芋出し画像

『芳枬倖―譊芖庁A皮事案シュレディンガヌの叛逆―』 ◆芗かれる偎 加害者線 【】

◆ 芗かれる偎 加害者線 【】



【】
 
 ã€€é¢äŒšå®€ã¯ã€ã„぀もず同じ癜い壁に囲たれた堎所だった。
受刑者たちのヘドロのような色ずは真反察の色に反吐が出る。

音が吞われる壁。
芏則正しく䞊ぶ怅子。
透明な仕切りの向こうに、“䟋の”男が座っおいた。
珟圚は別件で収監䞭だ。
あの事件では起蚎に至らなかったのだ。蚌拠が足りなかった。
 
だが、足りないのは「蚌拠」だけだ。

灰瀬は座り、䜐䌯は隣に立぀。
 
 机の䞊には、透明な袋が眮かれおいる。
䞭には、被害者が身に着けおいたであろうペンダントだった。
 男の芖線が、䞀瞬だけ「戊利品」に萜ちる。ほんのわずかだが、それで十分だった。

 灰瀬は容疑者の前で静かに瞌を閉じるず癜手袋越しに、“それ”に觊れるず、数々の映像が脳内に浮かび䞊がる。
「冷氎」「沈む感芚」「月の光」「小さく揺れる金属」「指先」
「倖す」「濁り」「土」「芆う」「終わらせる」
 
 蚘憶の断片はどれも短かったが、その䞀瞬だけがどれも鮮明だった。
灰瀬は目を開け容疑者を芋据えたたた、話しかける。

「氎は浅い」

 男の喉が鳎る。思いがけない蚀葉に毛穎から冷汗が染み出るのを感じる。

「  䜕の話だ」
「濁っおいた」
「  」
 
沈黙は肯定だ。  
癜い空間が、わずかに軋きしむ。

「だから倖した」

蚀葉が鋭い凶噚のように男の呜をめがけ萜ちおいく  音もなく。
しかし確実に  。

男の呌吞が僅かに乱れる。
完璧だった。誰にも芋られおいない。誰にも知られおいない。
あの倜は、自分だけのものだった。
 
なのに  
 
“倖した”こずを知っおいる ――
 顔も、名前も、芚えおいない。だが、金具の冷たい感觊だけは  「戊利品」の感觊だけは消えおいない。
 
「お前  芋たのか 」
 
目は血走り、問いかける口元はブルブルず震えおいる。
灰瀬はその問いに答えるこずをしない。
なぜなら、答えないこずが、答えになるから。

 もう䞀床、觊れる。
今床は、違うものが混ざる。
「甘い薫り」「枩かい手」「銖元にかけられる、小さな光」
 
――おかあさん  
 
声が、遠くで響く。
 
 その声ず冷氎、そしおぬくもりが重なる。
䞀瞬だけ、灰瀬の呌吞が止たる。
芗いおいるはずなのに。
芗かれおいるような感芚が身䜓を芆っおいく  。
「被害者」ず「加害者」の線が繋がった瞬間だった。

灰瀬の異倉に気付いた䜐䌯が䜎い声色で制止する。
 
「そこたでだ」

 灰瀬は、わずかに芖線を逞らすず、繋がりを切った。
そしお、埐々に灰瀬の脳内を満たしおいた氎音が遠のいお行く  。

「やめろっ」

 男の声はうわずり、既に動揺を隠しきれおいなかった。
恐怖は、怒りよりも静かに粟神を䟵食しおいく。
 
「䜕なんだ、お前は  。䜕なんだよっ 」

 灰瀬は袋を閉じる。
カチリ、ず音を立おるず加害者ずの瞁を最埌に断ち切った。
 
「圌女が  芚えおいるからだ。その瞬間を忘れられなかったからだ  」

 そう挏らした蚀葉ず共に男の瞳孔が倧きく開かれる。
自分でも分からなかった。なぜ、あの感觊だけが残っおいるのか。
それを、突き぀けられ、远い詰められ、逃げ堎がなくなる。

面䌚終了の合図が刑務官から告げられる。

 灰瀬は静かに立ち䞊がる。
去り際、振り返るこずはなかったが、それでも男は分かった。
この刑事はいせにはバレおいる ―― 
自分の䞭の、最も冷たい堎所を、無理やり共有され、奪われる。

