
名曲考察教室「君は天然色」のこと
NHKの番組「名曲考察教室」が月に一回レギュラー放送することになったらしい。
昭和・平成の名曲の歌詞を“令和の感覚”で読み解き、新しいミュージックビデオを作って楽しむ音楽バラエティー。レギュラー放送初回は伝説のミュージシャン大滝詠一の「君は天然色」を考察する。明るいメロディーに秘められた切ないメッセージとは…。お笑いコンビのマユリカと日向坂46元メンバーの松田好花が、笑いあり涙ありの熱血プレゼンを披露。さらに作詞を手がけた松本隆が大滝との秘話を明かす【司会】設楽統、浅野里香
これまでの特番でも、いろんな名曲に考察を行い、それを映像化する形でMV作成が行われてきた。
そのレギュラー放送の初回が「君は天然色」というのも気合を入れてきたなという感じがする。ついこの間、ETV特集の「POP 大滝詠一 幸せな結末」の再放送を見たばかりだったので、より期待が高まる。
マユリカさんの考察に自分も共感するところがあって、メロディの華やかさと裏腹に歌詞にやや影のような暗さがある。
「想い出はモノクローム」とか「夢まくら」とかの部分には、死の気配すら漂う。
そして番組内でも作詞の松本隆さんが語っていたが、妹さんが亡くなったときに作られたものだという。その話題も含めて、Wikipediaにもこの曲を作られた時の話が書かれていて、松本さんと大滝さんの関係性を垣間見ることができる。
ETV特集のPOPの方では、『幸せな結末』の収録の音源も公開されていて、曲ができるまでの背景から、その収録の様子が音を通して伝わってきた。アナログの人間が演奏するからこそ得られる良さが、今も人々の心を打つのだろう。
MVを作ることはできないけれど、自分なりにこの曲を解釈しながら物語にしてみようかと思う。歌詞のまとまりに呼応するように文章を書いていくスタイルで。もちろん歌詞から想像を膨らませて書いたので、解釈が違うという人もいるかもしれないけど、もし良ければお付き合いください。
可能なら、曲を流しながら。
君は天然色
くちびるつんと尖らせて
何かたくらむ表情は
別れの気配をポケットに匿していたから
作曲 大瀧 詠一
これは私の人生の走馬灯である、というと大げさだろうか。
昨日、夢に君が出てきた。学生服を着た、若い頃の姿で。
くちびるをつんと尖らせている。何か考え事をするときの癖だ。
「人って死んだらどうなるんだと思う?」
あのとき何気なく聞かれた言葉を、こんなに何度も思い出すとは自分でも思っていなかった。ついに夢にも出てきたか。
「死んだら終わり。どうもこうもないよ。」と僕は答えた。あのときもそうだった。
無だ。何も残らない、それで終わり。そのときは本当にそう思っていたから。ロマンティックさの欠片もなく、心臓が止まって、脳が動かなくなって、それでおしまいだと思っていた。
そのときは彼女が隠しているものを何一つ知らなかったのだ。
あれは6月くらいだっただろうか。学校のプールを掃除することになった。体育委員か何かの当番に当たっていたのだ。
水がほとんど抜かれたプールはぬるぬるしていて、そこにサイズの合わない掃除用長靴で入った。デッキブラシで底をこする。よくわからない虫がいっぱいいて、鳥の羽やら糞やら泥やらがごちゃまぜになって溜まっている。プールの掃除というと、何かもっとキラキラしたイメージがあったのだが、全然そんなことはなかった。
プール掃除のメンバーの中に君もいた。ブラシで底を磨いている僕に、プールサイドからホースで水をかけてくる。人にいたずらをしているときが、一番生き生きとした顔をしている気がする。掃除が終わった後に手と足を洗って、プールサイドに座って休憩した。そのときにこんな話をした。
「そういえばプールの授業はいつも見学してるよね。」と何気なく聞いたのだ。君はプールが嫌いなのだと思っていた、自分も嫌いだったから。クロールの息継ぎがうまくできないし、鼻に水が入るし、それをみんなに見られながらするのだから最悪だ。
「授業は見学なのに、掃除だけさせられるなんて、何かの当てつけみたいだよね」くらいのつもりで話をしたし、実際にそんなことも言った気がする。君はしばらく話した後、ぼそっと「人って死んだらどうなるんだろうね」と言ったのだった。
机の端のポラロイド
写真に話しかけてたら
過ぎ去った過去(とき)しゃくだけど今より眩しい
作曲 大瀧 詠一
