
読む・書く・練る(創作大賞2026ビジネス部門応募作品)
1、どうして、勉強するの?
学校の先生であれば、タイトルの問いは身近だと思います。私も行く先々の学校で生徒に毎回聞かれます。
特に、数学となると「何でこんな計算しなくちゃいけないんだ!」と癇癪を起こす子もいたりして大変です。
まず、前提として勉強する行為は、高々ベターであって、ベストでもなければ、マストでもないということ。バリバリの進学校では「勉強はやらなければいけない。勉強することが人生の最善だ!」みたいな風潮がありますが、本来は気負わず、リラックスしてやるものだと思います。
ましてや、「やらされている感」がある状態では絶対上手くいきません。
自習時間のときです。私が教室の教卓で勉強していた際、前列の生徒がじーっと見てきたので、私はつい「どうした?」と聞きました。
「先生は大人なのに、何で勉強しているの?」
この質問に思わず失笑してしまい、すぐさま「〇〇君のことで笑ったわけではないよ」と言いました。確かに、ゴリゴリ勉強している大人ってあまり見かけないですね。
そのとき、次のように答えました。
「理由は2つあります。1つは、私は勉強すること自体が楽しいからです。2つ目は、勉強していないと不味い場面に遭遇するときがあるからです」
本記事を通して「じゃぁ自分はどうすれば良いか」を考えてもらうことが、私の本業です。勉強をする理由のヒントになれば幸いです。(2900字程度)
1、勉強する理由は自分で見つける!
勉強に限らず、何事もそれ自体の理由付けから始まります。

「実存は本質に先立つ」
学生の時分、この一文を読んだとき正直ピンと来ませんでした。
私なりの解釈で、人間や動物を例にして解説します。
当たり前ですが、人や動物は生まれ、この世に存在します。たとえ、本人が生きる目的がなくてもです。著者が言う本質とは、いわゆる「何のために生きるか」みたいなものです。
彼の考え方は「何事も、まず存在が先にある。存在の理由付けは、その後になってくる」というものです。
動物の場合は、生存と子孫繁栄という明確な目的がありますが、人間ってそんなに単純ではないと思います。もっと自由です。だから生きることが難しい。極論、人間の自殺の有無はここにあると私は考えます。
話を勉強に戻します。
人類は「勉強」の積み重ねで発展しているので、この概念が先立って存在していたわけですから、そこに理由付けするのは、自分自身です。
私の場合、理由は単純で「楽しいから」が第一に挙がります。
けれど、「あなたにとって勉強は楽しいかもしれないが、私はちっとも楽しくない!」と言われれば、その通りです。私の回答は一般的ではありませんし、そもそも、楽しい、楽しくないは観点の問題なので答えになっていません。だから自分で探すべきです。
ですが、こうした内省は子どもには難しいので、その理由を他者に求めてしまいます。私が理由「付け」と言ったのは、そうした背景があります。
勉強の動機付けに関する記事を下記に載せておくので、良かったら参考にしてください。
とはいえ、「分からないものは、分からないし、勉強なんてどうせ役に立たないのだから、やめてやる!特に数学!!」←昔、生徒に言われたことあります…
まぁまぁ、一時の感情で投げ出すのは勿体ないです。
それに、大人になってから「もっと勉強しておけば…」と思う人は実は結構います。

