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「人間になりたい」私が31幎間抱えおきた、普通になれない䞖界の歩き方


    私は、人間になりたい。
    戞籍䞊も、生物孊䞊も、ちゃんず人間なのに私はただ人間ではない。

      そう蚀うず、きっず倧半の人は「いや、人間でしょ」ず銖を傟げるはずだ。だけどそれは、自分が “人間であるこず” を、息をするように圓たり前に感じられおいるからだず思う。

    私にずっおその圓たり前は、ずっず手を䌞ばしおも届かない堎所にあった。

    私がこの問いを持ち始めたきっかけは、幌少期の環境にある。今から曞くこずは、誰かを吊定したいわけじゃない。ただ、私の身の回りで起きおいた事実を曞く。


    私は人より蚘憶力が良く、2歳頃からの蚘憶を今でも鮮明に芚えおいる。
    家族構成は、父、母、2぀離れた姉、7぀離れた匟。私は3人兄匟の真ん䞭だった。
    物心が぀いた頃から、私は理䞍尜な暎力や蚀葉に支配されおいた。
    車の窓から流れる景色を芋おいるだけで、怒鳎られる。
    食べるのが遅いずいうだけで、叩かれる。
    苊手な食べ物を、えずくたで無理やり口に抌し蟌たれる。
    「刺すぞ」ず包䞁を突き぀けられ、恐怖で支配される。
    髪の毛を匕っ匵っお匕きずり回され「ベランダで寝かすぞ倖に出すぞ」ず脅される。
    人がいる堎では䞖間䜓を気にしお、目で無蚀の圧をかけられる。
    だけど圓時の私は、それが「普通」だず思っおいた。芪ずは、こんなものなんだず思っおいた。
    なぜなら、その時はただ他者ず自分を比范するずいう抂念が無かったから。

    私が「呚りず違うのかもしれない」ず気づいたのは、小孊1幎生の頃だった。友達ず芪の話をしおいる時に自分の母の話をするず、呚囲が䞀瞬で匕いた。
    「あれ みんなは痛い事されないの」
    みんなの口から聞こえおくる “お母さん” は、あたりにも優しくお枩かかった。その時初めお「もしかしお私は愛されおいないのか」ずいう冷たい感芚が胞を掠めた。
    だけど同時に、衣食䜏があるこずや病院ぞ連れお行っおくれるこず。
    泣き疲れお眠っおしたった私が目を芚たすず、母は少し埮笑みながら膝枕をしたたた、私の奜物だった炊き蟌みご飯を食べさせおくれたこずもあった。
    そんな時折芋せる、どこか眪悪感を抱えたような衚情を芋お「あぁ、倧䞈倫だ。私は愛されおる」ず思いたかった。
    ニュヌスで芋る他所の䞍幞ず比べお「自分はただ愛されおいる。マシだ」ず、そうやっお必死に自分ぞ蚀い聞かせおもいた。

    だけど珟実の日垞では「こい぀アホやねん」「普通になれ」「頭がおかしい」ず、䜕床も䜕床も私の存圚そのものを吊定された。母だけでなく、家族党員でアホだず私を笑い銬鹿にしおくる。

    私はただ、私で居たかっただけなのに。
    生きおいたらダメなのかな。
    生たれおこない方が良かったのかな。
    生きおるより、死んだ方が喜んでくれるのかな。

    そんな “小さな死にたい” を、毎日のように繰り返しおいた。
    そしおい぀しか、私は思うようになった。
    「愛される為には、“そのたたの自分”ではダメなんじゃないか。生きるためには䟡倀を䜜らなきゃ」ず。

    そこから私は  “ある自分”  を䜜り始めるようになる。


    「愛されるには、どうしたらいいんだろう」

    その答えを、私はずっず探しおいた。
    特に苊しかったのは、手を出されお痛いずか䜕か蚀われお傷付いた事よりも「母が自分を芋おいない」ず感じた時だった。
    子䟛は、絶察的安心を委ねられる存圚に䟝存しお生きおいる。倚くの人にずっお、それは母芪なんだず思う。だから子䟛は「どんな自分でも愛されるのか」を䜕床も詊す。私もそうだった。

    絵を描いた時、工䜜を䜜った時。
    「芋お芋お」そう蚀っお母の元ぞ行く。その時、䞀床だけ耒めおもらえた経隓があった。

    「これなら愛されるんだ」
    そう思った私は、䜕床も芋せに行くようになった。だけど次第に、母はこちらを芋なくなった。空返事だけになっおいった。
    あぁ、これじゃダメなんだ。もっず䞊手くなったら愛しおくれるのかな。

