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祖母には骚になっおからしか花を枡せおいない

    出匵のため新幹線の自由垭で移動をしおいた。東京駅が始発だから悠々ず2列垭の窓偎に座し、ヘッドホンをしながらゆったりず本を読んで数駅着いたずころ、品のあるお婆さんが隣に来た。

    「お隣倱瀌しおもよろしいでしょうか。」
    「どうぞ」

    もちろん蚀う。 これ断るや぀いるんか
    いやいや、どうぞっお蚀ったが俺に決定暩あるんか
    などを少し考えた。䞊品に座った埌、お婆さんは小さく身振りをしながら俺に聞く。

    「すみたせん、どうしたら怅子を埌ろに倒せるのでしょうか。」
    初めお新幹線に乗るのだろうか。皇族か。珍しい。
    「肘眮きの先にあるほ぀れのようなレバヌを匕くんです」ず、通路偎の肘眮きを指そうず身䜓を起こした。そのずきにお婆さんの顔をしっかりず芋た。驚いた。5,6幎前に亡くなった俺の祖母に䌌おいたからだ。䞊品さだけ䌌おいなかったが。

    無性に懐かしくなっお぀い話しかけた。聞けば、これからお孫さんに䌚いに行くらしい。生埌6カ月の生たれたおほやほやのちょヌカワむむ時期。
    「それは䌚いに行きたくもなりたすね。どこで降りられるんです」
    「次の駅でしお。」
    これたた驚いた。今乗っおきたばかりで、もう次の駅で降りる。区間にしお䞀駅を新幹線で移動する。
    「リッチですねぇ。」
    ず矚望するず、お婆さんがニッコリず
    「そんなこずないですよ。」
    謙虚な方である。絶察裕犏系の瀟䌚局におられる。

    俺の蚀葉が少し皮肉に聞こえおしたったかもしれないず思い、「でも、お孫さんが可愛い時期ですからそうしたくなりたすよね。」ずか「男の子ですか」ずか「初のお孫さんですか」ずかフォロヌするように軜快なトヌクを繰り広げる。

    䞀番盛り䞊がった話題は䜕人かいるうちの䞀人である10歳のお孫さんに぀いおだった。もう生意気になっおしたい可愛げがなくなりむラむラするこずもあるんです、ずいうお話。 目の前のお婆さんず自分の祖母ずを重ねおしたっおいるから申し蚳なく思っお、思春期の頃の自分の話をたくさんした。


    思春期の反抗的な態床は「恥ずかしさ」で完結する。恥ずかしさから反抗しおしたう。自分を顧みおも、あの態床やあの蚀動も倧元を蟿れば党郚「恥ずかしかったから」である。

    あんたの思春期は3才からずっずだよず芪に蚀われおきた。䜕蚀っおも玠真面目に聞かず、難癖付けおは己の道を進み続けたらしい。自分で「これが思春期か」ず自芚したのは小孊5幎生の頃だろう。 小孊校の高孊幎にもなるず呚りの声を気にするようになる。䞀䟋をあげるず「女ず喋っおるずかお前女かよ。」ずいう雰囲気に高孊幎にはなっおくる。俺は男女を区別せず接しおいたからそんな雰囲気にもならず、党く気にならなかった。

    しかし、その代わり“家族ずいる”こず、それを“友人に芋られる”こずが本圓に恥ずかしくお嫌になった。 思えば、母からの「今日は孊校でどうだった」に䞀回も答えたこずがない。家族ずいるよりも友達ずいる方が楜しい、家族ず話すよりも友達ず話す方が楜しいから家にほずんどいなかった。逆に蚀えば、家族以倖ずは仲が良かった。埓姉匟の家には䞀人で行き泊たっお垰る。叔母からの「今日孊校どうだった」には玠盎に話すこずができおいたのに。

    亡くなった祖母も家族のように冷たくしおしたったこずがある。祖母から䞎えられる優しさ、気遣いがどうしおも癪に障っおしたい、たたこれを嬉しいず思っおしたう自分が恥ずかしいず。 心の䞭では膚倧な感謝で溢れおいるのにそれが態床に出せないどころか恥ずかしさがゆえに真逆の事をしおしたう。制埡できなかったあの頃の自分が今恥ずかしく思う。


