
卒業は、ライブが終わってから始まる。
以前、推し活について書いたら
「卒業」について質問された。
今回は、私なりの「卒業」との向き合い方を
書いていこうと思う。
アイドルの卒業をどう受け入れるのか。
卒業とは“喪失”だ。
これまで、私は推しの卒業を幾度となく乗り越えてきた。
推しメンはいるものの、基本はグループを箱推し。
だから、誰が卒業しても寂しい。
急な卒業発表に備え、
推し活の距離感は70%くらいを意識している。
100%好きにならない、という意味ではない。
“いつか卒業する”という現実を、
心のどこかに置いておくためだ。
自分なりの防衛策。
防衛策を取っていても、
推しの卒業の喪失感は避けられない。
卒業は、新たなスタートであり門出でもある。
「笑顔で送り出そうじゃないか!」
そんなマインドになろうと努力する。
(本当はめっっっちゃ寂しいよ!!!!!!)
卒業発表から卒業コンサートまでの期間は、
推しと一緒に全力で駆け抜けたいと思う。
私は特別何かをするわけじゃない。
それでも、とにかく一緒に駆け抜けたい。
卒業の日に100の寂しさが待っているとしたら、
その寂しさを毎日少しずつ受け取っていく。
そうすることで、
寂しさを小分けにしているのかもしれない。
意外なことに、
卒業コンサートではあまり泣かない。
ちゃんと笑顔で見送れていると思う。
それにしても、
卒業する人って、
どうして卒コンで全ての最高値を叩き出すのだろうか。
信じられないくらい、
可愛くて、綺麗で、ピカピカしている。
泣いてる場合じゃない。
1分、1秒たりとも目を離したくないのだ。
卒コンは笑顔で送り出せる。
「卒業」は翌日から始まる。
卒業コンサートが終わってから1週間ぐらいは、
心にぽっかりと穴が空いたような感覚になる。
なんとなく無気力だ。
私は無理に立ち直ろうとはしない。
私の推し活仲間の先輩は、
推しが卒業をしてからウクレレを始めた。
なぜウクレレだったのかは、よく分からない。
でも、ウクレレで推しの卒業ソングを弾けるようになり、
そこから色んな曲にも挑戦している。
何かを始めることで、心の穴を埋めようとしていたのかもしれない。
それとも、
推しの曲を弾くことで、
卒業した後も、一緒にいる時間を作っていたのかもしれない。
その答えは分からない。
でも、それもまた、
その人なりの喪失感との向き合い方なのだと思った。
人によって、喪失感との向き合い方は違う。
私は、気づけばちゃっかり次の推しを見つけている。
推しが抜けたグループを見て、
自然と目で追うメンバーがまた現れる。
そのことに気づいた時、
「あぁ、この人が今の私を支えてくれているんだ。」
と思う。
でも、それは前の推しを忘れたわけじゃない。
「アップデート」ではなく、
自分の中に、新しくフォルダを作るような感覚だ。
卒業コンサートが終わっても、
私の卒業はそこで終わらない。
心の中に残したまま、
少しずつ前へ進んでいく。
卒業は、失うことではなく、
大切な思い出を抱えたまま歩き出すことなのかもしれない。
だから私にとっての卒業は、
ライブが終わってから始まる。