修学旅行に行ったあと、写真の販売があった。卒業アルバム用の写真を撮るカメラマンが同行していて、教室の前の廊下に張り出された写真の番号を書いて、封筒にお金を入れて先生に渡したら、欲しい写真を買うことができる仕組みだ。
そのなかに一枚、夜のレクリエーションで顔をくしゃくしゃにして笑う君の写真があった。本来は自分が写ったものを選んで買うものなのだろうが、僕は自分の買う写真の中にその番号を紛れ込ませて提出した。その封筒を提出するときは、なんだかいけないことをしているみたいで、妙な胸騒ぎがした。
先生は枚数と金額くらいしか見ていないだろうと思ってはいたのだが、写真が返ってきたときにドキドキしながら封筒を開けた。自分が写っている写真たちの中に、君の写真もちゃんとあった。
その写真を、家の学習机の引き出しの一番上に、そっと隠しておいた。引き出しを少し引くと君の笑顔がある。いま思えば恋なのだろうが、そのときは自分の中から湧き上がってくる、得体のしれない感情に翻弄されていたのだと思う。
しばらくして写真の存在が妹にバレた。第一声は「キモッ」だった。わかっている。自分でもその自覚はあった。だから写真を買ってから家に帰るまでもそわそわしていたし、ずっと引き出しに隠していたのだ。妹は2歳年下で、君とは仲が良かった。
そして、まず両親に写真のことがバレて、しばらくして君にもバレた。
「私の写真、買ったんだって」とニヤニヤしながら言われた。
「写真の番号を間違えただけだ」という苦しい言い訳をしたが、完全に分が悪い。
くちびるをつんと尖らせ、少し考えたあと、
「じゃあ先生に言ってあげよっか、『番号間違えたらしいので、返金してあげてください』って」と、あのいたずら心満載のニヤニヤした目で言ってくる。
「いい写真だから、買ったんだった。」と言ってみても、もうダメだ。必死で話題を変えようとした。
すると、
「そんなに欲しいんだったら、これ。あげるよ」と言って、君が差し出してきたのが、君が写ったポラロイド写真だった。ちょうど僕の誕生日だったから、家にあったポラロイドカメラで妹に撮影してもらって用意したらしい。
妹が「誕生日プレゼントに何が良いか」と相談されたので、あの写真の話をしたとのことだった。怒ったらいいのか、喜んだらいいのか、自分でもよくわからない。
で、写真はというと、お色気ポーズのようなふざけた投げキッスをしている写真だった。半目のNG写真と、顔をくしゃくしゃにして爆笑している写真の3枚があった。
そのあとは、特に何もないまま卒業を迎えて、僕は進学のために故郷を離れた。自分のパッとしない人生の中で、数少ない眩しい日々だった。
あのときもらった写真は、本人も公認のものだからフォトフレームに入れて机の端に飾った。一人暮らしの部屋だったので、妹に冷やかされることもない。「君も、もしからしたら僕のことを好きだったのかな」と写真に話しかけてみても、返事はない。ポラロイドは少しずつ色あせていくけれど、時間が経てば経つほど君と過ごした日々は彩度を増していくのだった。
想い出はモノクローム 色を点(つ)けてくれ
もう一度そばに来て はなやいで
美(うるわ)しのcolor girl
作曲 大瀧 詠一
時間が経つと、人はいろんなものを忘れていってしまう。よく行っていた駄菓子屋が店を閉めてしまったらしいとか、母校の校舎が立て替え工事をしているらしいとか。
もはや、モノクロームの古い写真の中でしか残っていない故郷の風景のことを思うと、胸が苦しくなる。カラーの写真でも今と画質が違うので、そこでもまた時の流れを感じる。
昔も今と同じように世界を見ていたはずなのに、それを思い出す杖となる資料がモノクロや低画質だと、思い出もその影響を受けてしまう。
君の笑顔は今も写真の中にあるけれど、君はどんな声をしていたんだっけ、細かいところは記憶が薄れてきてしまう。
君がそばを通るだけで、世界がぱっと明るくなるように感じたあの日々が、とても遠くにいってしまったような気がして。
そんなことを思うのは、今の一人暮らしの生活が思っていたよりうまくいっていないからかもしれない。
朝昼晩のごはんを自分で何とかしないといけないし、外食するにしても何かを作るにしても、最初はわくわくしていたはずなのに、だんだん面倒になってきた。「自分はいま何を食べたいんだ?特に食べたいものはないけど、何か食べないとな」なんて思いながら、食べるものを決めるのすら億劫だ。
