
【NOVEL】アートマン 第7話
談義が一つの着地点へ向かう途中、妙な論点で話をすり替えたのは、やはり【悲観】であった。
悲観「大体、死の淵にある温もりを求める人間はいないはずだ。自ら命を絶つのは、生への渇望…これはその裏返しと聞く」
青春「うん、僕も聞いたことあるよ。人間の三大本能『生きたい、知りたい、仲間になりたい』って奴だね」
虚栄「おそらく、この器も衝突の瞬間、感じたはずだ。自分の頬をつたう、静かな雨を、まるで小さな白い花のように…安らぎにも似た感覚は、一瞬、今生が終わることへの悔いと安堵が、まだら模様に内部を入り乱したに違いない」
一同「…」
中道「確かに、先程の『成熟』をテーマにしたものと比較すると、『本能』というテーマはやや動物的な見地にもなってしまう。論議のベクトルが少し変わる気もするが、面白い。それこそ、今現在、我々五人がここまでの話を自得できているのは、紛れもない三大本能によるものだ」
短気「ふん、漸くこの立ち話も佳境を迎えると思ったが…まぁ、所詮、動物というものは、アミノ酸で織り込んだ物質だ。人間もその例外ではない。そこに本能が宿るというのであれば、たとえ自らの意志で衝撃を受けたとしても、精神性に変化はないはずだ」
若干投げやりな【短気】の発言に、静かに返したのは【悲観】である。
悲観「うん…実は、先程私は『自ら命を絶つ』を前提としたが、これこそが私自身の悪い癖でもある。つまりは、不注意による事故なのか。あるいは、油断を装う自死なのか。その真意は定かではないのだ」
【悲観】に似て、静かに頷いたのは【虚栄】である。
虚栄「そう、私もその点には引っかかっている…」
二人の違和感に回答したのは、やはり【中道】であった。
中道「…すまない。その点については、明確な回答を避けていた。実のところ、この器が事故か自死、その真実を言ってしまえば、前提条件をもとに談義を進めることになってしまう。隠していたのは事実だが、勿論、君たち一同を騙すつもりは毛頭無い」
この【中道】発言に、貧乏ゆすりをしていた【短気】の右足がぴたりと止まった。
短気「要するに、お前は実意を知っていながら、我々にこうして談義を行わせ、この後も尚それを続けろと?」
中道「腹が立つのもよく分かる。だが、談義の方向性を経緯によって委ねてしまえば、その自由度が下がることは明白だったのだ。どうか許していただきたい」
【中道】を逐うのは、意外にも【青春】だった。
青春「いや、それでも【中道】の言い分も一理ある。現に先程の『成熟』に関する『大人憑き』とも呼べる現象は【短気】による帰着だった。もし、前提条件があれば、我々にとって、それが誘導になってしまい、談義による着想は難しいはずさ」
鶏冠に来た【短気】を止めるのは難しい。彼は【青春】のフォローを鼻で笑うと、一同に背を向けてこう言った。
短気「冗談じゃない。隠し事をしている奴と談義しても、腹を割って喋るこっちが馬鹿々々しい。悪いが失礼する」
彼が扉の取っ手に手をかけようとしたその時、扉は外からばんと開ききった。大きく揺れる蝋燭の炎と、一同の視線が集まる。
「ポジティブポジティブー!!」
空気の読めないこの者を以下【前向(まえむき)】とする。
**********************************今回は以上になります。ここまで読んでいただきありがとうございました。第8話は近日投稿する予定です。