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転妻日記~苦しさを楽しさに変えた私の話~

     2026年6月、私は転勤族の妻(略して転妻)になってから3回目の引っ越しを終えた。
     転妻になる以前、私は警察官としてとある都道府県に住んでいたのだが、全国転勤がある夫との結婚を機に警察を退職し、めでたく転勤族の仲間入りを果たしたのである。
     それ以降、2~3年のスパンで夫の転勤にお供している。

     もともと私の父も全国転勤のある職業で、私が幼い頃は父が転勤するたびに引っ越しを繰り返していた。
     私の生まれは千葉県だが、その後に沖縄県やら島根県やらいろいろな場所に引っ越していたので、「ご出身は?」と言われると地味に困る。
     出身とは、一般的には〝生まれた場所〟や〝生まれ育った土地〟を示すケースが多いと思うが、転勤が多いと「ここが私の故郷です!」とは断言しづらい。
     いつも「えーと、生まれは千葉県なんですけど、千葉県には1年くらいしか住んでいなくて、沖縄県は小学1年生まで。その後高校生までは島根県に住んでいたので、うーん、馴染みが深いといえば島根県かな?」みたいにアタフタしながら答えている。
     転勤族の方は、自分の故郷について聞かれたとき、一体どう答えているのだろうか。

     何はともあれ、自分自身が転勤族だったこともあり、全国転勤のある夫と結婚したときも「今まで経験してきたし、まー何とかやれるでしょ」くらいのスタンスだった。
     しかし、現実はそう甘くない。

     転勤族の大変さは人によって感じ方が異なるとは思うが、私がこれまで特に大変だったと思う点を4つ挙げていく。

    1つめ:仕事が制限される

     自分で言うのも何だが、警察官時代は一生懸命に働いていて、昇進もして、大変ながらもそれなりに充実した生活を送っていた。
     わずか8年間の勤務ではあったが、退職を決めたときには「自分の人生設計は本当にこれで良いのだろうか?」「キャリアを捨てることにならないだろうか」などと非常に悩んだ。
     警察官最後の日、警察署長から辞令を受け取る際に「これからは、いち市民として警察を応援していただけると嬉しいです」と声を掛けられたとき、「ああ、本当に終わったんだな」と喪失感を覚えた。
     辞めてからも、しばらくは後ろ髪を引かれる思いだった。

     その後、夫の転勤先で仕事を探し始めるのだが、やはり企業は2~3年という比較的短期スパンで転勤する、つまり辞めると分かっている人を雇いたがらない。
     そこで私は、場所に関係なく働ける仕事として、在宅でできるウェブライターの仕事を始めた。

     まずは、タイピングがしやすく画面も大きい18万円のパソコンを購入し、クラウドソーシングサイトに登録した。
     クラウドソーシングサイトでは仕事の受注実績がないと、なかなか次の仕事を受注できないため、はじめのうちは「初心者歓迎」の案件を中心にコツコツと仕事を受けていた。
     たとえばオススメの電子書籍サイトの紹介文を作成したり、金融系の記事を執筆したり、アニメ系YouTubeの台本を書いたり……。
     世の中にはいろいろな仕事があるもんだなーと思いながら仕事をしていた。

     今でこそ安定した収入を得られるようになったが、クラウドソーシングサイトで仕事をし始めた最初の1か月の報酬はわずか6139円。
    「1日8時間くらいパソコンの前にかじりついて作業して、たったこれだけ!? 時給換算するのが恐ろしい」というのが正直な感想だった。
     警察時代の給料からは、大幅も大幅の超ダウンである。
     「組織に頼らず自分の力で稼げた」と言えば聞こえはいいが、とてもじゃないが夫の給料に頼らなければ暮らしていけるような金額ではない。だから最初は夫の扶養に入って仕事をしていた。

     夫の扶養から外れることができたのはウェブライターとして仕事を始めて半年程度が経った頃。
     収入が安定するまでは、様々な企業に営業をかけたり、知識を磨いて自分にできることを必死でPRしたり、クライアントに原稿料の交渉をしたり、本当にあらゆるトライ&エラーを繰り返した。
     今では「在宅で仕事ができるなんてスゴいね」「うらやましい」などと言ってもらえることが増えたが、当時は慣れないことをしているストレスからか、眠れない日が続くこともあった。