お風呂だって、親に「早く入れ」とは言われることからは解放されたが、自由に入れるようになるとどんどん時間が遅くなって、寝るのも遅くなって、結果的に生活リズムが乱れるようになった。自分のためだけにお風呂を沸かすのももったいないし、毎日シャワーも冬は寒いし。
今自分が住んでいるところには、夜のうちにゴミを捨てたらダメというルールがあるのだが、ごみの日に寝坊して捨て損ねてしまうし。
洗濯も毎日回すのは面倒だけど、溜めると干すのと畳む量が増えてつらい。シーツはどれくらいの頻度で洗うんだっけ。外に干したら、留守中の雨に困るし、部屋干しすると臭い。
床の端やベッドの下にホコリや毛がたまってきたけれど、粘着クリーナーでコロコロするのは限界が近い。掃除機を買うべきか、だが置き場がないしそんなに使うのだろうか。
帰ってきて「ただいま」と言うが、誰もいない部屋に向かって言うのは虚しい。そもそも言うことに意味があるのか。誰もいないのに。テレビを見ていても、ご飯を食べていても、言葉を発する必要はない。誰も聞いていないのだから。すると不思議と独り言が増えた。そして、君の写真に話しかけるようになった。その様子を「キモッ」という妹すら、この家にはいない。
そして、あまり何も考えずにお金を使っていたら、生活費のやりくりもあやしくなってきた。外食は高いが、家でご飯を食べたら、食器は洗わないといけないし、ゴミも増える。
そんな感じで栄養的にも衛生的にもあやしくなってきたせいもあってか、風邪をひいてしまった。一人暮らしの体調不良ほど心細いものはない。近くにある病院もよくわからないし、探す元気もないまま、部屋で一人熱を出してうんうんとうなっていた。たぶん熱は高かったはずだが、体温計も買っていなかったからよくわからない。
そんなこんなで、はじめての一人暮らしに四苦八苦していたところで、妹から連絡がきた。
君が「入院した」というのだ。
夜明けまで長電話して 受話器持つ手がしびれたね
耳もとに触れたささやきは今も忘れない
作曲 大瀧 詠一
すぐにお見舞いに行きたかったが、自分も体調を崩していたので、タイミングが遅れてしまった。
自分の体調が落ち着いてから、とりあえず君に電話した。連絡先を知っているわけだから、電話しようと思えば、いつでもできたけれど何か用事がないと電話してはいけないような気がして、今まで一度もかけたことがなかった。近くにいたときは電話せずとも顔を合わしていたし、遠く離れてからはきっかけを失っていた。
「もしもし」と言ってから、変な間が空いてしまった。慌てて「元気?」と聞いたけれど、入院していたんだから元気な訳がない。日常会話は難しい。すぐに退院したことは妹から聞いていた。
「アメリカに行きたいんだ、わたし」と君は言った。
「豪華なホテルがあって、そこに大きなプールがあってさ、海がすぐ近くにあるのに。そのプールサイドで一日を過ごすの。大きなヤシの木が生えてて、木漏れ日がプールに反射してキラキラしてるんだ。」
「水泳の授業、いつも見学してたのに?」と思ったが、言わなかった。「本当はプールに入りたかったのか」という驚きのような疑問のようなものがありながら、とりあえず相槌を打つ。
「プールに、入ったらダメなんだ私。そういう運動の制限みたいなのがあったり、一日に飲む水分の量も決まってたり、今までずっと。心臓の病気が悪化しないように、ずっと過ごしてきた。」
「えっ」と言ってしまってから、また「うん」と相槌を打ちなおす。
知っている人は知っていたのかもしれない。少なくとも妹は知っていただろうな。自分は鈍いので全然気が付かなかった。どうして自分たちの学年がずっと1階の教室だったのか。なぜいつも君は階段を使わずエレベーター移動ばかりだったのか。あれ、でも走ってるところは見たことある気もする。でも言われてみれば、やけに疲れやすかったような気もしてきた。遠足のときも、よく木陰で先生と休んでいたし。手掛かりは生活のいろんな場面で見ていたはずなのに。
気づけばずっと君が話していた。夜更かしは体に良くないんじゃないかとも思ったけれど、一日くらい良いんじゃないかと思い直して、何も言わずとにかく聞いた。
循環器に強い大きな病院が近くにあるので、病気がわかってすぐにあの街に引っ越してきたのだということも、その夜に初めて知った。
