
タイ式、愛のLINE誤爆事件
わたしはタイ人と結婚している。
「え、なんでタイ人なの?」友人や知人に聞かれる中、結婚生活は始まった。2008年にバンコクに移住し、いまでは子どもが2人いる。
なぜタイ人と結婚したか。100回以上聞かれた質問だ。でも、それより重要なのは、結婚後「新規プロジェクト」が始まっているということだ。
それは、タイ人男性と日本人女性のカップルの中でNo.1になること。
何をもってNo.1と言えるのですか?理屈っぽい人はきっとそう尋ねるだろう。それを目指したいと思ったので、目指しますというだけ。説明が難しいものこそ「天から降りてきた言葉です」といって次に行くのがいい。
数年前、そんな我が家にドえらい事件が起こった。
夫が初めて、わたし宛てにタイ語でLINEを送ってきたのだ。
わたしたち夫婦の会話は英語なので、これまで夫がタイ語でLINEをしてきたことは過去に一度もない。いつも100%もれなく英語だったのに、急に【タイ語】のご登場である。これが何を意味するか、分かる人がいるだろうか。
つまり、そのLINEは、わたし宛てではなかったのだ。
間違いなく、誤送信であり、俗にいう誤爆事件だった。
いや、ただタイ語というだけで、そう断定するのは早いかもしれない。きっと、タイ人の誰かとの仕事の話だろう、と、静かにスルーしそうだったのだが、よく見ると
愛するほにゃららへ。・・・は、4時だったけど、5時になるから。
タイ語が完ぺきではないのに、その部分だけ、なぜかしっかりと読めてしまったのだ。
(愛するほにゃらら・・・って、誰?もしや、見てはいけないものを受け取っちゃいました・・・?)
その時、わたしは仕事中で隣には日本からの出張者がいた。車の中だった。めちゃくちゃマジメな仕事の話をしている傍らで、スマホに目をやった時のことだ。
それ以降、頭は思考停止した。まともに機能せず、真っ白な状態。これって、もしや・・・と妄想ワールドにぐんぐん入っていった。
タイ人男性と日本人女性カップルのNo.1を目指してる場合じゃない。それどころか、離婚秒読みの2人だった。。。そういうことだったり、する?
わたしはまず、深呼吸をする。心臓はドキドキと音を立て飛び出しそうだ。
次にやるべきことは一つしかなかった。覚悟を決めて夫へ返信することだ。冷静に、冷静にと、こころのなかで祈りながら。隣に人がいるので、顔だけは平静を装う。急にここで取り乱してはいけない。
少しだけ余裕のある妻を演出するため、絵文字をつけよう。本当は全然、絵文字の気分ではないのだが、、、
「ハロー・・・!こちらのメッセージ、誤送信じゃ、ないかしら?」
Hello! Is this for me?
タイ人の夫がいる日本人女性の先輩から、こんな話を聞いたことがあった。その先輩にはタイ人の夫がいて、妻に隠したいことがあるとタイ語にする、と。
その話を聞いた時「え~、そんなことあるんですか~」なんて、呑気に言っていた。今回、もしやそれなのか?それにしても妻に誤送信しちゃうのは、世界一のミステイクであり、間違い中の間違いである。
その数秒後、夫からしれっと返信が来た。
「誤送信じゃない。キミに送ったんだよ」
This is for YOU!
しらを切るつもりなんだな・・・開き直ることにした感じ。こちらがどうせ読めないと思って。
なんだか悔しかった。タイに住んでいるのに。タイ語を学んでいるのに。いざという時に、夫の国の言葉すら自分で読めないのか?
読めないから、想像する。
読めないから、勝手に傷つく。
その悔しさと怒りが、胸のあたりから一気に込み上げてきた。
その時だった。
不思議なことに、さっきまで記号のように見えていたタイ文字が、急に一つずつつながって見えた。パズルのピースが、カチッ、カチッとはまっていくみたいに。そして私は全文を解読することになった。
愛するハニーちゃん、今週末の日曜日のタイ語レッスンは、タイ語の先生の都合で、いつもの午後4時から午後5時に変更ね。
・・・・そ、そーゆーこと?!
当時、わたしは毎週日曜午後4時に自宅でタイ語レッスンをしていた。タイ語の先生は長女にも教えていたので、自分の予定を夫に先に知らせることがある。
いや、でも。その後夫に抗議した。
「あのさ、なんで急にタイ語で送ってくるわけ?」
すると夫は言う。
「キミのタイ語力向上のために決まっているだろう」
いやいやいや。そういうことなら、先に言ってほしい。「今日からタイ語で送るね」とか「練習のためにタイ語にするね」とか。せめて一言、予告がほしい。
夫はさらに言う。「突然だからいいんだよ。抜き打ちテストみたいに」私はもう何も言えなかった。
結婚して何年か経つと、相手のことをかなり知った気になっている。もう何もかも知った気になったりするくらいだ。
でも、そんなことはない。たった一通のLINEで、まだ夫の母語を使いこなせていないことが露呈した。まるでわかってないと思い知らされた。私は自分の未熟さを認めるしかなかった。
人はすぐ不安になる生き物だし、勝手な想像で頭を埋めつくしてしまう。そして、その想像や妄想はたいてい、平和な方向には進まない。
「愛する〇〇」という言葉ひとつが、ベクトルを間違えると恐ろしくとんでもない方向に進む。それは自分に向けられたものであったにもかかわらず、他人に向いていると思い込んだ、想像を絶する自分の勘違い力。なんだか自分にも腹が立つ日だった。
国際結婚は、一見ロマンチックなラブストーリーに見えることもあるかもしれない。異なる文化の中で暮らし、毎日が新鮮で刺激的に見えるかもしれない。実際は、もっと地味で、もっと面倒で、おかしなことにまみれている。
数々の事件を経て、少しずつ相手の世界や文化や習慣を覚えていく。読めなかったものが、ある日、急に読めるようになる。わからなかったことが、数年後、笑えるようになる。そうやって夫婦は、何年経っても、まだお互いを理解し合うという道の途中なのだと思う。
あの日、夫から届いた初めてのタイ語LINEは、かなり乱暴なタイ語練習問題だった。わたしは車の中で小さなドラマをひとつ作ってしまった。
ちなみに結婚18年の今も、タイ語をマスターしたとは言い切れない。でも、それでいいのかもしれない。未知の部分があるから、タイ生活も夫婦も、開拓の余地を残している。それが長年結婚していてもなお、相手と一緒にいる好奇心のかけらになる。
タイ人男性と日本人女性のカップルの中でNo.1になるという謎の目標も、まだまだ道半ばだ。来年は2人して50代に突入する。この先もNo.1を目指すという目標は、わたしたちユニットの成長戦略であり続ける。
田中なな