     私の場合、転勤に付いていくという選択は、働き方そのものを見直すことでもあった。自分の職業がそれなりに制限され、お金を稼ぐための創意工夫と努力をしなければならなかった。
     もちろん人それぞれ持っている資格や働き方の状況はさまざまであり、転勤族の配偶者がすべてこう!と断言できるわけではない。
     しかし、やはり転勤に付いていく方で、何かしら仕事を続けたいと考えている場合は、その働き方について今一度考えてみると良いかもしれない。

    2つめ:知り合いが近くにいない辛さ

     転勤族になって辛いと感じたのは、家族や友人など、とにかく知り合いが近くにいないことである。
     警察官時代は、休みの日に友達や同僚と美味しいご飯を食べたり、レジャースポットに行ったり、外へお出かけすることも少なくなかった。
     だが、ウェブライターという仕事上、基本的に人間関係はオンラインで完結する。
     煩わしい人間関係がないのは良いことかもしれないが、やはり夫以外にお出かけする相手がいないと寂しい。
     大げさかもしれないが、転勤族になりたての頃はあまり社会とのつながりを感じられず、どこか息苦しさも感じていた。
    「どこかに出かけておいでよ」という夫の気遣いに対しても、「いや、友達おらんし……。あなたは会社の同僚がいるから人間関係ができて良いよね」などと言って、やさぐれていた。
     転勤族になって初めて、「今週末、●●に行ってみない?」とか「会っていろいろ話そう」みたいな気軽な付き合いのありがたみが分かったのである。

    3つめ:引っ越し自体がめちゃくちゃ疲れる

     当然ながら、転勤があるということは、引っ越しの準備をしなければならない。
     引っ越しに際しては、
    ●引っ越し業者の選定
    ●荷物を段ボールにまとめる
    ●不要品の処分
    ●役所での転出・転入手続き
    ●警察で運転免許の住所変更手続き
    ●ガス・水道・電気・インターネット会社の住所変更手続き
    ●社宅の清掃
    などなど、やることがてんこ盛りなのだが、とにかくこれが面倒くさい。

     自宅の荷物を段ボールにまとめ、少し移動させようと持ち上げたら、背中がビキッ!と音を立て、私は悶絶。
     調べたら、ギックリ腰ならぬギックリ背中というものがあるらしい。
     その経験から、重い荷物はできるだけ力持ちの夫に任せるようにしているが、二人とも「年々キツくなってきた」と感じている。
     荷物を段ボールに詰める際には重くなりすぎないように気をつけてはいるものの、中には引っ越しギリギリまで使いたいアイテムもあるし、荷物の振り分けはやはり難しい。

     なお引っ越しのときは、夫の勤める会社の規定で引っ越し業者の三社見積もりが必要であり、それぞれの担当者に自宅へ来てもらい、見積もり額が一番安い業者に引っ越しを依頼した。
     ところが、以前引っ越しを依頼した業者は安かろう・悪かろうの典型例という感じで、届いた段ボールはビリビリに破け、照明器具は割れ、荷物を搬入する際には何の養生もせず、家のあちこちにぶつかりまくり。
     極めつけに、エアコンが破壊されていた。某お笑い芸人の引っ越しネタかと思ったくらい。
     ちなみにエアコンは引っ越す前日まで何の問題もなく使用できていたため、絶対に「お前らが壊しただろー!」と思ったが、その証明は難しく、修理してもらうことはできなかった。
     そのときは引っ越しが7月だったこともあり、慌てて新しいエアコンを購入したものの、すぐには取り付けができず、1週間くらいは蒸し風呂のような部屋で扇風機を回しながら必死に耐えた。
     一般的に、度重なる引っ越しは家電を悪くすると言われているが、転勤のつど何かが壊れている気がする。