2、勉強しなくても良いっちゃ良いが…

上記のアンケートはあくまでも参考資料です。
誰しも学生の頃は、同世代かつ地元のコミュニティで他人と比較しています。子供たちは、身近な空間で勉強の必要性の有無を判断しているわけですが、いざ社会人になれば、そうはいきません。大人になれば、老若男女、玉石混交で人と関わるわけですから、自分の興味関心を広げなければ、相手の言っていること、こちらの伝えたいこと、いわゆるコミュニケーションが上手くいきません。ましてや、日本という小さな島国でそう感じてしまうのだから、グローバルな仕事をしている人にとっては、一生捧げても勉強しきれないと思います。
上記のアンケート結果で、外国語が突出しているのも頷けます。
私が生徒に「不味い場面に遭遇する」と言ったのは、つまりはそういうことで、己の認知上の限界にぶち当たる点を示唆しています。
尤も、社会人になっても、ずっと地元の田舎暮らしで、コミュニティも大して変わらない場合は、新しい勉強をあまり必要としないかもしれません。同窓会で久しぶりに顔を合わせると、「あれ、こいつ雰囲気変わったな…」と思えるのは、大抵、都会で揉まれた男です。話を聞いてみると、やはり学習意欲がとても高く、良い刺激を受けます。
地元就職組は良くも悪くも、関係性を大切にするので、お互いを適度に褒め合い、笑って流すことが多いです。地域そのものに大きな変化も無い(望まない)ので、自分のこれまでの知識、経験で完結してしまう傾向があります。これでは現状維持になりがちかもしれません。
3、役に立たないとダメなのか?
ところで、「勉強するからには実生活に結び付けないと意味がない」という主張があります。
お金について→経済学
健康について→栄養学
仕事の効率化→AI活用法など…
実学であれば学習意欲が湧くという人も多いはずです。ところが、学校で学ぶ座学は将来性に乏しいかもしれません。数学のような形式科学は最たるものです。
功利性が無くお金にならないとなれば、投げ出す理由になるのです。教える側と学ぶ側が貧困であれば尚のことです。

当時の富裕層は、生産的労働を避け贅沢な生活を世間に見せつけることで、自らの社会的地位を誇示していました。
必要以上に高級品やサービスを購入する、いわゆる顕示的消費行動は、彼ら自身の承認欲求を満たしていましたが、それ以上に彼らは知性と理性を重視していたと本書では記されています。
しかも、学んだ知識をひけらかすような知的マウンティングを取りたいわけではなく、単に暇だから勉強していたそうです。
確かに、当時の英米文学であるメルヴィルやサリンジャー、シェイクスピアなどの作品を読んでいるとつくづく「お前、いつ働いてんの?」と聞きたくなります。本書でたびたび用いられる「余暇」というワードは、怠惰や静止を意味しているわけではなく、あくまで「無形」の財の形を取るとされています。←要するに学問やスポーツ、芸術を指す。
おそらく、人間というのは経済的にも精神的にもある程度の余裕がなければ勉強に集中する環境にならないのかもしれません。これは学問だけではなく、スポーツや芸術にも同じことが言えます。
となると、私自身、休日にテキトーに哲学書を読んだり、筋トレをしたり、数学やnoteをやっている時点である種の贅沢な行為かもしれません。
今回は以上になります。ここまで読んでいただきありがとうございました。これからも、勉強の参考になるような記事を書いていきますので、よろしくお願いします。
2、勉強のあれこれ…
「勉めを強いる」と書いて「勉強」ですが、漢字の雰囲気といい、発音といい、とても堅苦しい表現になります。
学生時代は、勉強している人がいると「あいつは真面目だ」「勉強していて偉いね」と言われることもありますが、その一方で、沖縄では真面目な子に対して「まーめー」という勤勉さを揶揄するような方言もあるようです。(私からすると、誰かが何かを学ぶことに対して、とやかく言うのもナンセンスだと思いますが…)
ただ、教師という職業柄、勉強の話題は避けては通れないので、今回は「勉強したいけど、何をして良いか分からない」という人向けです。
1、まず、何かに興味を持つために

知りたいという動機は、すべて『驚異』から始まる。
確かに、子どもが何でも吸収できるのは、未知の世界に対して、まず「驚き」があり、そこから「もっと知りたい!!」というプロセスを経ることで、学習意欲に結び付きます。
大人になると、物事に興味を失い、または知ったかぶりをしてしまうことで
「驚く」という初動が抜けてしまいます。このことから、勉強するためには
まず、「驚く」というあの頃の気持ちを思い出しましょう!!
2、私の場合

漫画ですが、私のように三国志が勉強のきっかけになった人は珍しくないと思います(特に男子)。今からおよそ2000年前、男たちが中国大陸の天下統一を目指すわけですから驚きです。現代でも史実に基づき、小説、漫画、ゲームといったカルチャーとして残っていることに驚異を感じます。
話は戻しますが、勉強のきっかけというのは、ちょっとしたことなのかなと思います。
三国志を読む
→戦での兵の動かし方、人の心の掴み方に興味を持つ
→兵法について勉強する
→中国だけではなく他の国の歴史に興味を持つ
→古代ギリシャや日本の戦国時代について勉強する
→……
歴史を学ぶだけでなく、様々な分野に目を向けることで、学習の幅がストレスなく拡大していくと思います。
3、勉強したことを定着させるために
私が高校生の頃、学校で物理の先生が「勉強の仕方について」話してくれました。
「『学ぶ』にあたって、『イチゴジュウスの原理』がある。人に教えてもらうことによって一割が理解できる。自ら勉強することで五割が理解できる。それでは、十割…つまりすべてを理解するにはどうすれば良いか…それは、人に教えることにある。教えることで、自分がどこが分かっていて、どこが分かっていないかが明確になる。

