
葛飾北斎と私
これは、年齢の話。
今還暦で初老になった私は。
小さい頃から気力だけはあったけれど、思うほど体は動かず。
大きくなっても体は自由がきかず、まあ、精神と肉体のバランスが取れていなかった感じで。
今は加齢で体の自由がきかなくなってきている。
「70歳からガクッとくるわよ」と言うのは70歳超えの方から聞いた話で、戦々恐々となりながら還暦になって、生まれなおしているこの頃なのだ。
「私は60歳だから…」と言ったら、ある人に
「僕は78才だけど新しいことを始めるよ」と言われた。
なるほど…
最近気になっているのは葛飾北斎の話だ。
これによると北斎は60歳くらいから新境地に入ったらしい。
世界で最も有名な日本人である北斎が絵師として広く認知されるようになったのは、40〜50代になってから。世界的にも知られる彼の代表作『冨嶽三十六景』は、じつは70歳を過ぎてからの作品なのだそうだ。
ここに北斎の思いが書いてある。
己(われ)六才より物の形状を写(うつす)の癖ありて
半百(はんぴゃく)の此(ころ)より数々画図を顕す(あらわす)といへども
七十年前(よりまえに)描く所は実(まこと)に取るに足(たる)ものなし
七十三才にして稍(やや)禽獣虫魚(きんじゅう・ちゅうぎょ)の骨格(こっかく、)草木(そうぼく)の出生(しゅっしょう)を悟(ご)し得たり
故に八十六才にしては益ゝ(ますます)進み九十才にて猶(なお)其(その)奥意を極め
一百歳にして正に神妙ならん歟(か)
百有十歳にしては一点一格(一画)にして生るがごとくならん
願くは長寿の君子(くんし)予(よ)が言の妄(もう)ならざるを見たまふべし
画狂老人(がきょうろうじん)卍述(まんじにじゅつす)
これを現代語訳するとこうなるという。
【意訳】私は6歳の時から、物を描き写すのが好きでした。
50歳ごろから世の中に浮世絵を出すようになったものの、70歳より前に描いた絵は、正直ロクなもんじゃありません。
73歳になって、少しは動物や植物の姿がつかめるようになりました。この調子で行けば、86歳でようやく一人前となり、90歳で絵の何たるかを理解できることでしょう。
そして100歳で神妙の域に達し、110歳まで生きられたら、筆先の一点一筆に生命が宿るはずです。
なので長寿の神様、お願いですから私にそれだけの寿命をお与えください。そうすれば、いま私の言ったことがホラでないと証明できるでしょう。
以上につき、画狂老人が大真面目(※)に述べます。
そんな思いを抱えながら北斎は90歳で没した。
その当時の平均寿命は35歳くらいだったという。
当時としては永い寿命。けれど北斎は無念だったのではないか。
北斎は天才だから、私と比ぶべくもないのは分かってるけど、これはきっと気力の話。
老いてからどう生きていくかの心構えの話なので、私やあなたにも関係のある話だ。倒れる時も前のめりに倒れるのは司馬遼太郎「龍馬がゆく」の話だったか。あれは龍馬が言ったわけではなくて、作者司馬遼太郎の話だと誰かが言っていた。



今日は雨が降って、モノクロな気分。
こんな日はスマホの中の写真を整理するに限る。
ついでに、前に撮影した写真をモノクロにしてみた。
どんどん年齢を重ねてできなくなっていくなら、今のうちにできることだけしよう。
それで本当に何にもできなくなったら「休暇」のようにすごそう。
人を撮影するのが好きだけれど、正面から撮影するのはやっぱり怖い。

サルなら大丈夫なのに。それも望遠だしな。
今から少しずつでも大人になっていこう。
写真展やります。
