きたくありませんが、はっきり言って、不法投棄が多い町は民度を疑ってしまいます。
かと言って、私は環境問題を自分事として訴えたいわけではありません。たとえ、自室にゴミがあっても、拾わない人は拾わないからです。
ましてや、ゴミ拾いを通じて、学生たちにボランティア精神を育むような表向きな話も好きではありません。
当初、しぶしぶ掃除をする彼らでしたが、活動を終えると、その表情は割とすっきりとしていました。

良い姿勢を形成するためには骨と筋肉の発育発達を図ることが第一であり、そのためには栄養にとんだ食べ物を十分にとり、戸外で日光を楽しみながら適当に運動することである。(後略)
いつだったか、教員間による研修会で、とある高校の先生がこんな愚痴をこぼしていました。
「何か…最近の教育って、生徒に気を使うこと多過ぎませんか?」
確かに、一昔前であれば、授業中居眠りする生徒がいれば、教師は閻魔帳でその頭を引っ叩いたり、素行の悪い奴には「こらこら」で済んでいましたが、今では友人関係や心身の様子、家庭事情やSNSの使い方など…個人の問題に首を突っ込みまくりです。
もはや、生徒の課題は教師の課題になりつつあり、本人の自己責任では済まされない背景が潜んでいます。←良いか悪いかは置いといて…
1限目、私は普段通り教室へ向かうと、ある生徒との会話の切り出しは大抵決まっています。
パターン①
「先生、お腹空きました…」
「…朝ご飯は?」
「メロンパン食べました」←時々、あんパンになります。
「…」
パターン②
「先生、眠いです…」
「…何時に寝たの?」
「多分2時くらいです」
「…」
まぁ、高校生あるあるなので、特段、変わったやり取りではありません。ただし、私が返答に窮するのは、この傾向が学生だけではなく、教師にも見受けられるからです。つまり、我々は大人になるにつれて、模範的な生活習慣が自然と整うわけではない点です。