     また、引っ越しにともなう諸々の手続きも地味に面倒である。
     マイナンバーカードや運転免許証は引っ越しの繰り返しで、新しい住所を記載する欄がすぐに埋まってしまう。
     運転免許証は警察が裏面に紙を貼って、その紙に新しい住所を記載していくスタイルだから良いのだが、マイナンバーカードはカードの表面に機械で刻印していくスタイルなので、住所の欄が埋まれば新しいカードを発行しなければならない。

     あと、Amazonや楽天などのECサイトに登録している住所もすべて変更しておかないと、誤った住所に荷物が届いてしまう可能性がある。

     そして地域によるかもしれないが、引っ越し後のガス使用は開栓に立ち会わなければならないので、基本的に平日の日中、誰かが自宅にいなければならない。
     私のような在宅で仕事をしている者にはあまり影響がないものの、会社員や公務員の方はそのために仕事を休まなければならないので、引っ越しでバタバタする中、とても大変だろうなと思う。

    4つめ:行きつけのお店がすべてリセット

     私が転勤先で毎度苦労しているのが、美容室探し。
     別にそこまでこだわりのある髪型ではないが、やっぱりある程度技術があって、施術中のフィーリングが合う美容師さんにカットしてもらいたい。
     このフィーリングというのが意外に難しく、何件か美容室をお試ししてから、気に入った美容室に通うというのが私の定番である。
     そして気づけば、ポイントカードばかりが増えていく。

     リセットされるのはお店だけでなく、病院も一から探さなければならない。
     長年通っている病院であれば、お医者さん側もこれまでのカルテから既往症や受診歴などが分かると思うが、新しい病院は通院歴が共有されていないので、また一から説明しなければならないのである。
     引っ越し前に定期検診のため行った歯医者では、「今後のために歯のレントゲン写真を取りますね~」と言われたが、この歯医者に再び通える日は来るのだろうか……とむなしい気持ちにさせられた。
     そしてまた、診察券が増えていく。

    転勤も、悪いことばかりじゃない

     とまあ、上記のように転勤でしんどかったことをツラツラと語ったが、もちろん転勤族を経験して良かった面もいろいろある。
     次は、転勤族でプラスになった点を紹介していく。

    1つめ:全国各地の魅力を味わえる

     子ども時代を含めると、私はこれまでに8都道府県で暮らした経験がある。
     住めば都ということわざがあるように、やはり住んでみると、たとえどんな土地であっても、必ず1つは気に入る点が見つかる。
     成人してから住んだ都道府県の良かった部分をそれぞれ挙げてみると、次のような感じ。


    ●高知県
     海鮮や野菜、南国系のフルーツが美味しい。自然が多く、美しい海と川がある。特に川は底が透けて見えるほど透明度が高く、川遊びは夏場のレジャーとしてオススメ。
     県民性は明るく、外部から来た人をさらっと受け入れてくれるような雰囲気がある。坂本龍馬のようなおおらかな気風があると見た。

    ●島根県
     「影が薄い」「どこにあるか分からない」などと揶揄されがちな県であるが、日本海でとれる海鮮がとにかく美味しい。漁師さんの家で食べたイワシとイカは私の人生史上最高の味だった。イカをストーブの上で焼いて、マヨネーズと七味をかけて食べるとなお良し。
     真面目な県民性なので、大きな事件や事故が少ない。

    ●茨城県
     農業大国であり、スーパーマーケットでも地元の農産物が豊富で安い。そして納豆の産地としても有名なので、納豆の種類が多い&安い。納豆好きの私にはとてもありがたかった。道路が広くて車の運転がしやすかった。
     茨城県の干しいもはねっとり、ほくほくで美味しい。

    ●奈良県
     近畿圏へのアクセスが良く便利なのに、都会特有の喧噪がなく、ほどよく静かで住みやすかった。奈良市内でも比較的奈良公園に近いところに住んでいたので、毎日鹿の生活を見守ることができた。鹿の姿に癒やされる、まさに無料のアニマルセラピー。
     特に奈良市内の「ならまち」には数々のオシャレカフェがあり、歩いて散策するのが楽しかった。


     やはり数年単位でそこに住んでいると、短期の旅行では見えないその土地の特色が分かってくる。
     味噌や醤油といった調味料ひとつとっても、それぞれの地域で味が異なり、それぞれの良さがある。
     引っ越すまでは、「新しい土地ってどんなところだろう……」と不安に思うことも多いが、引っ越し先で食べ物や景色などのちょっとした楽しみを見つけることで、暮らしを充実させられるのではないだろうか。

    2つめ:全国に友達ができる!