    お婆さんには、
    「その頃の男子の思春期は恥ずかしさ䞀本なので、そっずしおおいおあげおください。絶察に感謝はしおいお、でも態床にするのは到底無理なんです。態床にするのに僕は20幎以䞊かかっおたすから。ちなみになんですが、芪戚の集たりで玠っ気ない態床をずったずきに、『あい぀は今思春期だからなぁ』ずか蚀わないであげおください。それがよりムカ぀いお反抗期が加速しおしたいたすよ。僕みたいに。」
    ず孫目線の話をした。絶察にありがずうず思っおいるので今は芋守っおあげおくださいず。

    俺は俺で、自分の思春期の頃の感情ずそれに堪えおくれた家族ぞの感謝を家族にするには未だ気恥ずかしいので、代わりにお婆さんに䌝えた。

    最埌らぞんでは母の日、父の日をここ2,3幎になっおするようになった話をした。お婆さんは7歳になるお孫さんから手䜜りの花食りをもらったずいう。
    「いく぀になっおも、どんなに小さくおもお花をもらったら嬉しいんです。だから、お母さたに母の日でもお誕生日でもいいので毎幎䜕かをお枡ししたらすごく喜びたすよ。」
    今床は祖母目線のお話をいただいた。

    「貎重なお時間奪っおしたっお申し蚳ございたせん。すごく楜しい時間でした。」
    最初から最埌たで品の良いお婆さんだった。すごくいい時間を過ごした。

    祖母が生きおいたら真っ先に連絡しおいただろう。生きおいる内に野原から無邪気にむしったたんぜぜの䞀本でも枡しおいればよかったかな。亡くなっおからでしか、しかも本人ではなく墓前の花瓶に花を挿すこずしかできおいない今を悔しく思う。



    祖母ずの思い出を䞀぀。
    祖母の家に泊たったずき、祖母の颚呂がお湯ず氎を混ぜおちょうどいい枩床のお湯を䜜るタむプだった。6歳の自分には調敎が難しく単にお湯党開にしおいただけ右手の人差し指ず䞭指を火傷した。
    そのずき、祖母から火傷にいいずいうこずで消毒した埌に巻かれたのはネギ。絆創膏ではなくなぜ野菜を巻かれたのか意味が分からなかったが「ネギを巻いたら治りが早くなるんだよ。」ず優しく教えおくれた。
    数時間埌、ネギを巻かれた指がかゆくなっおきたお腹が空いたずいう理由で巻かれたネギを党郚食べた。ネギ矎味しいからね。祖母には寝おる間にネギがどっか行ったず蚀っお、代わりに絆創膏を巻いおもらった。
    いい思い出である。


    婆ちゃん。
    気恥ずかしさから遠ざけるために冷たくあしらった数々を未だに埌悔しおるよ。
    婆ちゃん。
    亡くなる2ヶ月前に「ペックモック食べたい」っお蚀ったのにペックモックが䜕なのか分からなくおスルヌしたのごめんね。
    婆ちゃん。
    いろんな葬匏に参列しおきたけど匟、効が号泣しおたの婆ちゃんの匏だけだよ。
    婆ちゃん。
    棺が火葬堎に入れられ骚が焌かれおるずき、俺は最初から最埌たで火葬堎から離れずに芋届けたよ。
    婆ちゃん。
    その様子を芋た爺ちゃんが初孫だった俺がどんだけ可愛がられおたのかをずっず喋っおたよ。
    婆ちゃん。
    幎の割に骚が䞈倫だったからスタッフさんに骚をザクザク砕かれおたのちょっず笑っちゃったよ。
    婆ちゃん。
    いた俺はずんでもない裏ルヌトで入った超倧手で仕事をしお、ようやく人の圹に立おそうになっおきたよ。
    婆ちゃん。
    俺は迷惑かけおばかりで、䞎えられおばかりで䜕䞀぀返せおないよ。
    婆ちゃん。
    䌚いたいよ。䌚っお俺が今どんだけ幞せなのかを感謝ずずもに䌝えたいよ。

    婆ちゃん。
    貎女の自慢の孫ずしお恥ずかしくないようこれからも努めるよ。

     
     
    ただ友だちを笑わせたいだけ

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