 自分だけの秘密ではなくなった。
それは、初めお感じた未知のものに察する恐怖に他ならなかった。


――――――――――――――――


 蚌拠保管宀――

 金属棚には小さなダンボヌルに入れられた蚌拠品たちが敎然ず䞊び、番号札だけが充おられおいる名も無き被害者たちの痕跡。

ペンダントは正匏な手続きを経お元の䜍眮に戻された。
無機質で冷たい空気だけが挂うこの堎所に、感情は存圚しない。

灰瀬は䞀瞬だけ棚を芋る  。
だが、觊れるこずはない。

扉は悲しげな音を立おながらゆっくりず閉たる。

“誰か”が救いを求める聲こえず共に  。
 
 
 
【】

 足取り重く眲内の廊䞋を歩く灰瀬の前に、䞀ノ瀬参事官が立っおいた。
䞀ノ瀬は灰瀬を“A察”に匕き蟌んだ匵本人であり、灰瀬の叔父にあたる人物だった。
 
「共鳎があったな」
 
 その蚀葉はたるで探りを入れおいるような静かな問いかけだった。
灰瀬は敢えお答えない。

「お前の力は、これからも深たっおいくだろう――」

無蚀のたた通り過ぎようずする灰瀬を参事官は冷たい瞳で䞀瞥する。

「だが、繋がりは制埡しろ」

 芪戚ずいう関係は、そこに含たれおいない。無機質な正解が存圚しおいる。灰瀬は䞀ノ瀬参事官の蚀葉に小さく頷いた。それが肯定なのか吊定なのか、分からないたた。

 その倜の独房の䞭の男は眠れなかった。
灰瀬にあった盎埌から頭の䞭の氎の音が止たらないでいた。

揺れる月明り。
金具の擊れる音が、耳の奥でチリチリず軜やかな音を鳎らす。

そしおあの刑事の目だ――。

 殺した女の代匁者だずでも蚀いたいような裁きの目。
党おを芋透かしおいるように芗く、あの目。
男は䞡手で頭を抌さえる。

「  俺がやった」

誰にも聎こえない小さな声で男は呟く。
そしお蚀葉は萜ち、眪は圢を持った。
 
その日、男は任意による自癜をするこずずなる。


――――――――――――――――
 
 埌日、その知らせを聞いた庁舎の刑事たちは口を揃えおこう蚀った。

「気味が悪い  どうやっお知ったんだ」

 真盞が明らかになり事件が解決したこずに察する安堵や、被害者家族ぞの心情でもなく、灰瀬のも぀未知の胜力を肌で感じた嫌悪感だった。

気味が悪いのは、人間のほうだ  
 
 感情は、物䜓に染み蟌む。怒りも、恐怖も、執着も消えない。
だが、それが蚌拠になる。
 
そしお解決に繋げる  。それが自分の圹目であるず灰瀬は信じおいた。

もしかするず“あの倜”の“それ”も、どこかに残っおいるはずだ
 
 灰瀬が譊察に入ったのは十八歳の春だった。
譊芖庁参事官であり、芪戚の䞀ノ瀬に呌びだされた。
譊芖庁の高局階。窓の向こうに広がる灰色の街を芋䞋ろす堎所にその郚屋はあった。

「灰瀬。君の胜力は、この囜に必芁だ」

䞀ノ瀬は静かに蚀った。
圌は䞡芪の葬儀の日も、同じ口調だった。

 ただ孊生だったあの日、その惚劇を目たの圓たりにした。
家に戻ったずきには、床にはすでに冷えきった䞡芪の遺䜓が転がっおいた。
血はすでに也き始めおいた頃だった。

 灰瀬は、冷たくなった䞡芪の手に觊れる。それが初めおの“接觊”だった。
悲しみよりも、静かな殺意が心を支配したあの瞬間、様々な景色ず感情が脳内に倧量に流れ蟌んできた。

 胜力に狌狜うろたえるこずはない。これは“ギフト”だ。
恐怖はなかった。
そしおそれ以䞊の懇願もなかった。

 ただ、これを利甚し完遂する意思だけが残った。
その瞬間、灰瀬の䞭で䜕かが固定された。

 これは衝動でもない。蚈画的だ。ならば特定できる。
犯人を芋぀け出せる――

「譊察に入れ。“A皮事案察策宀”ずいう裏の郚眲がある。衚は䞀般の刑事職だが「A察」は異胜力を䜿う仕事だ」

そう蚀っお䞀ノ瀬は灰瀬に曞類を差し出した。

「お前が探しおいる“あの倜の圱”にも、い぀か届くだろう」

 灰瀬は枡された玙に目を通すこずなく、すぐさた眲名する。内容に目もくれずに。
これは埩讐のためではない。「削陀」のためだ。
人生を停止させたバグを取り陀く。
ただ、それだけだ ―― 。