     大変だった点として「近くに知り合いがいない辛さ」を挙げたが、裏を返せば、「全国に友達を作ることができる」と気づいたのが、奈良県に住んでいたとき。

     私は趣味で小説を書いているのだが、ある日もっと文章を上手く書けるようになりたい!と思い、奈良市で作家の先生が毎月開催している小説教室に参加してみた。
     初めて教室に行ったときは非常に緊張したが、「小説好き」という共通点があるためか、意外とすんなり打ち解けられた(と思う)。
     教室には大阪や兵庫など近畿圏の方だけでなく、群馬や東京、香川県などあらゆる地方から、幅広い世代(20~60代くらい)の生徒さんが来ていた。

     そして小説教室が終わった後のランチ会で、教室の方々と好きな小説について語ったり、魅力的な文章の書き方を教わったりしながら、親睦を深めていった。
     小説教室で仲良くなった方と共著で本を作って「文学フリマ」と呼ばれる読書好きのためのイベントに参加したり、時には小説教室の友達が住む地方まで遊びに行き、レンタカーを使って観光したことも。
     また、私が奈良県から引っ越すことが決まった際には、ありがたいことに送別会を開いてもらった。送別会は引っ越し前で忙しい時期におこなわれたが、そんなことを忘れるくらい感激した。

     ふと思い返してみると、大人になってから、仕事以外で初めてできた友達かもしれない。
     会社の同僚との付き合いや、社宅のご近所付き合いとも異なり、趣味でつながった方々だからこそ、より楽しい付き合いができたように思う。
     今でも小説教室の方々とはメッセージでのやりとりが続いていて、私が関西地方へ行く際には、また小説教室に顔を出してみようと考えている。

    3つめ:自分自身の成長につながる

     生活に変化があるということは、それに逐一適応していかなければならない。
     私は転勤がきっかけでウェブライターという、これまでとは全く異なるジャンルの仕事に挑戦できたし、自分の力で「お金を稼ぐ」経験を積めた。きっと転勤がなければ、ウェブライターとして働くことはなかっただろう。

     引っ越しに伴う諸々の手続きも、今では頭の中にチェックリストができているし、引っ越しの計画や段取りも今ではお手のもの(おそらく)。
     気づけばスマートフォンの地図アプリで、役所やスーパーを探すより前に美味しそうなご飯屋さんを「行ってみたいリスト」へ保存するくらいには、気持ちの余裕がある。

     引っ越し自体は大変だが、転勤のたびに少しずつ適応能力が上がり、突然夫に転勤を告げられても、あまり動揺しなくなっている自分がいる。
     転勤を通じて、何ごとにも動じない心が培われているのかもしれない。

    4つめ:話のネタになる

     こうやってnoteに書き記しているように、転勤族として経験してきたことはすべてがネタの宝庫になる、という精神で過ごしている。
     上に挙げた引っ越しにまつわるトラブルについては今では笑い話だし、私の定番トークの一つである。

     また直接転勤とは関係ないが、私の住んできた社宅では住み始めると、なぜか水回りのトラブルに見舞われる。
     茨城の社宅ではトイレから水漏れ、奈良の社宅ではキッチンの水道から水漏れ、そして現在住んでいる宮城県の社宅ではシンク下の配水管から水漏れ。とにかく水漏れしすぎ!
     社宅だと空室状態が長いケースもあるので、それで装置が劣化して水漏れを起こすのかもしれない。
     なんだかもう水漏れは慣れっこで、水道からチョロチョロと水が漏れ始めても「ああ……またか。さっさとタオル敷いてク〇シアン呼ぶか」と諦観の境地に至っている。
     こういう話を家族や友達にすると、驚かれると同時に笑ってもらえるので、トラブルも幸せを生む種になる気がする。