後日、君が教えてくれた病気の名前を調べたら、指定難病というものになっているものだった。医者じゃないのでよくわからないが、心臓移植を含む大掛かりな手術が必要となるらしい。でも病状が悪化しない限りは、薬を飲んで心臓の状態を保っていくことが多いようだった。
「入院して、ずっと病院で人生を過ごしたら、心臓はとても良い状態を保てるらしいんだけど、でもより良い人生を過ごすためなら色んな経験をした方が良いんじゃないかっていう考え方で、できるだけ普通に過ごしていたんだよね。もちろん制限はいろいろあったけど、でも毎日楽しかった。」
君はいつも明るくて、顔をくしゃくしゃにして笑う。だから病気という弱さや暗いイメージがつきまとうものと、うまくつながらなかった。
想い出はモノクローム 色を点けてくれ
もう一度そばに来て はなやいで
美(うるわ)しのcolor girl
作曲 大瀧 詠一
「でもさ、勉強して高校、大学と進学して。どうせ死ぬかもしれないのに、そんなことして何になるんだろう、とか。夜に布団に入って一人になると、ふと考えることもあるわけ。」
過ぎ去った日々が、ふと色を失ってしまうことがあるのだろう。病とともに迫りくる死が、影として世界をモノクロームにしてしまう。
僕は何と答えていいかわからず、何かポジティブなことを言おうと必死にしゃべった。
「死んでもさ、今の思い出や記憶が引き継がれるかもしれないよ、天国とか、何か、次の世界で」思ってもないことを口にしたのが自分でもわかる。とにかく明るく振舞った方が良いような気がした。
しばらく沈黙があって、ぼそっと君はつぶやいた。
「うそつき」
受話器越しのとても小さな声だったけれど、耳元でささやかれたように、すっと届いた。刺すような痛みが心にある。君は泣いているのかもしれない。
死んだらどうなるんだ。君がもし死んでしまったら……。
「花火みたいにさ」いつも以上に思いついたまま、僕はとにかく話していた。このまま黙ったらダメな気がして。眠気のせいもあって、冷静さを失っていたのかもしれない。
「花火みたいに今まで過ごしてきた人生が、凝縮された記憶の塊がバーンと解き放たれるんじゃないかな。めちゃめちゃ色鮮やかでさ、総天然色の映画みたいに。色とりどりに想い出が…」話しているうちに涙声になってしまって、話せば話すほど涙が我慢できなくなりそうで、ぼくは黙った。
そのとき、閉じていた目の暗闇の中で、浮かんでくる想い出のほとんどに君がいて、華やかで明るく美しいイメージだったから。それが余計に心の奥を刺激してしまうのだった。
いつの間にか向こう側からは声が聞こえなくなっていて、うっすら寝息のような音がしていた。僕は電話を切らず、窓の外が明るくなるまでずっとその音に耳を澄ませていた。受話器を持つ手がしびれたし、受話器に触れた耳に熱がこもって熱かったけど、それでもよかった。
開いた雑誌(ほん)を顔に乗せ
一人うとうと眠るのさ
今夢まくらに 君と会うトキメキを願う
作曲 大瀧 詠一
そういえば、前に君とこんな話をした。
「男の人は白黒の夢を見るんだって、でも女はカラーなんだよ」と君が言う。
僕は自分の夢がカラーか白黒か思い出そうとしたが、はっきりと思い出せなかった。
「そうかな」と答えながらしばらく考えたけれど、自信をもってカラーだとは言えなかった。
「昨日、全米No.1ビーチの夢を見てさ。どこだか分んないんだけど、白い砂浜に遠浅の青い海が広がっていて、少し先にディンギーが波の上を滑るように動いていくの。」
「ディンギーって何?」
「エンジンや船室のない小さなヨット。たぶんヨットって聞いたら、大体みんなが思い浮かべるもの」
「じゃあヨットでいいんじゃない?」
「ダメダメ、バイク(Bike)とバイシクル(Bicycle)くらい違うんだから。」
「どっちも自転車でしょ」と言って笑った。たまに変なこだわりを見せるのだ。デニムとジーパンとジーンズでもこんな話をした気がする。
ビーチリゾートで過ごす夢を見るために、海外旅行の雑誌を買って枕の下に引いて寝てるらしい。昼間に読んでて眠くなったら、顔に乗せてうたた寝することもあるらしい。
彼女曰く「最後に見たものが印象に残って夢に見やすいらしい」とのことで、今まで何度かビーチの夢を見ることに成功したらしい。
「その夢にサメは出なかった?」とふざけて聞いたら、「最悪、サメって聞いちゃったせいでサメの悪夢を見たらどうしてくれんの」と言って怒っていた。もっと素直に夢の話を聞けばよかったのに、あの頃はふざけてばかりいた。