上記の図にもありますが、インプットしたことをアウトプットする習慣は、学習過程で理に適っていると思います。
4、座学の注意点
一方で、「勉強しても、結局、実社会に結び付かないので、意味がない」「やはり頭ではなく行動で示す」という言い分もあります。これは当人の環境にもよりますが、事実です(何事も否定から入ってしまえば、やらない言い訳になってしまうので…)。「論語読みの論語知らず」という言葉もある通り、知っていながら実行しないというのは知らない方がマシだったりすることもしばしばです。
要するに、講義や授業などを受けて満足しては駄目です。そこから自学自習だけでも足りません。学んだことを実行して行きましょう。
5、大人になったら何を学ぶべきか
とは言ったものの、大人になれば、人生の残り時間を考えるようになり、勉強も実用的なもの、いわゆる実学をやっていきたいものです。おススメなのは、私がやっている分野は以下3つです。
1、健 康:医学について
2、将 来 性:お金について
3、社 会 性:法律について
日頃、数学を教えていながら、自分の勉強が止められないのは、これら3つが私の人生を前向きにしてくれるからです。
今回は以上になります。ここまで読んでいただきありがとうございました。最近は「スキ」や「フォロワー」も徐々に増えているので、励みになっています。今後もよろしくお願いします。
3、読書の良し悪しを紐解く
趣味と聞かれると読書があります。「どんな本を読みますか」「おススメはありますか」といった具合でコミュニケーションツールになりますし、お互いの知識、視野を広げてくれています。
一方で、「活字が苦手」「漫画は読むけど本はちょっと…」「本より動画の方が良い」と言った声もよく聞きます。確かに、動画などの映像と比べると、読書という行為は能動的なので、受け身の姿勢ではインプットしにくい部分があります。漫画は活字ではありませんが、本の一種なので、読書行為になるかどうかは意見が分かれるところです。そもそも読書という字は、
①「書いてあるものを読む」
②「読みながら書き留める」
という2つの立場で捉えても良いのかなと思います。今回は、①について記事にしています。
1、読書の良し悪し
本好きの人間からしてみれば、読書行為は肯定的な意見であって欲しいものです。
上記の動画にもある通り、本には成功者たちの知恵が詰まっており、本を通じて彼らと友達になれるとあります。
確かに、私たちが懸念していること、ミスやエラーというものは過去何度も繰り返されており「同じ轍は踏まない」という意味を込めて、本は良い羅針盤となります。
一方で、読書に対して否定的な意見もあります。

(前略)、だから読書の際には、ものを考える苦労はほとんどない。自分で思索する仕事をやめて読書に移る時、ほっとした気持ちになるのも、そのためである。だが読書にいそしむかぎり、実は我々の頭は他人の思想の運動場にすぎない。(以下略)
著者曰く、「読書行為は他人に物事を考えてもらうため、それに慣れてしまうと、自分で物事を考える習慣を失う」としています。読書のリスクを示唆するものであって、何も全否定しているわけではありませんが、本自体に読書への警鐘を鳴らされているようで、複雑な気持ちです…
それでも、私は読書によって、社会の見方が変わったのも事実だし、もっと言えば人生観が変わった部分もあります。
そこで、本を読む人とそうでない人の違いは何かと考えてみました。
2、とある風刺画で…

上記の風刺画が、読書の意味を象徴していると思います。
一番左の人は、見たものを素直に受け入れる楽観さを表していると思います。壁に両手を付いて景色を見ているのは、その証左です。
左から二番目の人は、読書によって新しい世界が見えています。ただ、見える世界は暗黒のようです。確かに、本によっては過去のリスクやエラーが歴史として記されているので、悲観してしまったのかもしれません。
左から三番目の人は、多読した本を自分の人生に落とし込んでいった人なのかなと思います。雲の上の太陽と同じ目線に立ち、眼下の社会を俯瞰できそうです。壁に片手を付けているのは、希望が見えたからでしょう。
一番右の人は、さらに上にいます。彼は途中まで本を読んでいて、その後、数冊の本と共に、つるはしを片手に屋上に立っています。おそらく、本を参考にして、自身の想像力・創造力でビルを建てたのかなと思います(あくまでも私の想像ですが…)。
もしかすると、中途半端に本を読むくらいであれば、読まない方が楽観的なのかもしれません。多読によって高い所からの景色も見れますが、時間と労力を考えると、自分でビルを建てるべきなのかもしれません。