    5つめ:はかどる断捨離

     基本的に荷物の量に応じて、引っ越し代金も変わってくる。
     当然、荷物が多ければ輸送料が高くなるし、その逆も然り。
     そして荷物が少ない方が、荷造りをするときに腰や背中を痛めにくい。

     だから私たち夫婦は転勤が決まると、あまり着なかった服や読まなくなった雑誌など、あらゆる物を断捨離している。
     一般的に、増えすぎた荷物を捨てるタイミングを決めるのは難しいというか、どうしても後回しになってしまうケースも多いと思うが、転勤が決まれば強制的に断捨離イベントが発動する。
     毎度引っ越し業者の方には「荷物少ない方ですね~」と言っていただけるし、今年6月に奈良県から宮城県へと引っ越しした際には、引っ越し代金が11万円程度まで抑えられた。
     転勤を良き断捨離タイミングとして、活用してはいかがだろうか。

    転勤族を楽しむマインド

     転勤族になりたての頃は、仕事は上手くいかないわ、知り合いもいないわで気持ちが沈み、「なんでこんな思いをしなきゃいけないんだろう」と心の中で悪態をつくことも少なくなかった。
     
     転勤先の茨城県で悶々とした日々を過ごしていたある日、東京に住んでいる学生時代の友達から、「久々に会わない?」とのお誘いがあり、電車を乗り継いで会いに行った。
     彼女は私が島根県に住んでいた中学生時代からの付き合いで、東京では一緒に観光名所を回りながら、お互いの近況についてたくさん語り合った。
     その日は本当に本当に楽しくて、丸一日一緒にいたのに、全然時間が足りないくらいだった。彼女と別れ、帰りの電車で窓の外を眺めながら、自然と「また会いたいなぁ」という言葉が漏れた。
     そしてふと、「友達が近くにいないなら、自分が会いに行けばいいじゃん」ということに気づいた。
     今考えれば当たり前のことなのだが、当時はふわっと視界が開けたように感じる出来事だった。

     それまでの私は、自分の意思で転勤に付いていくと決めたにもかかわらず、「転勤族の自分はこんなにも苦労しているんだ。しんどいんだ」「なんで私が仕事を辞めなきゃいけなかったんだ」などと不平不満ばかり、他責思考だった。

     でも東京で友達と会ってから、今が不満なら自分が行動すれば良いし、今が面白くないなら楽しいこと、もっと自分が幸せと思えることに目を向ければ良いと思えるようになった。

     ここまで読んでいただいた方は気づいたかもしれない。
     大変だった・しんどいことは、捉えようによってはプラスにもなるのだと。
     自分の仕事が制限されることは、新たな仕事に出会えるチャンスかもしれない。

     家族や友達が近くにいないなら、新たな交友関係を作るチャンスかもしれないし、思い切って家族や友達のところまで旅行しにいくタイミングかもしれない。

     繰り返す引っ越しは、自分の経験値を高める良いきっかけになるかもしれない。自分の対応力・適応力を引き上げる機会になるかもしれない。

     新たな土地で、美味しいものや素晴らしい景色、優しい人々に巡り会えるかもしれない。そこで、人生が変わる出会いもあるかもしれない。

     すべては自分の考え方次第。
     今では自分が積み重ねてきた経験や日々が、まったく無駄ではなかったと確信している。
     転勤先で美味しいお店を探したり、新しい世界に飛び込んでみたり、漫画の聖地巡礼してみたり、ときにはボーッと過ごしたり。
     そんな風に日々を過ごしながら、転妻こと私・七季ハルは今日も元気でやっています。

     転勤はこれからも続く。
     荷造りに追われ、「やっぱり転勤なんて嫌だ!」と気持ちがささくれ立つ日もきっとあるだろう。
     それでも、私は次の街との出会いを楽しみにせずにはいられない。

     
     
    転勤族の妻。元警察官ウェブライター。 noteで読書/ダイエット/資産形成/勉強などの記録をつけています☺️ Amazonのアソシエイトとして、七季ハルは適格販売により収入を得ています。

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