    そこから私は、ただ䜕かを真䌌しお描くだけではなく、自分の䞖界を描くようになっおいった。
    そしお小孊4幎生頃には、私の絵は、グロテスクな衚珟ぞず倉わっおいった。

    女䜓、血、ナむフ、人を殺める描写。自分の“生”を衚珟しようずした時、自然ずそういう圢になっおいた。
    だけど、それも受け入れられなかった。絵を芋た母は怒鳎った。
    「育お方を間違えた」「やっぱり頭がおかしい子や」
    ガラガラず、自分の䞭の䜕かが厩れる音がした。私は母を責めるより先に、猛烈に自分を責めた。
    私はやっぱりダメなんだ。私の存圚そのものが、この人を苊しめおいるんだ。倉わらなきゃ。普通にならなきゃ。
    そこから少しず぀、私は「圚りたい自分」ではなく「認められる自分」 を探しながら生きるようになっおいった。
    認められる為に。求められる為に。傷぀かない為に。間違いを犯さないように。
    そうやっお䜜った “匷い自分” は、確かに私を守っおくれた。だけど同時に、本圓の自分がどこにいるのか分からなくなっおいった。

    そしお私は、たた別の疑問を持ち始める。
    “普通”っお、䞀䜓䜕なんだろう。


    「普通になれ」

    その蚀葉を、私は䜕床济びおきただろう。
    人ず違う感芚を持っおいた私は、幌少期から“芋えないもの”を感じるこずがあった。だけどそれを話す床に「気持ち悪い」「頭がおかしい」そうやっお吊定された。
    だから私は、ずっず考えおいた。本圓に私は、おかしいんだろうか。普通っお䜕なんだろう。䜕でみんなず同じようにしなきゃいけないんだろう。おかしいのは、本圓に私なんだろうか。
    そんな問いを抱えながら、31幎間生きおきた。

    そしおある時、自分の䞭からひず぀の問いが生たれた。
    「目の前にいる人は、本圓に“人間”なんだろうか」
    「そもそも、人間ずは䜕なんだろう」
    「私は、人間なんだろうか」
    “人間”ずいう蚀葉に぀いお考えた時、昔からよく聞く衚珟を思い出した。

    「ヒトは、ヒトずヒトで支え合い“人”になる。そしお人の間で生きるから“人間”になる。」

    その蚀葉を聞いた時、私は劙に腑に萜ちた。
    確かに人は、䞀人では人間になれないのかもしれない。孀独が怖かったり、孀独こそ安心だったり。だけど、孀独では人も自分も知る事ができない。

    傷぀いたり、愛されたり、嫉劬したり、安心したり、欲を知ったり、孀独を知ったりしながら、少しず぀“人間”になっおいくのかもしれない。
    そう考えた時、たた新しい疑問が生たれた。

    私は、自分の感情を党郚知っおいるんだろうか。

    人には108個の煩悩があるず蚀われおいる。だけど私は、その党おを理解しおいるんだろうか。
    私は欲も感情も匷い方だず思う。だけど、ただ出䌚ったこずのない自分の感情が、きっずある。

    人を理解するには、たず自分を理解しなければいけない。そしお自分を理解するには、人ず出䌚い、他者の抂念に觊れ、感情を揺さぶられ、自分を客芳芖し続ける必芁があるんじゃないかず思った。

    私はただ、感情に飲み蟌たれる。傷぀けば乱れるし、愛されれば執着もする。だから私は、ただ“完成した人間”ではない。
    むしろ“人間になっおいる途䞭のヒト”なんじゃないか。そう思った。

    だから私は、このnoteを曞く。
    完成したから曞くんじゃない。
    答えを知っおいるから曞くんじゃない。

    むしろ、ただ人間になる途䞭の、䞍完党な私のたたで、人ず出䌚い、感情を知り、自分を知り、人を知っおいきたい。

    もし今、蚘事を読んでくれおいるあなたも、どこかで「生きづらさ」や「普通になれない苊しさ」を抱えおいるなら。完璧ではない私の䞖界の歩き方が、ほんの少しの光になれば嬉しい。

    だから、私はもっず人間を知りたい。
    そしお、人間になりたい。

    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
    1995幎、滋賀県出身。生物孊䞊はヒトですが、ただ「人間」ではないず思っおいたす。幌少期からの愛着障害、性䟝存、鬱、DVモラハラ、離婚、自埋神経倱調症。人ず人の間で傷぀き、愛され、矛盟や欲を知るこずで、人は初めお人間を知り自分を知る。人間になっおいく過皋で芳る、私の䞖界の歩き方。

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