今回は以上になります。ここまで読んでいただきありがとうございました。これからも本や動画を紹介しつつ、参考になる記事を投稿していくのでよろしくお願いします。
4、リズール(最良読者)であるために
今回は「読書」に関する記事です。私のnoteは、本を参考に作成しているものが多いので、そうした記事を投稿していると、知人から読書習慣に関する質問を受けることがあります。「いつ、本を読んでいるの?」「オススメの本はあるか?」「要領良く速読したいが、何か方法無いのか」などなど…
確かに、サラリーマンが読書の時間を確保するのは難しいです。平日の朝は身支度で慌ただしく、仕事から帰宅して夜になれば、風呂、飯、寝る。
本を開く気力すら起きません。
以前、書店の新書コーナーに「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」三宅香帆(著)という書籍が話題を呼びました。それだけ共感する人が多いのでしょう。
かく言う私も、普段から本を読めているのかと問われると、かなり微妙なところです。それでも、私なりの読書術(?)がいくつかあるので、本記事では、その一つを取り上げたいと思います。
ただし、期待しているような方法とは少し異なるかもしれません。その点よろしくお願いします。
1、私の場合
実は、今回の記事は、昨年投稿した「【IDEA】読書の良し悪しを紐解く」の続編になっています。下記にリンクを貼っておくので、よければご覧ください。
そもそも「読書」という字は、
①「書いてあるものを読む」
②「読みながら書き留める」
という、2つの立場で私は捉えています。本記事では、読書を②の立場でまとめています。
2、三多の奨め
つまり、読むと書くとは区別しなくても良いスタンスです。
これは、一般的な活字を読む行為とは少し異なりますが、こうした考え方は古来学者にも存在していたようです。

「為文有三多。看多、做多、商量多也」
著者は文章に慣れるためには、三つのことを人より多くやりなさいと説いています。
①看 多:多くの文を読むこと。
多くの作品に触れると共に、優れた本を選んで何度も繰り返し読むことが望ましいです。個人的には、名言録のような書籍も好きです。尤も、優れた本とは、今でも現存する名著のようなものです。〇〇全集は作者表記に忠実なものが多く、文庫本では新潮文庫が良心的かと思われます。

②做 多:多くの文を作ること。
例えば、陸上選手は人より多く走り、画家は人より多く絵を描き、楽器奏者は人より多く奏でて練習するのは当然ですが、文章も自分で機会を作り、多く書くことにより、次第に能力が上達します。本の内容の言い回しを変えたり、文章を図や表で表現したり…
とにかく、自分でアレンジしてみると良いです。
この作業は、本の内容を理解するには遠回りに感じますが、結局、手を動かした方が頭に定着させることができます。

③商量多:文を多く推敲(練り直す)すること。
最後は、本の内容と自分でまとめた内容をもとに、再度文章で書き起こす作業になります。ここで注意しなければならないのは、読み手に伝わるように文章を整理することです。
1、同じような表現を無意識に使っていないか。
2、省略した方が良い箇所がないか。
3、自分にしか書けないことが書いてあるか。etc…

3、良書の核を知る
1冊の本に対して、ここまで思索できていれば、本の内容を簡潔に説明できるはずです。
書は肯綮を得るを貴ぶ。
肯綮(こうけい)とは、物事の急所。肝心要のことです。
つまり、読書とは、本の急所をよく理解して、自分のものにすることが大切だと説いています。これは、本の内容を人に説明する際、有効な考え方です。シンプルで分かりやすい方が、聞き手もしっくりきます。
因みに、私は読書サークルに参加していますが、本を紹介する良い機会になっています。
4、おわりに
本記事のタイトルにある「リズール」とは、フランス語の"liseur"から来ており、日本語で「読む人」ですが、特に「精読者」というの意味合いが強いようです。
今回は、書くことに特化した読書術でしたが、他にも、私なりの読書術があるので、これにはまた別の機会に紹介します。
今回は以上になります。最近はnoteのマンネリを防ぐために試行錯誤をしています。これからもよろしくお願いします。
5、noteの書き方
noteは良くも悪くも、自由度が高い故に自分の持ち味で記事を作れます。イラストや漫画、小説もあれば、時事ネタなど…中には己の文章力のみで記事にする猛者もいてすごいなと思いました。
私の【IDEA】の書き方を紹介します。良ければ、参考にしてください。
【STEP1】ジャーナリング