君の寝息を聴きながら眠ったら、君の夢を見るかもしれないなと思ったけれど、疲れもあってかその日の僕は夢を見なかった。
渚を滑るディンギーで
手を振る君の小指から
流れ出す虹の幻で 空を染めてくれ
作曲 大瀧 詠一
そしてある日、こんな夢をみた。
どんよりと黒い雲が立ち込めている。
雨がポツン、ポツンと顔に当たる。
雨からピアノの鍵盤を叩く音がする。
一つ目はおでこに、二つ目は頬の少し上。
世界はモノクローム、ピアノの鍵盤みたいに白黒だ。
ふと前を見ると、少し離れたところに君が立っている。
見慣れた学生服だ。
唇をつんと尖らせるいつもの表情をした後、何かを思いついたような顔をして、僕の方に手を出して指でカウントダウンする。
3・2・1
走り出した。
僕はそれを追いかける。
土砂降りの雨が風で波打ち、
走る足が飛沫を巻き上げる。
水たまりを飛び越え、
歩道のブロックをまたぎ越えて、走る。
雨が降るほど、
足が地面につくたび、
世界が音楽で溢れていく。
今まで君がこんなに長い時間走っているのを見たことがない。
目の前で濡れた長い髪が左右に揺れている。
雨がさらにひどくなってくる。
僕は少しバランスを崩すけれど、地面に手をつき、すぐに立ち上がる。
木の生い茂る細い道、木の根のぼこぼこに足をとられながら進む。
だんだん地面が砂っぽくなってくる。
海だ。
左右どこまでも砂浜が伸びる。
こちらは雨なのに、海の方は晴れてきている。
雲が雨を含んだ黒から、
光を受けた白に変わっていき、
その先の雲の切間から光すら差している。
君は僕が追いつくのを待っていたように、立っている。
そして、砂浜の上に置かれていたディンギーを海の中へ押していく。
足、腰、身体が海の中へ入っていく。
君がディンギーにつかまって、身体を引っ張り上げるように飛び乗った途端、砂浜から追い風が吹いて、
帆が風を受け、渚を滑りだしていく。
それを合図にしたようにいよいよ雨が上がり、太陽の日差しが差し込んでくる。
君が顔にかかる髪をかき上げて、こちらに向かって大きく手を振る。
その小指から、飛び出すように大きな虹が空にかかり、
モノクロームだった世界が色づいていく。
君を中心にして色が、にじみ出てくるようだ。
空の青さ、
海の青さ、
砂浜の白さ、
海岸沿いの木々の緑。
そして、遠く去っていくディンギーの白。
白い波は青い泡を頭にのせて砂浜を滑り、
網目模様を作りながら帰っていく。
想い出はモノクローム 色を点けてくれ
もう一度そばに来て はなやいで
美しの color girl
作曲 大瀧 詠一
その翌朝、目が覚めると「君が亡くなった」と妹から連絡が来ていた。
「どんな虫の知らせだよ」と思ったけれど、君らしいと言えば君らしい。
時間の経過で薄れていた記憶が、夢をきっかけにして鮮明に甦ってきた。
君は君の葬儀で泣く人たちのことを見ることができなかった。ずっと棺で目を閉じていたから。
僕の最期もそうだろう。
誰だってそうだ。
もし死ぬ前に走馬灯のような夢を見るのなら、そこには君がいて天然色で笑っていてほしい。
おわりに
以上で、自分なりの「君は天然色」の物語はおしまい。
松本隆さんの妹さんが亡くなった話と、マユリカの二人の考察にやや影響を受けている。NHK特集のPOPのオープニングでも大滝詠一さんの写真や映像に合わせてこの曲が流れていて、とても素敵だった。
「ディンギーのアイコンから虹が出ているヘッダー画像のSNS」というアイデアも浮かんでいたのだが、入れるタイミングを逃してしまった。
ディンギー、ポラロイド、雑誌、受話器などのアイテムをストーリーに入れ込むのが楽しかった。
君の夢を見る場面では、Original Basic Trackの音をイメージして書いてみた。ピアノの音が雨粒、走る、ジャンプする、転びかけながら走る。海の波と光の反射のキラキラ。などなど、魅力的なメロディから思い浮かぶ景色を文章にしてみた。
どこまでも奥行きがあり、包容力とイマジネーションにあふれたメロディと歌詞だと思う。歌詞の合間に物語を差し込んでいくのがとても楽しく、今までで一番書いていて楽しかった。曲を実際に聴いていない時でも頭の中で音楽が鳴り、物語があふれてくるような。
今回は番組の再放送のNHKの配信期間に文章が間に合ったので(書くのが遅いのでいつも間に合わない)、見れる環境の人はぜひ番組の方も見てみてください。