 その匷い信念を心に秘め、来る日も来る日も職務に専念した。
そしお保管宀に、たた新しい箱が届く。だが、それを開いた瞬間、灰瀬の手が止たった。

『郊倖の䜏宅火灜。焌死䜓二䜓。事故』
だが内郚メモには「A皮疑い」。

「Açš® ―― 」
 
だが、蚌拠品は、焌け焊げた腕時蚈ただ䞀぀だった。そしお、メモが入っおいたのには必ず理由がある。

秘匿ずされおいる“A皮”のメモ入り  
 
 灰瀬は手袋越しに觊れる。
炎、皮膚が匟ける音、呌吞が奪われる息苊しさ。

静謐せいひ぀  。

「    なんだ 」
 
 刹那、䜕の前觊れもなく広がる柄んだ意識に灰瀬は戞惑う。

 燃え䞊がる家を芳察する芖線。焊りも興奮もない。
ただ確認しおいる男の姿。
そしお声が脳内に響く。
 
―― 完了、ず。

灰瀬の心拍数が乱れる。

たさか  あの時のアむツ犯人なのかこれは被害者の腕時蚈ではなく  犯人が故意に残した ―― 

残響が同じだった ―― 。
 あの倜、䞡芪の血に觊れたずき感じたあの透明な殺意。
党身の毛が逆立぀のを感じ、感情が荒く波打ち始める。
僅かでしかないが、確実に近づいた感芚。
止たっおいた歯車が、軋みながら回り始める。

「どうした、灰瀬」

灰瀬は顔を䞊げる。

「  生きおいる」
「誰が」
「犯人が ――䞡芪を殺害した犯人が――」

 蚀葉が、僅かに震える。
自分の声が震えるのを、久しぶりに聞いた。感情が昂るのを感じる。

生きおいる。どこかで ――。

 同じ質の殺意が、今も存圚しおいる。それは偶然かもしれない。
だが灰瀬の䞭の䜕かが告げおいた。これは線であっお点ではない。
䜐䌯は埮笑む。

「良かったな。ようやく䞀歩進んだ」

 その声音は優しい。
だが、灰瀬の胞の奥で埮现な違和感が生たれる。

「シュレディンガヌ  」
 
 「芳枬」しおいる぀もりで、「芳枬」されおいるのではないか
觊れおいる぀もりで、觊れられおいるのではないか

 箱の蓋はただ閉じたたただ。
だが確実に、䜕かが動き始めた。䞃幎前の出来事は、ただ終わっおいない。
しかし、灰瀬はただ知らない。

 自分は远う偎なのか、それずも圌犯人に育おられおいる偎なのか。
その境界は、芳枬されるたで確定しないずいうこずを  この時たで。
 
――――――――――――――――
 
 その日の垰路、灰瀬は倜空を芋䞊げる。
映像ず同じ月明りを芋䞊げおも氎音は聎こえない。

 だが、甘い匂いが、ふず錻孔を掠め残る。
自分の蚘憶ではない  はずだ。

灰瀬は静かに歩みを止める。ほんの僅かだけ、恐怖が胞をよぎる。
芗くこずは、繋がるこず。俺の身に起きた“あの䞡芪の事件”ず同じだ。
 
では、繋がった先は、どこたで続くのか

 颚がするりず灰瀬の暪を吹き抜けおいく。
冷たくもどこか甘い、匂いが身䜓に纏たずわり぀いお離れない  。

「俺はどこぞ向かいたいのか  」

そう、ポツリず呟くず気配の消えた倜の街を静かに歩いた。


次回火曜日21時数分誀差有曎新

『他人の蚘憶に觊れ続けた手が、初めお苊しみを感じた』

   ←前のペヌゞ     次のペヌゞ→
※ #創䜜倧賞2026  応募䜜品です



いいなず思ったら応揎しよう

䞃曜  PSYCHIC  MEDIUM サポヌトをありがずうございたす