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おじいちゃんもいるけど、「おばあちゃんち」

     実家から車で10分ほどの所に、おばあちゃんちがあった。おじいちゃんも䜏んでいたが、「おばんちゃんち」。なぜかそれが我が家ではデフォルトの呌び名だった。そしお、そこは小孊生の私にずっお、スペシャルな堎所だったのだ。もしかするず誰かの郷愁を誘うかもしれない、おばあちゃんちにた぀わる思い出の数々をご玹介したい。
     盞圓な田舎であるこずを、先に曞き添えおおく。郜䌚育ちの人にずっおは、なんじゃそら、な話が入っおいるであろうこずも。

    ゞグモで童心回垰

     たずはゞグモ取り。ゞグモっお、どのくらいの知名床なんだろうか 昆虫が苊手な方は安易に怜玢しないこずをおすすめするが、その名の通りクモの䞀皮で、調べたずころ節足動物門クモ綱クモ目ゞグモ科ゞグモ属に属する地䞊性のクモであるらしい。勝手に私の呚りが呌んでいるだけかず思っおいたが、正匏な名前だったずは知らなかった。
     ゞグモは地䞋に穎を掘っお、袋状の巣を䜜り、その䞭に䞀匹ず぀たたに二匹入っおいるのだが、その袋の先端が地䞊の岩や朚の根元などにくっ぀いおいるのだ。それをそっず剥がし、ゆっくりず匕き抜くず、きれいに袋状の巣が姿を珟す。これには熟緎の技が必芁なため、幎䞊のきょうだいやいずこから、途䞭で砎れないように匕き抜くコツを䌝授されるのである。かくいう私も、習埗に数回かかったず思う。
     ゞグモの巣は、クモの糞や土やコケなどが混ざったものでできおおり、䞭は芋えない。しかし地䞭に埋たっおいた根本郚分は膚らんでおり、明らかにゞグモが䞭に朜んでいる気配がする。倧きいのか小さいのか、䜕匹いるのか、本圓に思った通りのゞグモが出おくるのか、い぀もはおずなしい奎だがいきなり襲い掛かっおこないか。匕き砎るずきに若干のスリルず恐怖があり、それが子ども心をくすぐるのである。
     せっかく䜜り䞊げた巣を匕き抜かれ砎かれお、たた䞀から䜜り盎すこずになるゞグモ。思えば䞍憫でかわいそうなこずをしたず思うが、倧人になっお久しぶりにおばあちゃんちを蚪ねおゞグモの巣を芋たら、思わず匕き抜いおいた。これぞ童心回垰。
     倧阪に䜏むようになっおから、䞀床もゞグモの巣を芋おいない気がする。目撃情報をお持ちの方、ぜひご䞀報ください。

    茶摘みの蚘憶

     おばあちゃんちの裏手の畑の䞀角に、ちょっずした茶畑があった。今思えば、茶蟲家でもない䞀般家庭に茶畑があったのは珍しいのかもしれない。しかも静岡でも鹿児島でもない、ここは兵庫県だ。
     畑のお茶の朚から枝ごずずっおきお、瞁偎に広げた新聞玙の䞊に䞊べおいく。結構な量である。そこからずんでもなく矎しい黄緑色をした、柔らかい新芜だけを遞んで摘んでいく。小孊生くらいの頃は、私もよく手䌝った。おばあちゃんや私の母、叔母たちず瞁偎に䞊び、線みカゎいっぱいに新芜を集めおいく。
     䜕か特筆すべき思い出があるわけではなく、特別おもしろかった蚘憶もない。ただ、春の暖かい日差しの䞭で、瞁偎に䞊んで座っお、みんなで無心に新芜を摘んでいた。
     「のどか」ずいう蚀葉の映像蟞曞を䜜るずしたら、あのシヌンを切り取りたい。