【STEP2】要約
STEP1の内容をノート1ページで要約します。
要約のコツとして記号を使います。
∴ 「ゆえに」
∵ 「なぜならば」
⇒ 「ならば」
c.f. 「参照」
i.e. 「言い換えると」
sup 「補足」
多少慣れが必要ですが、文章が論理的かつ簡潔になるので良いです。

【STEP3】再びジャーナリング
今度は、noteの下書き記事にひたすら打ち込んでいきます。複数のテーマをごちゃ混ぜにしており、一部をコピーして抜粋した後、別の下書き記事で体裁を整えていきます。このとき、誤字脱字は一切気にしません。

【STEP4】記事作成
コピーしたものを【IDEA】として打ち込んでいきます。この段階になれば、ある程度の思索と推敲が繰り返されているので、ストレスなくサクサク文章に起こせます。作成の際、下記の事典を使うことが多いので、参考までに載せておきます。

おわりに
割と手間暇かけているように見えますが、作業自体は気楽に進めています。最後に、私の「心得」となっている漫画の一場面を載せておきます。少し大袈裟ですが、昭和のキャラクターって情に厚く、仕事熱心なところが好きです。

今回は以上になります。ここまで読んでいただきありがとうございました。今後も色々な形で記事にしていくので、よろしくお願いします。
6、観察→分析→洞察
今回はnoteの書き方に関する記事です。私のタイトルには、必ず【 】を使い、テーマ内容を分かるように大別しています。
【IDEA】動画や本を参考にした、物事に対する私の考え
【ROUTINE】写真を中心にした日課の様子
【PRIVATE】マイブームや私物、体験談など
今後、テーマが増えていくかもしれませんが、現在9つです。
本記事はnoteの作り方の第二弾です。勉強の仕方と捉えても良いと思います。第一弾はリンクを貼っておくので良ければご覧ください。
以下、3つのステップで構成されます。
1、観察(observation):物事をありのままに注意深く観ます。
2、分析(analysis):物事の構成を細かくしていきます。
3、洞察(insight):1、2、を踏まえて一般化を目指します。
例えば、「良い友達ってどんな人?」という記事を書いたとき…
1、職場やプライベートの人間関係を観察し、振り返る。
2、その傾向と関連する書籍を拾い上げ、紙のノートにまとめる。
3、noteに書き起こして、思考を整理する。
参考までにリンクを貼っておきます。
1、ただし、興味があるものをテーマにする!

女「あ、このアニメ知ってる!ガンダムでしょ!?」
男「うん、ガンダムと言ってもこのガンダムはモビルスーツ(MS)と言ってね、Mobile Space Utility Instrument Tacticalの略で戦術汎用宇宙機器を意味していて(かくかくしかじか…)」
女「…要するにガンダムでしょ」
男「…うん」

女「この紫と、こっち紫どっちが良いかな?」
男「…どっちも同じ紫に見えるけど」
女「…え?」
上記の挿絵のようにならないためにも、物事には興味を持って注意深く観ることが大切です。
2、興味を持って観てみれば…

さて又、我々にとって固く、緊密に見えるとことのものは、より緊密に鈎で結ばれ、あたかも枝のように深く編み固められた原子によって成りたっているに違いない。(以下略)
ルクレ―ティウスは共和政ローマ期、紀元前の人物です。サイエンスが無かった時代に原子的な発想で自然界を解明しようとしています。今から2000年以上前の人間は、化学という学問は無かったはずですが、原子という立場で物事を観察しているので驚きです。
人間の想像力ってすごいなぁ…
3、おわりに
上記のようにまとめると、勉強の動機は意外と単純な気がします。興味の幅を広げることが一つのコツなのかもしれません。ここまで読んでいただきありがとうございました。これからも何か参考に記事を投稿していくので、よろしくお願いします。