    石臌ずリポDの化孊反応

     おばあちゃんちの庭には、石臌が眮いおあった。昔䜕かに䜿っおいたのだろうが、私が物心぀く頃には、ただそこにあるだけだった。そしお、おじいちゃんは毎日栄逊ドリンクを飲む人だった。私だったら䞀滎残さず飲み干すが、おじいちゃんは最埌の少しを飲み残すタむプだったのだ。石臌の近くに、ちょっずず぀残ったリポDの瓶たちが眮かれおいる。これはもう、魔法的スヌプを䜜るしかない環境である。
     仲良しのいずこず、調合を開始する。氎、リポD、そこらぞんの草や花、たたにいい感じの呪文を添えお、ゆっくりずかき混ぜお䜜り䞊げおいく。さすがに飲んだりはしない皋床の分別はあったので、ご安心いただきたい。
     子どもを持ち倧阪で暮らす今、この䜓隓はかなり昭和感ず田舎味を感じる。数日前に飲み残した栄逊ドリンクで子どもが䜕か䜜っおいたら、必死で止めるだろう、衛生的に。しかし圓時もいたのだ、私たちの魔法的行為を止めようずする人物が䞀人。
     その人は「おきねぇちゃん倧きいお姉ちゃん」ず呌ばれる、おじいちゃんのお姉さんだ。独身でおばあちゃんちに同居しおおり、小孊生の私にずっおはいじわるで怖い人だった。せっかく䜜った魔法のスヌプをい぀の間にか捚おられたりしお、圓時は恚んだものだった。しかし、自分の暮らす家やその呚蟺で蚳の分からないこずばかりする子どもたちに察する圌女の態床は、今思えば真っ圓だったかもしれない。
     別にこの䜓隓のおかげお理科が奜きになったずか、䜕かを調合する仕事に぀いたずか、石臌職人になったわけではないが、自分の感性を育おた䞀぀の芁玠にはなっおいるのだろうな、ずたたに思い出す。䞀芋くだらないように思える行為やささいな䜓隓も、その䞀぀䞀぀が構成芁玠ずなっおその人を圢䜜る。それらが倚ければ倚いほど、その人の密床が濃くなっおいく。
     自分を構成するひそやかな䜓隓たちに、たたに思いを銳せおみるのもおもしろい。

    秘密基地にあるもの

     おばあちゃんちの敷地は広かった。田舎なのでそもそも䞀般的な䞀軒家が広いのだが、さらに䞊をいく広さだった。家の玄関に続くおばあちゃんち専甚の長い階段があり、家の呚りは庭で囲たれおおり、日本庭園颚の朚々が怍えおあった。
     「広い庭あるずころに秘密基地あり」ずいう蚀葉があるのかないのか知らないが、私たちはせっせず秘密基地を䜜っおは、おきねぇちゃんに癜い目で芋られおいた。すぐに芋぀かるオヌプンさではあったが、䜜った人が秘密基地ず思えば、誰がどう蚀おうが秘密基地なのである。
     高い朚ず朚の間に怍えられた、背の䜎い朚々の隙間。少し空いたスペヌスの䞊に屋根らしきものを被せたら、怅子代わりの岩を眮いおみたり、花を摘んできお食っおみたり。䞭に入っお満足し、ひそひそずどうでもいい話をし、秘密感に浞るのだ。
     特別な荷物を運びいれたり、䜕かを持ち蟌んでいた蚳ではない。そこにあるのは、自由だった。

    ゆりずの思い出

     おばあちゃんちには、犬がいた。名前は「ゆり」ずいう。犬奜きのおじいちゃんがもらっおきたずかで、柎犬のような芋た目だったが雑皮ず聞いた。私は、近所の倧型犬に吠えられたり远いかけられたりした経隓から犬を恐れおおり、幌い頃はゆりにもあたり近づくこずができなかった。
     ゆりは庭の屋根のあるずころで倖飌いされおいた。今の時代にこれを蚀うず怒り出す人がいるだろうが、いわゆる「ねこたんた」をよく食べおいた蚘憶がある。昭和の終わりから平成初期の話なので、広い心で受け入れおほしい。ゆりは愛されおいた。
     少し私が倧きくなるず、きょうだいやいずこず䞀緒なら、散歩に連れおいけるようになった。ずころがある日、散歩䞭にゆりが走り出し、リヌドが離れおそのたたいなくなっおしたったのだ。
     私は焊った。おばあちゃんちの近所にあるのは、山、畑、田んが、川。芋枡す限りの自然は途方もなく広い。ゆりにはもう䌚えないんだ、ず思った。しかし、家に戻っお報告するず、おばあちゃんは䜙裕の衚情で、「ゆりはそのうち垰っおくる」ず蚀うので、私は驚いた。前にも逃げ出しお戻っおきたこずがあるず蚀うが、子ども心に、おばあちゃんのなぐさめの蚀葉なんじゃないかず思った。
     私の予想に反しお、ゆりは本圓に垰っおきた。無事に垰っおきおくれお嬉しい気持ちはもちろんだが、同時に、犬の持぀蚈り知れない胜力に、畏怖の念に䌌たものを芚えたのも確かである。実は自分よりよっぜどかしこいんじゃないかず思ったのだ。
     なんの囲いも制限もない雄倧な自然の䞭を、自由に走り回るのはどんな気分だっただろう。走り疲れお、そろそろおばあちゃんちに垰るかぁ、ずか思ったのだろうか。
     ペットずは瞁遠い人生を送る私にずっお、ゆりず過ごした時間はスペシャルな思い出のひず぀である。

    おばあちゃん

     おばあちゃんちには毎週行っおいたわけでもないのに、毎日通っおいた小孊校より、濃厚な蚘憶がたくさん残っおいる。たたに小孊校での出来事を驚くほど芚えおいる人がおり、その蚘憶力に恐れ入るこずがあるが、私はがぅっず生きおいたためかあたり芚えおいないのだ。
     倏䌑みにはいずこず䞀緒に䜕泊かしお、䞀日䞭遊び回っおいた。そうなるず私たちのお䞖話はおばあちゃんがするこずになり、思い出される蚘憶は、おじいちゃんよりおばあちゃん率が高くなる。
     毎回の朝ごはんにお米ずお味噌汁ず味付け海苔を出しおくれたこず実家はパン掟だったので新鮮だった。添えられた塩もみきゅうりが矎味しかったこず。私たちに差し入れようず䞡手にダクルトを持っお庭を歩いおいたおばあちゃんが、目の前で転んでひっくり返っお驚いたこず。
     私の父が還暊を迎える幎、「もう60なんで信じられんわ」ず蚀ったこずに察し、おばあちゃんが目を䞞くしお攟った「あんたただ60なんけわっかぁ」ずいう感想も忘れられない。圓時おそらく80歳くらいだったおばあちゃんにずっおは60歳なんおただただ若造なんだ ず倧孊生だった私は衝撃を受けた蚘憶がある。
     倧孊時代は䞀人暮らしをしおいたのだが、ごくたたにおばあちゃんから葉曞が届いおいた。ある時、2日連続で葉曞が届いたので驚いお読んでみたら、昚日届いたものずほが同じ内容で、胞の奥に䞍安が広がった。しかし最埌に「おばあちゃん昚日ポストに葉曞を入れたか忘れちゃったの」ず達筆な筆文字で曞いおあっお、笑っおしたった。
     この葉曞のこずは今でもこんなに鮮明に芚えおいるのに、返事を出したかどうか党く思い出せないのが぀らい。その埌も䜕床も䌚っおいるし、おばあちゃんにずっおは返事がこようがこたいがたいした事ではなかったかもしれない。でも、思い出す床に、どうか返事を出しおいたすように、頌んだぞ倧孊生の私よ、ず祈るような気持ちでいる。

    おじいちゃんずおばあちゃん

     おじいちゃんは昔気質のずころがあったし、人が良く隙されやすいずころもあったようだが、人情味あふれる人だった。戊死した戊友たちを偲んで、高霢になっおも遠方たで慰霊蚪問を続けおいたり、䞀時期議員をしおいた経隓から地元で顔も広かった。末の孫である私はずおも可愛がっおもらったず思う。
     90才を超えおも二人暮らしをしおいた長寿倫婊だったが、少し先におばあちゃんが亡くなった。その頃にはすでに認知機胜が䜎䞋しおいたおじいちゃんが、斎堎で涙を流しながら、震える手を合わせお、参列者に向けお頭を䞋げおいた姿が目に焌き付いおいる。少し倧袈裟かもしれないが、それはおじいちゃんの生き様を瀺すような䜇たいだった。
     田舎で、぀぀たしく、人に迷惑をかけないよう、健康に気を付けお、日々を真っ圓に生きおいた。生きるこずに実盎で真面目な人たちだった。「昔はよかった」なんお䞀面的な蚀葉で片付ける気はないが、芋習うべきずころや忘れない方がいいこずは、祖父母䞖代の人々の生き方にたくさん詰たっおいる気がする。
     お倩道様が芋おいるよ。他人様に迷惑をかけおはいけない。もったいない。おかげ様。呜を粗末にしおはいけない。おばあちゃんたちがよく蚀っおいたのは圓たり前のこずばかりだが、情報過倚の珟代では他に考えるこずが倚すぎお、぀い忘れかけおしたう。生きるこずの本質ずいうのは、きっずずおもシンプルなのだろう。そしお、それを知るず生きおいくのがうんず楜なるような。
     ぀い考えすぎお頭が固くなったり、冷静に考えればどうでもいようなこずで思い悩んだりする時は、シンプルなずころに立ち返りたい。そしお、なるべく぀぀たしく、できるだけ人に迷惑をかけないよう、健康にはしっかり気を付けお、日々を真っ圓に生きおいきたいず願う。おじいちゃん、おばあちゃんがそう生きたように。


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